召喚されしは鬼姫02
「先ほどの女性はそなたの伴侶か?」
「そうだ」
明人の父親がそう言うと、鬼姫はゆっくりと明人の首を両手で絞め始める。
「なにをする!」
その場から動けない明人の父親が叫んだ。鬼姫は無視する。
明人は顔を真っ赤にし、徐々に青白くなっていった。
「お主らの一番大切な者はこの赤ん坊であろう? 何故こやつを贄としなかった?」
鬼姫は憂鬱な表情を浮かべた。
「妾に神霊になれと? それなのにお主らは自分達の一番大事にしているモノを贄に捧げる事もできぬとは」
鬼姫は苛立っていた。
「あまいの。そんな考えで通じると思っているのか? 妾と契約したいのであればお主の一番大切なモノを何故いさぎよく贄として差し出さぬのか。それが理である事は知っているだろう」
鬼姫は怒っていた。
「なるほど、自身を贄とする覚悟を持っているのは認めよう。だが妾は自己犠牲など下らん行為は虫酸が走る。妾と契約したければ、召喚者の一番大切なモノ、つまりその赤子を差しだせ」
「明人を贄にする事はできない」
「ならば妾と契約する事はあきらめよ」
鬼姫はそう言って明人の首を絞めていた力を抜いた。。
明人はそのあいだ中、じっと鬼姫を見つめていた。その目は不思議なほど力強く赤ん坊とは思えない意志を鬼姫は感じた。
鬼姫はこちらを見つめてくる明人と目を合わせた。何故か視線を外せなくなった。まだひとりで立ち上がる事もできない赤子に鬼姫は目を奪われた。
その目は何かを訴えている。
もともと明人の母親の体を基にしているためか、鬼姫は明人の言わんとしている事がおぼろげに分かる気がした。
やめろ。
明人はそう言っているのだ。
それに気づくと鬼姫は破顔した。
「おもしろい。この赤子が贄であれば妾はどんな契約でも締結するのに。………しかし、よりによって憑代とは、残念じゃの。うむ」
鬼姫はゆっくりと明人の包まっている肌着をまくり、小さな体を露わにした。そして心臓の上に手を当ててそっと押さえる。すると鬼姫の手は手応えを感じることなく明人の胸に沈んでいった。
鬼姫の手が何かを探り当てて、それを明人の胸から指を抜く。鬼姫の手には明人の小さな心臓があった。
「な、何を、する……」
明人の父親は弱々しく叫んだ。ただ、もう張り上げるような大声は出すことはできなくなっている。
「この赤子は気に入った。妾の眷属にする」
「やめろ、それでは明人は憑代になれなくなってしまう」
「妾はこのままお主と契約をするつもりはない。であれば憑代は一生他の魔族の憑依体として付け狙われるのは知っておろう? そうなっては哀れだと思い親切で我の眷属にしてやろうと言うのじゃ」
鬼姫は自分の指先を歯で噛み千切った。
その場に血しぶきが跳んだ。
鬼姫は流れ落ちる血を使って明人の心臓に印を描く。それは魔族の眷属としての烙印だった。鬼姫は自らの血で烙印した心臓を明人の胸に戻した。
「これで明人は我の眷属じゃ」
通常、赤ん坊は苦痛には敏感だ。しかし明人は泣かなかった。
今までと同様にじっと鬼姫の事を見つめて黙っていた。鬼姫はそれに気づくと、満足そうに小さく頷いて笑った。
鬼姫は明人の父親を見た。
「そちはもう助からぬ。失敗を悔いる最後の時間くらいは、慈悲でくれてやる」
そう言って鬼姫は魔方陣の外円の近づいて軽く手をふった。すると封印に変化した赤い魔方陣は簡単に立ち消えた。
鬼姫は明人を抱いたままその場から去っていった。
「待ってくれ……」
明人の父親の言葉は鬼姫には届かなかった。
どうでしょうか?
次も鬼姫の続きです。
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