04
メリッサは第二王子クリストファーの婚約者候補として、兄パトリックは第一王子エルドレッドの側近候補として週4日の頻度で王城へ通っている。
極たまに登城時間が重なった時は、メリッサとパトリック2人一緒の馬車で通うこともある。メリッサはたまにある兄と2人きりになれる馬車の時間を密かに楽しみにしていた。
パトリックが読んだ本の話をしたり、メリッサが今弾いているピアノの楽曲の話をしたりと、些細なことしか話さないがメリッサにとって大切な兄妹としての時間だった。
朝晩は涼しくなってきた夏の終わりのある日、急な変更でたまたまパトリックと同じ時間に登城することになったメリッサは、パトリックと一緒に城へ行こうと馬車へ乗り込んだ。
「どうしてアメリアがいるの?」
パトリックだけだと思っていた馬車の中には、いるはずのないアメリアが座っていたのだ。
「お兄様とお姉様が王城へ通っている間、公爵家に残っているのが寂しいと私が我儘を言ったのです」
「違う、メルの我儘じゃない。エルドレッド殿下に一度メルを連れてこいと頼まれたんだ。元々、私が殿下にメルの話をしていたところに、ジャクリーン嬢からもメルの話を聞くようになって興味を持たれたようだ」
私のことはエルドレッド殿下に紹介しないのに、アメリアは紹介するのか……。別にエルドレッド殿下に紹介してほしいなどと思っていはいないが、兄からアメリアへの特別扱いが見えて悲しくなる。
「第一王子殿下にお会いするなんて、失礼がないかと緊張して昨日は中々寝れませんでした」
「メルのマナー講師から、登城しても問題ないとお墨付きを貰ったよ。大丈夫、万一何かあっても私がいる」
「お兄様が一緒なら安心です」
その後も城への道中、メリッサと2人の間には壁があるかのように兄とアメリアは2人で会話を続けていた。
「それにしても、メルはジャクリーン嬢と仲が良かったんだな」
「はい。とてもよくして頂いてます」
「エルドレッド殿下はジャクリーン嬢ととても仲睦まじい。将来の国王夫婦に気に入られればメルも安泰だ」
「お兄様!将来の王妃だからとかじゃなく、ジャクリーンとは気が合うから仲良くしてるのです!」
そう言いながら頬を膨らませているアメリア。打算的な感情などひとつもないと思わせながら、エルドレッド殿下に会いに行くところまで漕ぎ着けたその手腕にただただ感心した。
祖母にアメリアのことを相談したのに冷たくあしらわれた後、なぜアメリアはメリッサを孤立させるのかと考えた。そこでやっと、アメリアが上位を目指す野心溢れる性格だった場合、メリッサを踏み台にしその地位を奪う方が、メリッサと仲良くしつつ新たな立場を築くよりもずっと早くて簡単なのだと気付き、これまで気付けなかった鈍い自分に落ち込んだ。
上昇志向があり、周囲をコントロールし、事を上手く運びながらもその野心は絶対に匂わせない。アメリアのそれは貴族令嬢としてとても正しい姿なのだろう。貴族社会では非難されるようなことではないし、逆に、元子爵令嬢に簡単に陥れられているメリッサが叱責される立場なのだ。
この馬車に乗る前、メリッサ付きの侍女の1人がアメリア付きへの配置換えを希望していると家令から言われた。あのお茶会の出来事も私と同じ目線で見ていたその侍女は、とても向上心が高かった。アメリアの隠された一面に気付いた上でメリッサではなくアメリアに付きたいと選んだのだ。純粋な顔と野心家な顔、それぞれ魅せる相手を見極めているアメリアが恐ろしい。
ただ公爵家に生まれ、その地位に見合うように強がっているだけのメリッサが敵うはずがないのだ。
クリストファー殿下とは、6歳の顔合わせであからさまにがっかりされてからは、正式な婚約者ではないからとほとんど交流がない。クリストファー殿下は幼少の頃に兄パトリックを連れて登城した母ヴァネッサを一目見て憧れ、顔合わせの前までヴァネッサの娘が婚約者候補な事に喜んでいたのだと、親切な王城の侍女が教えてくれた。
母と同じ金髪紅眼で、明るく天真爛漫なところも母に似ているアメリア。そんなアメリアが王城へ行く。もしもクリストファー殿下とアメリアが出会ったらどうなるのだろうかなんて、考えなくてもわかる。
クリストファー殿下とは顔合わせ以降交流がないし、好き嫌い以前によくわからないというのがメリッサの正直な気持ちだった。むしろ王子妃教育がなくなればピアノを弾く時間が取れるから良いとすら思っていた。
クリストファー殿下と正式に婚約するのはアメリアになるのではないかと、この馬車の時点でメリッサは諦めていた。