鷹の爪(書籍発売日決定記念!短編)
2024年6月8日の書籍版発売を記念した短編です。
伏兵の王弟コーネリアスと毒婦アメリアの初対面の日のお話。
「午後は例の動物園へ行こうかな」
午前の公務が終わり昼食の時間になったコーネリアスは、従者のハービーに空白だった午後の予定について声を掛けた。
成人した王族が気まぐれでその日の予定を決めることなど本来はありえないのだが、コーネリアスは公務以外の自由時間はその時の気分で急遽決めた日程を過ごす。これは現王である兄が即位する前、兄の母である亡き王太后の実家と、現王妃の実家から命を狙われることが多かったためにできた習慣だ。
”例の動物園”とは先週開園したばかりの動物園のことで、開園から1ヶ月は貴族限定で営業している。貴族しか来園できない今なら混み合う事なくゆったりと園内を巡る事が出来るはず。本来は予約なしで来園して構わないのだが、さすがに、王族となると動物園側へ予告しないわけにはいかない。コーネリアスは身分を隠し一介の貴族として来園するつもりだが、そこまで言葉にしなくても付き合いの長いハービーには伝わっている。
ハービーはコーネリアスが生まれた時からの専属で、側妃だった亡き母の実家から派遣されている従者。大雑把で細かい間違いを笑って誤魔化すことが多いハービーは、体格に恵まれ、体術と攻撃魔法と剣の腕前は近衛騎士並み。どうして騎士にならず従者をしているのかわからないと皆から言われている不思議な男で、齢70歳を超えているというのにコーネリアスの護衛も兼ねることができるほど健在の貴顕紳士だ。
「では、爺はコニー様のデートのお相手を見繕ってきます。2時間もあれば十分です」
「必要ないよ。1人で行く」
「夫婦や恋人同士しかいない動物園に?まさか?おひとりで?行くのですか!?……爺は情けないです。22歳の立派な成人男性がひとりぼっちで動物園を徘徊するなんて。周りからどのような目で見られるか」
最近のハービーはコーネリアスが婚約者も作らず、恋人の1人も作らないことに気を揉んでいる。単純に面倒臭いという理由で婚約者を作らないように対策しているのだが、去年まではそのことに対して何も気にしていなかったハービーが口うるさくなってしまったのはコーネリアスの手落ちだ。
魔道具の解析、改造、発明を趣味にしているコーネリアスは、昨年、こっそりと王家で所蔵している他国の禁書に記載されている魔導具製人造人間を作ろうとした。軽い気持ちで、まずはその禁書にあるレシピを参考にしたのだが、それが少女型だったのが良くなかった。コーネリアスが試作している少女型の人造人間を見つけたハービーは、コーネリアスは人形に興奮する変態ではないかという疑惑を持ってしまったのだ。
魔道具製人造人間の試作1号が失敗に終わり、ハービーからあらぬ誤解をされていることにも気づいたコーネリアスは、2号以降の試作には手を付けなかった。コーネリアスより50歳も年上のハービーはコーネリアスよりも先に死ぬだろう。たびたび妙齢の女性を充てがおうとするようになったハービーへの仕返しに、ハービーが死んだら人造人間の試作を再開し、いつかハービーそっくりな人造人間を作ってやろうとコーネリアスは密かに決意している。
「アイリッシュとなら一緒に行ってもいいよ」
コーネリアスは外行きの作り笑顔でハービーに答えた。アイリッシュはこの春から王城で侍女をしている婚約者がいない19歳の子爵令嬢で、ハービーの孫娘。子供も孫も男ばかりの中で唯一女性のアイリッシュのことをハービーが目に入れても痛くないほど溺愛していることをコーネリアスは知っている。断られる可能性が高い上、もしも断られず同行したとしてもハービーがアイリッシュの相手をするだろうことを分かっていて名前を出してみた。
「コニー様、動物園へはお一人で行きましょうか。……爺はアイリッシュには幸せになってほしいのです」
まるでコーネリアスと結婚したら不幸になるかのような、しかも、自分の孫娘でなければ不幸になっても構わないと思っているような言い草だ。それでも、自分の性質を考えると相手の女性を幸せにできると断言できないコーネリアスはハービーへ言い返すことができない。そのかわり、これからはハービーが女性の話題を出すたびにアイリッシュの名前を出して黙らせることにしようと方針を固めた。
