07
「申し訳ございません。メリッサお嬢様の誕生日はアメリアお嬢様のご両親の命日と同日なのです。旦那様の判断により、一周忌の今年はアメリアお嬢様のお気持ちを考えて喪に服すことになりました」
長い冬が明け春になり、11歳の誕生日を来月に控えたメリッサは、誕生パーティーへ招待してほしい友人知人のリストを家令に渡したことで、自分の11歳の誕生パーティーが開催されないことを知った。
去年までクリストファー殿下の婚約者候補として盛大な誕生パーティーを開いてくれていた父は、今ではクリストファー殿下の婚約者候補としての面目を保つことすらしてくれない。
メリッサは家族との関係が変わってしまったこの1年を振り返り、父と兄と祖母が以前のように愛してくれるためにはどうすればよいのかと考えたが、答えは出なかった。
クリストファー殿下とアメリアが二人で出かけている姿が度々目撃され、美少年と美少女の二人がお似合いだと話題になっていたとしても、メリッサの王子妃教育は相変わらず無くならない。
課題作成で王城内にある図書館にしかない本が必要となり、久しぶりに図書館を使用したとある日、珍しく一人で勉強をしているアメリアを見かけた。持ち出し禁止の分厚い医術書を真剣に読んでいるアメリアは、メリッサの視線に気づき、不敵な笑みを浮かべ鼻で笑った後に挨拶もなく図書館の奥へと行ってしまった。元はメリッサ付きだったアメリアの裏の顔も知っている侍女が一人だけ付き添っていた。
アメリアが公爵家へ来てもうすぐ1年になるが、こんなあからさまな態度を取ったアメリアを見たのは初めてだ。敵意を表に出すことなく、ここまでメリッサを孤立させたアメリア。その狡猾さに舌を巻き、もう隠す必要がないと舐められているほどに、自分の形勢が悪いのだとも気付き落ち込む。
アメリアは物覚えが良くどんどんと知識を吸収し、公爵家で雇っている厳しい家庭教師達が褒め称えるほどに賢く優秀なのだと、祖母や父が来客に自慢しているところを見掛けたことがある。あんな分厚い医術書を理解できるほどにアメリアは優秀なのだなと、メリッサは素直に感心した。
アメリアと図書館で遭遇した日から数日後、メリッサはその日の王子妃教育を終えて王城から公爵家へ帰り、自室へ向かって歩く。
顔が見えなくなるほど大きな花束を抱えたアメリアと父、兄、祖母の4人がロビーで談笑しているのを横目に通り過ぎようとしたメリッサへ、珍しくアメリアが声を掛けてきた。
「お姉様!丁度良かったわ。このアネモネに光魔法を掛けてくださらない?」
すっかり家族との会話がないことに慣れていたメリッサは、突然の呼びかけにびっくりする。アメリアから声を掛けられたのなんてひょっとするとアメリアに嵌められたお茶会ぶりではないか、とまで考えていたメリッサは、つい反応が遅れてしまう。
「……光魔法?」
魔力は血で伝わる。貴族のほとんどと一部の平民だけが魔力を持つのだが、魔力を持たない者でも使える魔道具が出回っているために魔力無しでも不便はない。
魔力を持つ者は10歳から12歳前後の、身体に男女の違いが現れる頃、成長した魔力が身体から漏れ出るようになる。その溢れ出る魔力を使えば、魔道具なしでも魔法を使えるのだ。
メリッサは9歳で魔力が溢れ、今では軽いかすり傷を治す程度の光魔法まで使える。光魔法は女性にしか発現しない珍しい属性ではあるが、特別に取り立てるほどではなく、亡き母も光魔法を使っていた。
「クリス様からこんなに沢山のアネモネをいただいたんですが、嬉しくてずっと抱きしめていたら何本か萎れてしまったんです。私はまだ魔力が溢れてないから魔道具なしでは魔法が使えないのですが、お姉様はもう光魔法まで使えるのだと魔法学の先生に聞きました!」
メリッサの婚約者候補のことを愛称呼びしていることを仄めかし、アメリアの目と同じ赤いアネモネの花束をもらったことまで見せつけている。横にいる父達は、これを聞いても尚アメリアは純粋なのだと妄信している。この程度なら大丈夫だろうと判断したアメリアは、メリッサだけでなく父達のことも舐めているのだ。
アメリアはクリストファー殿下との親密な関係を誇示するために、珍しくメリッサへ声を掛けたのだろう。メリッサはため息をこらえ、なげやりにアメリアが抱えているアネモネの花束へ光魔法を掛けた。
―――――ボンッ!
