悪夢
明人は夢を見た。
暗闇の中だった。
明人は親しかった人から憎しみの視線を向けられていた。
罵倒もされている。
それらひとつひとつが、明人の心を突き刺す。
明人はその場にへたり込んだ。
皆が明人を見下ろしている。
全員が冷たい目で明人を嫌悪していた。
ひとりひとりの顔がよく見えないが、みんな明人にとって大切な人で大好きな人だった。
明人はこの人達を自分がとても好きなのだと思った。
だから、「ばけもの」と吐き捨てて去っていく人達の背中に向かって手を伸ばして行かないでと哀願する。しかし誰も立ち止まってはくれなかった。
明人の伸ばした手を誰も掴んではくれなかった。
「死ねばいいのに」
明人はその場で体を震わせながら涙を流した。
何故か自分は誰とでも直ぐに打ち解けて親しくなった。始めのうちは皆やさしくしてくれる。そして今度こそ大丈夫だと安心した時から発生する不幸な出来事。心を許した人の心に浮かぶ小さな疑惑、そして好意から嫌悪に変わっていく辛さ。最後は激しい嫌悪の視線と容赦のない敵意ある罵倒による拒絶。
明人は自分が悪夢を見ていると思った。
自分に向けられる敵意と拒絶には泣きながらでも耐えることができた。
しかし親しくなった人が不幸になるのは耐えられなかった。その度に自己嫌悪した。その度に鋭利な刃物で傷つけられるような痛みが心に奔った。
それは癒える事がなかった。
何度も何度も心が傷付いていく。
明人は気分が悪くなって、何度も嘔吐した。
胸を押さえて、のた打ながら嘔吐し続けた。
辛かった。
逃げ出したかった。
気がつくと手にナイフを掴んでいた。
明人は迷わずナイフを自分の胸に突き刺した。
しかし小さな痛みしか感じなかった。心の痛みの方が遙かに痛い。だから何度も何度も自分の胸をナイフで突き刺した。
しかし、何度胸を刺しても心の痛みを忘れられる程の強い痛みは、得られなかった。
明人はナイフを放り投げてあお向けになって涙を流した。
いっそ死にたかった。
しかし刺し傷がみるみる治っていく。明人は自分が死ぬ事ができない事を知った。
もう悪夢は見たくなかった。
明人を罵声する人達が次から次へとあらわれては消えていく。
なぜ自分がこのような目に合わないといけないのだろうか?
誰かに答えて欲しかった。そうでないと狂いそうだった。
「もうやめてくれ!」
明人は叫んだ。
不意に周りの暗闇が晴れてあたりに木々があらわれる。
明人は森にいた。
目の前に女性がいた。その女性は明人に向かって優しく微笑んでいた。立ち上がれない明人の側にしゃがみ込んで優しく手を差し出してくれる。明人は怖々しながらその手に自分の手を伸ばしていく。
「怖がらなくても良いわ。これからはあたしがずっと側にいるから」
明人はその人の手に触れた。
暖かかった。
その人に自分は救って貰もらったのが分かった。この人はどんな事があっても明人を罵ることがなかった。どんな不幸があっても明人に優しく、普通に接し続けてくれた人だった。
明人は夢の中で笑うことできた。
悪夢はもう終わったんだと思った。
「今までの事は忘れて、これからはあたしと一緒に幸せに暮らしましょう」
膨れあがるような縁がその人と繋がった。
その瞬間、心が弾けて意識が四散した。
だから明人はその人が何と言ったのか分からなかった。
その人が口から血を吐くのが分からなかった。
その人がその場に倒れたのが分からなかった。
その人の胸に何かが突き刺さっていたのが分からなかった。
明人は自分の心が壊れたと思った。
「うわぁ!!」
明人は飛び起きた。
どうしようむないくらい体が震えていた。視点が合わない。
あまりにもリアリティがある悪い悪夢だった。心臓が痛い。
「いったい何だったんだ」
気配を感じてそちらを見るとエルが布団に横になっている。辛そうな表情をしているが苦しそうではない。蒼白だったが神力をかなり感じる事ができたので徐々に回復していくだろうと思った。
明人はエルを見て戸惑ったう。
先ほどの悪夢はエルの悪夢なのだろう。
右目を交換したことでエルの見ている夢が明人に逆流してきたのだ。そしてそれがエルが実際に経験してきた現実である事も分かった。
「それにしても……」
何とかしてあげたかった。
しかし、何をしてあげられるのか分からなかった。
明人はエルの手を握った。
エルはそれからしばらくしてから目をさました。
明人は思わずエルを抱き締めてキスをした。
すると、エルにもの凄く嫌がられてしまい、ちょっと泣いてしまった。
「弟くん、サイテー。ここからすぐに出て行きなさい」
看病していたアヤカに部屋から冷たくたたき出された。
誤字脱字その他感想受け付けています。
ではでは