ハービーとそんな軽口をたたきながら昼食をとったコーネリアスは、午後になり宣言通り動物園に来た。紺色の髪は魔道具で茶色く変え、子爵位相当の服を着て帽子を被っている。少し猫背になり姿勢を崩せば下位貴族の子息にしか見えないだろう。ハービーは子爵家に仕える老騎士に見える騎士服に着替え、ニコニコと笑いながら帯剣した剣を素振りしている。普段着ている王城の従者服よりもずっと似合っていると呆れてしまう。
王の子飼いが隠れて護衛しているため、表向きにはハービー1人だけ引き連れてコーネリアスは園内をめぐる。初夏の日差しが眩しく、顔を隠す目的で被ってきた帽子を深く被り直した。
貴族限定の営業で、学園で授業を行っている時間帯のせいか来園者は少なく、ほとんどがコーネリアスと同年代の男女と彼らの護衛ばかり。チンチラやモルモットなどの小動物を触ることができるふれあいコーナーと、レッサーパンダやワラビー、カワウソなどの露骨に可愛らしい動物が人気のようだが、コーネリアスはそれらを一瞥しただけで動物園の奥へ向かって足を進める。コーネリアスの進む先、今日の目当ては入り口から1番遠い隅に建てられた資料展示館。
資料展示館はコーネリアスが私財から少なくない額を出資した建物で、多種多様な動物の標本や模型を展示している。コーネリアスは筆頭出資者として要望を通し、200種類もの鳥の剥製標本を各地から集めて貰った。それらはすべて羽を広げた飛翔型の剥製で、翼の構造や仕組みだけでなく、長い翼、短い翼、先の丸い翼、先の別れた翼など、翼の形の違いを見比べることができる。剥製だけでなく、可動することができる鷹の模型も作って貰った。その模型の羽を広げたり折りたんだりする動きを見て、今作成している魔道具の参考にしようと思っているのだ。
コーネリアスが何かを楽しみに思うことは珍しい。資料展示館への歩みは自然と早歩きとなる。
ただでさえ来園者が少ない中、資料展示館の館内は数えることができる程の来館者しか見当たらなかった。日差しの強い屋外から屋内に入ったこともあり館内は薄暗くてひんやりと涼しく、コーネリアスとハービーの足音だけが響き渡るような静けさでとても落ち着く。
コーネリアスはゆっくりと展示物を吟味しながら順路をたどり、館の奥へ奥へと足を踏み入れる。
ようやく立ち至った広いホールには、200種を超える鳥の剥製標本が、羽を広げてまるで飛んでいるかのように天井から吊るされて展示されていた。コーネリアスは、まるで夢の中の空想の世界に迷い込んだようだなどと柄にもないことを思いながら呆気にとられた。
丸い翼のノスリ、長くて尖った翼のオオミズナギドリやアホウドリ、その間を縫うように飾られている小さなハチドリやカワセミ。コーネリアスは上を見上げ、一羽も漏らさないように端から観察していく。
黒と白のコントラストの中に青のグラデーションの翼が印象深いカササギ。……そのカササギの下、1人の少女がコーネリアスと同じくらい熱心に剥製標本を見つめていることに気付いた。
まだ貴族学園へ入学していない年齢に見えるその少女は、丁寧に手入れされているとわかる稲穂のような黄金色の髪を、カササギの羽のような青いタンザナイトの髪飾りで留めている。コーネリアスの視線に気づいたのか、少女はコーネリアスの方へ顔を向けた。
鮮やかな赤い瞳がこちらを見つめ、その視線はすぐに剥製へ戻った。
「あれは、昨年養子入りした方のジョンストン公爵令嬢ですね。最近城で見かけます。名前は確か……ア、ア……アマンダです」
「”アメリア”だよ」
ハービーが持ってくる情報はいつもどこかいい加減なので注意しないといけない。あのタンザナイトの髪飾りは、亡くなったジョンストン公爵夫人が生前つけていたと記憶している。少女はアメリア・ジョンストンで間違い無い。ジョンストン公爵は愛妻の形見を贈るほどに養子のアメリアを気に入っているようだ。ハービーは名前の間違いについて笑ってごまかしているが、声を潜める配慮ができただけよしとしよう。
……例のクリスのお気に入りか。
1年前の春までクリストファーの婚約者候補はジョンストン公爵の実子、メリッサ・ジョンストンだった。メリッサの体調が優れないため領地で療養するとジョンストン公爵家から知らされた王妃は、6歳から婚約者候補だったメリッサをあっさりと下ろしてしまった。その後、クリストファーはメリッサの義妹アメリアと親密にしている。アメリアはメリッサやクリストファーと同じ12歳だ。王妃もクリストファーもアメリアをメリッサの代わりとして考えているのだろう。コーネリアスはその程度の状況を把握していた。
