ヤドリギの選択02
それから数年経ったある日。
和紙司明人とヤドリギが死神狩りから帰ってきた時、神社の参道の辺りを和紙司アヤカが竹箒で掃除をしていた。
「お帰りヤドリギさん」
アヤカがそう言ってこちらにブンブン手を振っているのに気づいた明人は、とてとてアヤカに駆け寄った。
「ただいま、姉さま」
「今帰った」
明人に続いてヤドリギも挨拶をする。
「弟くん、今日も無事でよかったよ。キスをして上げるからこっちにきて。はい、ちゅっ!」
明人がアヤカの前に近づくと、抱きつかれて唇にキスされた。
アヤカは舌を入れてきた。
「ぷはー」
息が苦しくなって真っ赤になった明人が離れて大きく息継ぎする。
「弟くん、キスしている時には鼻で息をしないと苦しいって何度もいってるでしょう? それができないと長くキスできないから、いいかげんに出来るようになってほしいのに」
「うーん、なんかキスしていると鼻から息ができないんだよ」
そんな明人をアヤカは抱きしめ続ける。明人はジタバタするがアヤカの抱擁からは逃げられなかった。
「まあ、明人がそれなりに使えるようになってきたから最近は楽になった」
ヤドリギは片手で明人の頭をガシガシ撫で廻しながらそう言って、目を細める。
「今日はぼくも死神を退治したんだよ。すごいでしょう」
やっとアヤカから解放された明人は、まだヤドリギの胸の辺りまでしかない背を精一杯伸ばして胸を張る。
「……君はかわいいな」
ヤドリギは真剣な顔をして明人を見つめ、抱き上げた。そして明人の顔中をなめ回し始める。
「へぇー、死神を退治するのがどのくらい凄いのか私には分からないけど、さすが弟くん。じゃあ、ご褒美として一緒にお風呂に入りましょう。そして一緒の布団で寝ましょう。……ところでヤドリギさん、いいかげん止めてください、弟くんが嫌がってます」
アヤカにそう言われて、ヤドリギは舌で明人の鼻を舐めた状態で止まり、抱き上げている明人を見た。
「イヤか?」
明人が横に首を振った。
「イヤがっていないから、問題ない」
そういってヤドリギは再び明人の顔中をなめ回し始めた。何とも言えない表情でアヤカがヤドリギを睨む。ヤドリギは楽しそうに明人をなめ回し続けている。
「弟くんはもう五年生なんだから、ヤドリギさんとあまりベタベタしてはダメよ。ヤドリギさんも弟くんのこと甘やかしすぎ。弟くんを甘やかして、ベタベタしていいのは私だけなんだよ。弟くんも分かってるでしょう」
ムっとして顔を赤くして怒ったアヤカが明人の腕を引っ張る。
「ちょっと引っ張らないで。腕が痛いよ」
明人が文句を言ったが、ようやくヤドリギから離す事ができた。
「まず帰ってきたら早く手を洗って、うがいしないといけないでしょう」
アヤカに引っ張られて明人が連れ去られてしまった。
「まったく、明人はアヤカに弱い」
遠くで、「なんでヤドリギさんには無抵抗なのに、私だと抵抗するのよ……」とアヤカが叫んでいるのが聞こえてきて、ヤドリギは思わずニヤと笑ってしまう。
ヤドリギは家屋でなく祠に行く。今日戦って死神から奪った武器を格納した。それは大きな鎌だった。黒光りしていてよく切れそうだった。同じ様な大鎌がいくつも格納されている。
すべてヤドリギと明人が死神から奪ったモノだった。
「いつもご苦労」
「まあ、これもお勤めだから」
家屋の前で和紙司仁に声を掛けられた。ヤドリギは立ち止まって挨拶をした。
ヤドリギと明人は結局、和紙司家に居候する事になった。
封魔一族はヤドリギと明人と係わりを持ちたくなかったから、明人とヤドリギは和紙司を名乗っている。
封魔一族は魔族を退治する一族であるため自ら召喚して使役している魔族以外と関係していると、周りから色々邪推されるらしい。
だから、もしもヤドリギを配下にする場合は、ヤドリギを自分達が召喚したことを宣言する必要があり、そうすると鬼姫について何かしらの説明が必要になってしまう。
今の本町のこの状況を造った張本人である鬼姫を召喚した事が公になると封魔一族の立場が悪くなってしまう。つまり退魔一族は鬼姫を召喚したのが封魔一族であることを秘匿するつもりだった。
それは面子と経済的な理由があった。頻発する低魔族の出現、死神の襲来そして町の結界の破壊。これら全ての原因が鬼姫にある事は周知されていたので、そんな鬼姫を召喚したのが封魔一族だと公になれば、被害者に莫大な保証金を支払わなければいけない。
だから封魔一族は臆してしまい、ヤドリギと明人を遠ざけたのだった。
そんな事情もあり、ヤドリギと明人は表面上は封魔一族と無関係の立場で暮らしている。
ちなみに表向きは仁がヤドリギを召喚してその力を使って鬼姫を封印した事になっている。そして仁は鬼姫を封印した際に力を使い果たしてしまったから、仁の代わりにヤドリギが低魔族や死神を退治している事になっている。また力を失った事になっているので宮司は娘のアヤカに譲っている。
だからアヤカが退魔師の様な事をしていても誰も違和感をもっていない。
明人については仁がどこかで作った子と言う事で押し切った。
仁は泣きながら「私の今までの品格が!」と言っていたが、誰にも聞いてもらえず、はじめのうちは鬱になってしまっていた。
ちなみに仁に妻はいない。アヤカは養子だった。
あの事件の後から本町は低魔族や死神が頻繁に到来するようになった。
だから本町の人達は自分を守るために必死になっている。行政も知恵を絞り町の安全対策をいろいろ練って努力している。したがって昔に比べて自分達の事は自分達でやらないといけないと言った意識が強くなっている。
しかし、それらに同調して犯罪を犯す者もまた増加していた。
二極化している。
果たしてこの状態を鬼姫がどの判断をするのかヤドリギには分からない。
自分であれば意識が改善してきている点を評価する。しかし鬼姫は犯罪を犯した者など覚悟のない者を全て排除してしまうかもしれない。または本町の人間を全て見限って本町を滅ぼすかもしれない……。
「まあ、私には関係ないけどね」
ヤドリギは家屋の戸を開いて中に入った。
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ではでは