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05

庭の木々が色づき始めた秋の中頃、ジョンストン公爵家ではアメリアの10歳の誕生パーティーを開いた。子供だけのお茶会は参加していたものの、ジョンストン公爵家の分家や親類縁者を招待した正式な場は初めてで、これがアメリアの正式なお披露目となった。


アメリアの誕生パーティーへ第一王子エルドレッド殿下と第二王子クリストファー殿下が揃って参加されたことで社交界に波紋が広がった。


仲の良い婚約者候補のジャクリーンをエスコートして参加していたエルドレッド殿下に対し、婚約者候補のメリッサの誕生日パーティーへは参加したことが無かったクリストファー殿下はメリッサをエスコートすることなくアメリアの誕生パーティーへ参加した。そしてクリストファー殿下はアメリアとだけダンスを踊ったのだ。


第二王子の婚約者はメリッサからアメリアへ代わるのではないかという噂が広がっているのだと、メリッサは侍女に言われた。


あの兄とアメリアと3人で登城した日以降も、時折りアメリアが王城へ行っていることは知っていたが、抜け目なくクリストファー殿下と知り合っていたようだ。


このことでメリッサが何より傷ついたのは、父は傍観に徹し、メリッサを蔑ろにしたクリストファー殿下や王家へ抗議を上げることもなく、メリッサへ労わるどころか声を掛けることすらなかったことだ。父は、おそらく、クリストファー殿下の訪問に喜んでいたアメリアの気持ちに水を差すことが嫌なのだろう。


王家からの要望で6歳の頃からピアノの時間を削ってまで王子妃教育をしていたメリッサ。クリストファー殿下はそんなメリッサの誕生パーティーには参加したことがないにもかかわらず、妹とはいえ他の令嬢の誕生パーティーへ参加しダンスまで踊ったというのに。


お父様にとって、私の努力など眼中になく、私が他人に軽んじられても構わず、そんな私に掛ける言葉もないほど無関心なのか。兄も祖母も社交界の噂を知っているはずなのに、心配して話しかけてくれることもないことも悲しい。


メリッサは侍女が出て行き1人になった部屋で、両膝に顔を埋めてしばらく泣き崩れた。


そうだ。ピアノを弾こう。


メリッサのピアノには弾いている本人以外に音が聞こえなくなる消音魔道具が付いている。3歳でピアノの虜になったメリッサは、下手くそながら思うがままに弾き続けたのだが、すぐに祖母から耳障りだと言われてピアノへ消音魔道具を付けられた。


この消音魔道具は簡単な操作で個人指定で消音を無効にすることができ、弾いている本人以外でも聴きたい人だけピアノの音を聞くことができる。かつての父と兄は、仕事や勉強の合間に、時折りメリッサのピアノを聴きに来ていた。


「また上達したな」

「メルのピアノは癒される」


優しくそう言ってくれていた父と兄を思い出す。


それと同時に、そういえばアメリアがジョンストン公爵家に来てからは、父も兄も一度もメリッサのピアノを聴きに来たことがないことにも気付いた。


生前の母は頻繁にメリッサのピアノを聴きに来てくれた。メリッサがピアノの練習しているのを見つけると、必ず消音を無効にし、弾いているのが同じパートを繰り返しているばかりの練習だったとしても聴きたいのだと笑っていた。


王子妃教育が始まり、ピアノを弾く時間が思うように取れず、いっそのこと辞めてしまおうか迷っていた時の母の言葉を思い出す。


「人は裏切っても身につけた技術は裏切らないの。メルがピアノを嫌にならない限りは時間を作ってでも弾き続けなさい。ピアノはきっとメルを助けてくれる。……私はメルのピアノが大好きよ」


最近は悲しいことが多いけれど、私にはピアノがある。ピアノは貴族と裕福な平民しか習うことが出来ない贅沢な趣味なのだと王子妃教育で習った。こうしてピアノが弾けるだけで私は充分幸せじゃないか。


大好きな母への想いを込めて、メリッサはピアノを弾き続けた。

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