明人の日常01
明人はアヤカと別れると、本殿の奥にある部屋に入っていった。
その部屋の出入り口の一番遠い壁の近くに大岩があった。明人は躊躇せずに近づいていく。そして慣れた手つきで大岩に登った。
岩の上に登った明人は小さな窪みに手を入れて目を閉じた。
「入れて」
すると明人の体がぼやけ、透き通っていく。
やがて明人の姿が消えた。
明人が閉じていた目を開くと目の前に鬼姫が座っていた。
「また来たか。明人は妾と話しておもしろいのか?」
「鬼姫と話をするのは面白いよ」
明人はそう言って近づいていき、鬼姫の目の前に座った。
「面白いとは思えないが。まあ、妾としては退屈を紛らわせてくれるのでありがたい」
数メートル先に鬼姫はしめ縄に拘束されていた。
「ところで明人がここを初めて訪れてどのくらいたったかの?」
「五年くらい。初めてあった時はちょっと怖かった」
「今はどうだ」
「まだちょっと怖いかな」
鬼姫が哀しそうに目をそらした。
明人が和紙司神社で暮らすに当たり、立ち入りを禁止された場所がいくつかあった。
宝物庫、台所、そして祭壇場等だった。
宝物庫はそこにある貴重品を壊す恐れがあったのが理由だ。
台所は刃物があるのが理由だ。
祭壇場だけは理由が分からなかった。だから納得できなかった。それにヤドリギから自分に両親がいない理由、なぜ和紙司神社で暮らしているのかの理由は末は聞いていたから、その場所に何が封印されているのか想像はできた。
ちなみに明人が「お母さん」等の普通の子供が親を呼ぶ時の呼び名でヤドリギを呼ぶ事をヤドリギは禁じていた。だからヤドリギの事は明人は「ヤドリギ」と呼んでいる。
明人は小学校に入学した時にこっそり祭壇場に忍び込んだ。
そこには大岩がしめ縄で何重にも封印されていた。
その大岩以外何もない殺風景な祭壇だった。
ただしその時には大岩の中に鬼姫が封印されている事を理解していた。
鬼姫が自分の両親を殺した事もヤドリギから聞いている。明人は召喚術の贄となった生物は必ず死ぬ事になるとヤドリギに教えられていたし、念のため自分で調べてもヤドリギの言っていた通りだったので、納得はしている。
鬼姫の事は恨んでいない。そもそも両親の事は殆ど覚えていないから両親を思う事、懐かしいと思う事や恋しいと思う事が明人にはなかった。いつも近くにヤドリギがいたので親がいなくても問題がなかった。感傷的な気分に明人は一度もなった事がない。
ヤドリギは魔族だがきれいで優しくて明人を守ってくれる大切な人だった。だから鬼姫についてはヤドリギと一緒に暮らせる切っ掛けを作ってくれて、ちょっと感謝している部分もある。
しかしヤドリギから明人が十一歳になったら滅んでしまう事を聞かされてからは鬼姫に対する思いは複雑になった。しかし、明人が十一歳になった時にヤドリギが滅んでしまう事をどうすれば止められるか明人はずっと考えていたから、鬼姫の事を想っている暇はなかった。
しかし良い考えはいまだ思い付かない。
ひとりで考えても良い考えが浮かんで来そうになかったので明人は鬼姫に会って意見を聞きたかった。ついでに鬼姫が何故この本町を混乱させるような事をしたのか直接理由を聞きたかった。だから明人は封印をすり抜けて中に入っていった。
鬼姫はしめ縄で拘束された場所におお向けに横になっていた。意識はなかった。明人はどうすれば良いのか分からなかったから鬼姫を起こさないようにじっくりと観察した。
鬼姫の微かに上下する胸を見ていてヤドリギの心臓の事を思い出す。
「ヤドリギの心臓を取り返せばなんとかなるかも……」
そう思って明人は鬼姫の来ている服をゆっくり脱がせていく。
あらためてじっくり見ると均整のとれたスタイルにちょっと躊躇いつつ鬼姫の体に触れてヤドリギの心臓がどこかにないか調べていく。封印が解けていないからか鬼姫が目を覚ます気配はなかった。
鬼姫のヘソの左上あたりを触れると何となく異物を感じた。しばらく手を当ててみたがそこに異物があるのは確かだった。ただそれがヤドリギの心臓なのか明人には判断できなかったが、なんとなくこの異物がヤドリギの心臓であるような気がした。
だから明人は鬼姫の体からその異物を掴み出した。
不思議なことに血はまったく流れなかった。
手に取った異物は、心臓をデフォルメしたような小さないがきれいな石だった。
「代わりに何か入れておかないと、多分、気付かれる……」
明人は開いた手を自分の胸に当て鬼姫からヤドリギの心臓を抜き取った時と同じ要領で自分の心臓を取りだした。そしてそれを鬼姫の体に埋め込んだ。
鬼姫の体が微かに動いた。鬼姫が覚醒しかかっている。
慌ててヤドリギの心臓を自分の胸に埋め込んだ。
これで誤魔化せるはず。明人のような子供が心臓を取り替える事ができるとは鬼姫も考えないはずだ。
明人はさすがに息苦しくなってその場にしゃがみ込んだ。目眩もする。
「だれじゃ」
「和紙司明人だよ。はじめまして、鬼姫?」
目覚めた鬼姫に明人は笑って挨拶をした。
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ではでは