「外で生きた鳥が観れるというのに、死体に興味があるなんて変な令嬢ですね」
それはコーネリアスのことも変だと言っているようなものなのだが、ハービーは気づいているのだろうか。クリストファーは標本や模型には興味がないため一緒にいないのはわかるが、侍女や護衛までなしでたった1人でいることも貴族令嬢として珍しい。随所に警備の騎士が配置されているため、入り口にでも控えさせているのだろう。
まぁ、珍しいがただそれだけだな。
コーネリアスはすぐにアメリアへの興味をなくし、剥製標本の観察に戻りパフィンを見る。ずんぐりとした体に対して小さい翼だが、これでも飛べるのが不思議だ。
コーネリアスが半分ほどの鳥の観察を終えた頃、男性の声がホールへ響いた。
「これが青山羊が集めさせたっていう鳥の剥製か」
声の主は王妃の実家ケンブル侯爵家の分家筋のヘイズ伯爵。その腕には40前後のヘイズ伯爵よりもずっと若い20代後半の女をぶら下げている。女は知らない顔だが、服装と所作からヘイズ伯爵夫人ではなく愛人だと分かる。
”青山羊”は、コーネリアスの名前が角笛という意味を持つためにその角笛の材料となる山羊と、コーネリアスの紺色の髪と青い瞳から付けられた蔑称。もちろん面と向かって呼ばれたことなどない。このウェインライト王国で山羊は”鈍臭い”という意味を持つために、主に王妃とその実家のケンブル侯爵家の派閥が悪意を持って好んで使っている。
煩わしい悪計や策謀を手間なく回避するため、コーネリアスは幼い頃から優秀でも無能でもない、何か物足りない程度の冴えない男を演じてきた。”青山羊”という蔑称はその成果であるため比較的気に入っている。それを知っているハービーも特に怒ることはない。
「ねぇ、せっかく動物園来たのに剥製なんて不気味でつまらないわ。私、モルモットを触りに行きたい」
「これは仕事なんだ。あと少しだけ我慢してくれ」
ヘイズ伯爵は愛人を宥めながら、ホールの出口付近に飾られている鷹の模型を弄っている。あれは、コーネリアスが無理を言って作らせた特注品で、最後にじっくり観察しようと楽しみにしているものだ。
動物園の隅にある人気の無いこの資料展示館の、そのまた奥に展示されているこの鷹の模型。じっくりと隅々まで見る者など、おそらく、これを作らせたコーネリアスしかいない。罠を仕掛けるならうってつけだ。直系王族であるコーネリアスには効かない薬や毒は多いが、医療系を牛耳るケンブル侯爵家ならコーネリアスにも効く毒は手に入れることができるだろう。もしもコーネリアス以外の関係のない人が模型に仕込まれた罠に触ってしまっても、この模型を作らせたコーネリアスの評判が落ちる上に、コーネリアスへの警告になる。
いつもの王妃派よりも知性を感じる罠に関心するが、惜しい。せめて毒を仕込む時は誰もいない時にする配慮はできないのだろうか。ここにいるのは使用人が同行していない幼いアメリア、下位貴族の令息に見えるコーネリアス、その護衛のハービーの3人だけ。ヘイズ伯爵はこの3人なら自身の権力で目撃証言をねじ伏せることができると考えているのだろう。
常に肝心なところの詰めが甘い王妃派へ、コーネリアスからの心象は悪い。コーネリアスが相手をしたいと思えるほどの魅力がない王妃派には真剣に対処する気になれないのだ。
ヘイズ伯爵から距離のあるところにいるコーネリアスとハービーは無視を決め込む。コーネリアスが鷹の模型を触る前に罠を調べて取り除けば良いだけだ。偶然、今日来園したおかげで、関係のない被害者が出る前に気づくことができて運が良かった……。
「展示物に触れることは禁止されてます!」
コーネリアスがほっと息をついていた横で、アメリアが声を上げた。明らかに不審な動きをしているヘイズ伯爵へ発揮された、幼いアメリアの正義感が心底面倒臭い。いざとなったらハービーに対応してもらおうと目線を送ると、コーネリアスへニヤリと笑いかけ、発声せずに口をパクパクと動かしている。その口元は「出会い」と言っているように見える。
