エルとの出会い03
「えっ?」
「ぼくは魔族に名前を教えるほど迂闊じゃない。でも君はぼくの名前を知っていた。どういうこと?」
「……分かりません。何となく知っていたんです」
「……」
「ホントです」
「……まあいいや。んじゃ」
「いやぁー!」
エルの悲鳴を無視して明人は大鎌を水平に薙いだ。
……。
……。
……。
「?」
ゆっくりとエルが目を開ける。
「あれ? あたしまだ生きてる? うわっ血が出てる!」
エルは自分の服に血がついているのに気付くと悲鳴を上げて気を失いかける。明人はエルの頭を大鎌の柄底で叩いた。
「痛つ!」
「血じゃないから安心して。印を埋め込んだだけだから」
「そ、そう言えば痛くない」
エルの体に赤いテープが張り付いていた。よく見ると細かい幾何学模様が描かれている。それがゆっくりとエルの体に沈んでいった。
「何を、したの?」
「呪った」
「ちょ、ちょっと変な事しないで下さい」
「冗談だよ」
「ひょっとして明人さんて意地悪?」
「そんな事は無い。ぼくは基本的に優しい人だよ」
「信用できません」
明人はニヤリと笑うとエルの手を取った。北町の方に歩き出す。
今度は遮るモノなく北町に入ることができた。
「持ち物に名札を書く事で所有者がはっきりするでしょう? さっきのは名札みたいなものなんだ。それがあれば本町の影響力がある町には自由に出入りができるようになる」
「持ち物に名前を書く? 言っている事が分からないんですが……」
エルが上目遣いで明人を見つめる。
「つまり、エルに持ち主の名札を付けたみたいな感じかな。もちろんぼくの名前で」
「それって……」
「エルがぼくの所有物になったって事」
「あ、あたしが明人の所有物に……」
エルが体をしならせながら真っ赤になる。
「ぼくの所有物であれば大抵の場所には行くことができるんだ。まあ、一時的だから数日で効力はなくなるけど、とりあえず北町の結界に阻まれた理由を見つけるくらいの間は持つと思うよ」
明人は安心させる為にそう言ったのだが、エルはなにか残念そうだった。
「あのう、何で北町に入れなくなったのか、なんとなく分かった気がします」
「説明して」
「怒りません?」
「怒るような事なの」
「恐らく」
「じゃあ怒る」
「じゃあ話しません」
明人が軽く殴るとエルが泣きながら話し始めた。
「恐らく、運賃をかわりに払ってもらったり、手をつないだりした行為があたしと明人さんの間に縁が発生させたんだと思います。そ、そ、それに、キスされたし。だからです。明人さんは本町の人だからあたしも本町から離れられなくなったんだと思います」
「縁……? エルってもしかしたら落神?」
明人がエルを見た。
落神は老神がなるものでエルのような見た目が若そうなモノがなる事は普通ありえない。
「すみません、すみません、すみません。
はじめに言っておけば良かったのですが、実はあたし疫病神なんです」
「マジですか……」
「はい。大変申し訳ありあせん。まさかこんな簡単に縁がつながるなんて思わなかったので、あたしもびっくりしています」
「つまり、ぼくは疫病神に取り憑かれたって事か?」
「はい、しかも所有格宣言もされました」
今なら縁を切る事も可能かもしれない。否、いっそエルを滅ぼしてしまう方が確実だ。
エルは何か嬉しいことがあったのかニコニコしてこちらを見ている。
「死んでしまえばいいのに」
秋とがそう言うと、エルが泣いた。
明人は迷った。エルからは大きな力を感じないので一瞬で滅ぼせそうだ。この先、疫病神と縁をもっていたらどんな目に遭うか分からない。
これが原因でヤドリギの復活が失敗したら悔やみきれない。
「疫病神ならもっと早くいってくれよ」
「すみません。きっかけがなくて……。
でも、いつもなら疫病神って名乗らなくても、みんな自然に冷たくするんだけど。明人さんはとても親切で、あ、あたし、とっても嬉しかったんです。だから、もしあたしが貧乏神だと分かったらまたいつもみたいに冷たくされると思ったら、なんか悲しくなって言いづらかったんです。
あれ?
でも明人さんってさっきから割と私のこと虐めてきますよね? もしかしてそれっていつもと変わらないって事?」
かってに落ち込み始めたエルはとりあえず無視してどうするか明人は考えた。すでに間合いに入っているから本気を出せばエルを攻撃する事はできる。多分一瞬で倒せる筈だった。しかし明人は動けなかった。
「きっと明人さんと、キ、キスしたのが決定打だったのではないでしょうか? でもキスは明人さんが無理やりしたんですよ。だから責任とってくれてもいいのに」
そしてエルはこちらに背を向けてその場に座り込んだ。
「まさか退魔する人と縁がつながるとは思いませんでした。これも運命だとあきらめます。明人さん、迷惑なら今でも遅くありません。あたしを滅ぼしてください」
エルは滅せられる覚悟をしたように、その場に座って両手を胸のあたりで合わせて目をつぶる。
大鎌の柄底でエルの頭を殴った。
「痛っ!」
「まったく」
頭をさすっているエルの正面に移動して、大鎌をエルに渡す。
エルが意味が分からずキョトンとする。
「縁って言うのはお互い様なんだろう。だったらぼくにも半分責任がある。だから一方的に退魔したりしないから。エル、しばらくお前はぼくの荷物持ちになれ」
「そ、それって……」
「イヤ?」
「そんなことないです。あ、あたし頑張ります」
ぱっとエルが破顔する。一瞬かわいと思ってしまいドキッとした。
「ところで、まだ名前をきちんと教えてもらってないんだけど」
「ぼくの名前は和紙司明人」
「よ、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
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ではでは