花束を中心に勢いよく魔力が弾け、大きな音とともに、アネモネの赤い花びらが部屋中に舞い散る。大きな弾丸のような魔力を、メリッサとアメリアは避けることもできずにもろに喰らった。
びっくりした顔で駆け寄ってくる父、兄、祖母。不思議とその動きがゆっくりと時間の流れが遅く見える。3人はまっすぐにアメリアの元へ駆け付け、アメリアを抱き寄せている。誰もメリッサのことは見ない。舞い散る花びらと共に徐々に視界が下に落ちていき、頬にひんやりと冷たい床の感触がして皆の足元しか見えなくなった中「メル!」と叫ぶ声が聞こえた。
その「メル」が私の事だったらいいのに……。そう思いながらメリッサは意識を手放した。
目を覚ますと真っ暗な自室のベッドに横になっていた。すでに夜も更けた部屋にはメリッサ一人で誰もいない。
侍女を呼び話を聞くと、あの後アメリアはすぐに目を覚まし医者の診察を済ました後で、父と兄と祖母は今はアメリアの部屋にいるのだと教えてくれた。メリッサも意識がない中ですでに医者の診察を受けた後らしい。魔力の反発が起きたために衝撃を受けて、メリッサは頭を打ったことで脳震盪を起こし、アメリアは左手を捻挫したそうだ。
「アメリア様の捻挫はすでに治療し完治したと聞いてます。メリッサ様の脳震盪には光魔法が使えないそうなので、明日1日安静にとのことです」
2人いた侍女のうちの1人がアメリア付きを希望し去っていった後も、変わらずメリッサの侍女として残っていてくれている侍女のローズ。ローズはメリッサが悲しむだろう話でも変に隠したりせずにちゃんと教えてくれる。そんなところが母に似ていて好きだ。
家族が誰も顔を見に来ないことに同情したのだろうか、ローズはメリッサの頭を優しく撫でてくれる。久しぶりの人肌が嬉しくて涙が出そうになりながら、メリッサはまた眠りについた。
次の日の昼、安静にとのことでベッドに横になっていたメリッサの元へ父が来た。メリッサの体調を気遣う言葉の後、父は昨日の件について説明する。
「昨日の魔力の暴発は、メルとメリッサの魔力相性が悪かったために反発して起きた事故だ。双子などでごく稀に起こる現象で、従姉妹同士は今まで症例はなかったそうだが、理論上はありえるらしい。メルも魔力が溢れるようになったことで、これからは二人が近くにいるだけで昨日のような暴発が起きる。そのため、二人共に溢れている魔力を抑える魔力操作を覚えるまでは二人を離すようにと医者に言われた」
父の言葉の続きを予想してしまったメリッサは、耳を塞ぎたくなる。
「両親を亡くしてこのジョンストン公爵家に来たばかりのメルがまた居を移すのはかわいそうだと、メリッサもそう思うだろう?アメリアの事を慮ってメリッサが領地へ行ってくれないか?」
メリッサは「はい」とも「いいえ」とも答えなかった。無言で父の手を見つめていたが、父は言うだけ言って満足したのかメリッサの部屋を出ていった。
1年前まではあの手で頭を撫でてくれたことだってあったのに……。私はどうしたらよかったんだろう。お父様からもう一度愛して貰うにはどうしたらよいのだろう。……わからない。
メリッサは11歳の誕生日を待たず領地行きが決まり、次の日から荷造りが始まった。侍女のローズが領地へも一緒に行ってくれることだけが唯一の救いだ。
領地へ行く馬車へ乗り込む前、父、兄、祖母に出発の挨拶をする。
「お父様、お兄様、お祖母様、すぐに王都に帰れるように魔力操作を頑張ります」
アメリアとはあの魔力反発以来、顔を合わすことができないために挨拶もなしだ。ふと、アメリアの部屋の窓を見上げると、あの図書館の時と同じように不敵に笑い、こちらを見下ろしているアメリアと目が合った。
領地へ向かう馬車の中、アメリアが持ち出し禁止の医療書を見ていたことを思い出したメリッサは、魔力反発は事故ではなく、アメリアが故意に起こして医療知識を元に魔力反発に見せかけた可能性に思い至る。魔力の反発だったなら、花束を中心に魔力が弾けた感覚がしたのはおかしいからだ。意識がない中で診察を受けたメリッサは、その感覚を医者に伝えることができなかったのだ。
メリッサが領地に行くことを知った王家は、王城へ通えないならと、いとも簡単にメリッサを婚約者候補から降ろした。アメリアの狙いはこれだったのだろう。
ジョンストン公爵家を追い出された今それに気づいても、メリッサにはもう為す術はない。