勇者、RTAプレイヤーの本領を発揮する
翌日。まだ夜も明けきらないうちから俺は起きだして準備を進めていた。
それはもちろん、RTAプレイヤーだからであって、今日クリだから興奮して眠れなかったわけではない。断じてない。
「確かこの辺にあるはずなんだが……」
松明を掲げながら、俺は半ば崩壊しつつある魔王の玉座の裏側をぺたぺた触りながら独りごちていた。
「ゲームなら『しらべる』一発で出てくるんだが……あった」
かちっという何かが填った音がすると、背後で重いものがこすれる音がした。
「この状態で背後の壁を……」
玉座の後ろにある壁まで移動すると、崩れかけの壁を先ほどと同じようにぺたぺた触る。
「こっちはある程度のコツがいるんだが、俺にかかれば……」
「何やってんの、こんな朝早く?」
後ろから話しかける声があったので、俺は振り返らずに答えた。
「準備しとけよ、すぐ出るぞ。残りの二人も起こしておけ」
それは答えになっていなかったから、女剣士は苛立つように再度聞いてきた。
「だから、何やってんのかって、聞いてるでしょうが!」
バチーンと派手な音が廃墟の朝を満たした。女剣士に背中をはたかれたのだ。
魔法使い時代ならともかく、戦力も上がった今の女剣士にはたかれると大変痛いのでやめてもらいたい。
「いってーな。だから、先に進む準備だよ!」
そう言いつつも俺は壁を探る手を止めない。ここを素早く探し出せるかどうかが最終盤でのタイム短縮ポイントだからだ。
「そんなこと百も承知だってば。それで、あんたは何をやってるの? 地下に入る階段はそこに出てるわよ。あんたバカなの?」
仕方なしに女剣士の方を見ると、彼女はかわいそうなものを見るような目つきで自分の足元を指さしていた。そこには、地下へと続く階段があった。先ほど俺が玉座の裏を弄って出現させたものだ。
まあ、事情を知らん奴から見たら確かに意味不明だな。
俺はたき火の方をちらりと見た。戦士はすでに起き出してそのうすらデカい図体に全身鎧を器用にはめ込んでいるのが見えたが、こそ泥――もとい、賢者はまだ夢の中だった。こいつをたたき起こして先に進むにはまだ時間がかかりそうだと判断した俺は、戦士に賢者を起こすよう指示を出すと、イラついた顔で俺を睨んでいる女剣士に説明してやった。
「知ってるか?」
女剣士の態度にイラついた――まあいつものことだが――俺は、少々挑発的に言ってやった。
「少なくともあんたよりはいろいろなことを知ってるわよ」
おうおう、RTAプレイヤーたる俺に向かってよく言う。
「この先の迷宮、一〇〇階層あるんだぜ」
「えっ……マ!? い、いや……知ってるわよ、そんなことくらい」
これは知らなかった顔だな。普通にプレイしていれば途中、村人からそういう情報を聞けることもあるんだが、RTAプレイヤーの俺はもちろん、そんな無駄はカットしている。つまり、こいつは知らないというわけだ。
そう、この魔王の玉座の後ろにあった隠し階段の一〇〇階層先に暗黒教団の祭壇があり、そこで教祖が暗黒破壊神を召喚しようとしているのだ。
この一〇〇階層こそが、かの悪名高い『二時間ダンジョン』。二時間ぶっ続けて進まないとクリアできない代物だ。
二時間で一〇〇階層なら早いと思わなくはないが、『ゲームは一日一時間』の時代にクリアに二時間かかるダンジョンなんてとんでもないことだと先輩プレイヤーから聞いたことがある。
もちろん、RTAプレイヤーである俺がクリアに二時間も掛けるなどそんな無駄なことをするはずがない。
「一〇〇階層って、一体どんだけかかるのよ。ていうか、そんなに食料も水も用意してないわよ。も、もしかしてダンジョンのモンスターを食べ……」
女剣士は自分で自分の肩を抱いて青い顔をして後ずさった。絵に描いたようなドン引きだ。
「んなワケあるか。今日中に決着を付ける」