勇者、ドヤ顔をする
「ところであんた、古都で買ったケーキ、いつまでも袋に入れておくと腐らせるわよ」
砂漠の遺跡に向かう途中、おもむろに魔術師が聞いてきた。
「食べないんならあたしが食べちゃうよ~」
などと言って手を伸ばしてくるから俺は道具袋の防衛を厳重にしなければならなくなった。
「ん? ああ。これは食うために買ったんじゃないんだよ」
タイムアタック中の俺が食うためにケーキなど買うはずもない。ここまで使う相手がいなかったから機会がなかったが、タイミングのいいことに砂の中から魔物が現れた。
「キシャァァァァァァ!」
見上げるほど巨大なサソリだ。その甲羅は鉄製の武器を軽々弾き、そのハサミは人の胴を真っ二つにすると言われている。
「敵だ! 戦士とシーフは攻撃、魔術師は火炎魔法でダメージを稼げ!」
「勇者くんはどうするの?」
サソリのハサミを軽々避けたシーフが聞いた。
「俺はこれを……」
言って、道具袋の中をまさぐる。
「ぐっ……!」
戦士がサソリの攻撃を受けて弾き飛ばされた。俺たちの実力ではまだこのサソリは強敵だ。しかし、それでも俺は負ける気がしなかった。
道具袋の中で、目当てのそれを掴むと、一気に引っ張り出した。
そしてそれを手に持ったまま。大きく跳躍。
「だりゃぁぁぁぁぁぁっ……!」
「おらぁぁぁぁぁ……って、はぁぁ? あいつ、何やってんのよ!?」
新魔法であろう無意味にクソでかい火の玉をサソリにぶつけた魔術師が俺を見て叫んだ。
それを無視して俺は、手に持ったケーキをサソリに叩きつける!
ドゴォンと、鼓膜が破れそうな轟音が砂以外何もない砂漠を駆け抜けた。
「……………………!!」
魔術師も、シーフも、普段無表情な戦士でさえ唖然とした表情でそれを見た。
俺の足元。そこには、グシャグシャに潰されたサソリの死体があった。ドヤ顔で仲間たちを見る俺。
「ま、こんなもんよ」
RTAには、同じゲームであってもプレイスタイルに応じて幾つかのレギュレーションがある。
通常プレイの範囲内でプレイするもの。仕様を把握して有利になるプレイは許容するもの。バグ技も許容するもの。何でもありのレギュレーションともなると、ゲーム機本体を加熱して意図的に熱暴走を起こしたり、プレイ中に一瞬別のゲームに差し替えてデータを書き換えるなんてのもある。
その中で、俺が好んで採用しているレギュレーションは『バグ技あり』のレギュレーションだ。
『ドラゴニック・ファンタジア』には致命的ともいえるバグは多くはない。多くはないと言うものの、皆無ではなく、その中のひとつが今俺が使った技だ。
道具をアイテム袋に入れて特定の順番で入れ替えると、その道具を武器として装備できる。このとき、攻撃力はそのアイテムによって千差万別だが、古都で購入できるショートケーキは序盤で購入できるアイテムにしては破格の攻撃力を誇るため、バグありRTAではよく使用されるのだ。
「やった! こいつ宝石持ってたよ。ラッキー!」
いつの間にか宝箱を開けていたシーフが言った。シーフはやはりシーフだった。