勇者、仲間選びに失敗したと悟る
「う……」
次に目が覚めたときは塔近くの神殿の中だった。
「気がついた?」
女の子の声でそう呼びかけられた俺は声の方を見た。
そこには、黒髪でつり目の女の子がいた。見慣れた顔だったが、彼女のトレードマークであった三角帽子は被っておらず、肩口で切りそろえていた髪は伸び、頭の後ろで結わえるポニーテールになっている。動きやすいスリットの入ったロングスカートを穿いて、腰にはロングソードを佩いていた。
そうか、魔術師は計画通り、首尾良く女剣士に転職できたんだな。
その旨彼女に伝えようと口を開いたが、彼女は笑顔のまま腕を振り上げ、そのまま黙って鉄製の籠手に覆われた拳を俺の頬に思いっきり振り下ろした。
ガッという鈍い音とともに俺の意識は再び沈んでいった。剣士の腕力は魔術師時代の比ではなかった。
「わざと死ぬようなこと、二度とすんな」
薄れていく意識の中で、彼女はそう言っていた。
再び目を覚ましたとき、俺は神殿の中にある宿屋のベッドの上だった。おおかた、戦士の奴が運んでくれたのだろう。無口だが気のいいやつだ。
先を急ぐ俺だったが、戦力の底上げのあとはここで一泊する予定だったので問題ない。
「予定といやぁ……」
現在の戦力の状況を確認しようとベッドから這い上がったとき、まるで見計らっていたかのように部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「あたし、気がついちゃったんだ」
やってきたのはシーフだった。
まるで愛の告白をするかのように下を向き、顔を赤らめながら身体をもじもじさせながら言葉を一生懸命紡ぎ出そうとする。彼女の本質を知っていなければ、あるいは、これは俺が仕向けたことだという事実を知らなければ彼女と恋に落ちてしまいそうな、そんな表情だった。
そう。俺はシーフがこうなるよう、仕向けていた。もちろん、RTAのためである。
「世界の真理というか、あたしのあるべき姿というか。だから……」
ゆえに、俺は積極的に彼女の背中を押してやる。
「悩むことなんかないさ。お前の思うようにするのが一番だ」
「ホント!?」
その笑顔はまるで大輪の花が咲いたかのようだった。いや、事実この手癖の悪い金の亡者が悟りを得て賢者という大輪の花を今まさに咲かせようとして――
「やっぱそうだよね! 盗みに魔法が使えるってあたしの悟り、間違ってないよね!」
え? いや、ちょっと待て。今なんと――
「あたし、転職してくる!」
そのまま猛ダッシュで宿の部屋を出て行ったシーフ。寝起きな上に素早さでは到底敵わない守銭奴に適うはずもなく、数分後には実にスッキリとした気持ちの良い笑顔で帰ってきた。
「というわけで、賢者に転職したよ。今後ともよろしくー」
俺はがっくり肩を落とした。こいつを賢者にしたのは間違いだったんじゃないか、軽い後悔が俺を包んだ。