アメリアは12歳、コーネリアスは22歳。女児性愛より人形趣味の方が被害者がいない分遥かにマシだと思うのだが、ハービーはそうではないらしい。生身の女性なら12歳でも良いと考えるハービーに、逆にコーネリアスが引いてしまった。
「君は大人のすることに口出しするなと教わらなかったのかな」
「ちょっと。この子のドレスなら侯爵令嬢、ううん、公爵令嬢でもおかしくないわよ」
「なに護衛も連れていない小娘一人の意見など、ケインズ侯爵家の力があればどうとでもできる」
ケインズ侯爵家の後ろ盾があるヘイズ伯爵は強気だ。この発言はアメリアだけでなく、遠くにいるコーネリアスとハービーへの牽制も含まれている。ここへジョンストン公爵家の使用人がいたら状況は違ったが、たった一人でいるのに正義感から伯爵へ楯突いたアメリアが愚かとも言える。
「警備の者を呼んできます」
「呼んでも無駄だ。私が何もしていないと言えばすむ。ただの令嬢の君と伯爵の私のどちらの話が通るかなど明らかだ……ってその顔、お前、チェスターの娘だな!」
アメリアの素性に気づいたヘイズ伯爵は、獲物を見つけた肉食動物のように目を輝かせた。
アメリアの実父チェスターは、同年代のヘイズ伯爵の世代の間ではちょっとした有名人だ。コーネリアスはチェスター・ミルズ子爵についての記憶を辿る。
カラック侯爵家の嫡男チェスター・カラックは魔法学園3年、卒業間近のダンスパーティーで婚約者の親友を『真実の愛の相手』として、大衆の面前で婚約者へ婚約破棄を言い渡した。その騒動が原因でカラック侯爵家の嫡男から外され、母親が持っていたミルズ子爵位を継承した。ダンスパーティーの時点で孕んでいた不貞相手と結婚し、2年前にタバコの不始末で夫婦共に焼死している。その二人の『真実の愛の結晶』がアメリア。
ヘイズ伯爵が気付くくらいにはアメリアとチェスターは似ているようだ。コーネリアスが成人し社交界に参加するようになった頃にはチェスターは上位貴族の場には出てこなくなっていたため、コーネリアスはチェスターの顔を見たことはない。
「そういえば、ジョンストン公爵家に養子入りしたチェスターの娘と第二王子が懇意にしてると聞いたな。……ジョンストン公爵家に潜り込むだけでなく、この歳で男をたらし込むなんて、さすがはあのチェスターとアバズレの“真実の愛の結晶”だ」
「たらし込むだなんて、その言葉は私だけじゃなくクリス様に対しても失礼です!」
「ねぇ、この子第二王子を愛称で呼ぶほど仲が良いんでしょ?さすがにまずいと思うわ」
愛人は必死にヘイズ伯爵を窘めている。クリストファーが気に入っている公爵令嬢のアメリアと、実家の分家のヘイズ伯爵、王妃の心象次第ではアメリアを贔屓する可能性は否定できない。ヘイズ伯爵よりも愛人の方が勘が良い。
「ふんっ、もうやることはやった。……子供の第二王子は騙せてもお前の親を知っている大人はお前のことなんて信じないからな。蛙の子は蛙だ」
ヘイズ伯爵は捨て台詞を吐き、愛人を引き連れてホールから出て行った。アメリアは悔しそうに拳を握りしめ、ヘイズ伯爵の背中を睨みつけた後、鷹の模型に近づいていった。ヘイズ伯爵が模型に何をしたのか調べようとしているのだろうか。アメリアの軽率な行動に焦る。手にはハンカチが握られているが、コーネリアスへの罠がそんな薄い布1枚でどうにか出来る訳が無い。
合図を送っても、ハービーは無視して動かないため、コーネリアスは観念してアメリアへ声をかけた。
「そんなハンカチ1枚では危険だよ。警備員に伝えて展示館の人に調べてもらおう」
「っ!気付かずにすみません。……王弟殿下とクリス様を侮辱するような人です。何をしているかわからないですね」
アメリアはそう言って模型から離れた。ヘイズ伯爵はコーネリアスの名や王弟という言葉は出さなかったが、アメリアは“青山羊”がコーネリアスのことだと気付いていたようだ。沈黙しているコーネリアスへアメリアは説明を付け足す。
「あの人、“青山羊が集めさせた”って言ってましたけど、資料展示館は王弟殿下が私財から出資したとクリス様から聞いたんです。……出資といっても、実情はほとんど寄付です。ウェインライト王国の国鳥から遠い国の珍しい鳥まで、こんなにたくさんの剥製を集めるなんてどれだけのお金がかかったのか。そんな王弟殿下を愚鈍な“山羊”に例えるなんて、彼のほうがよほど愚かだわ。私は王弟殿下は山羊じゃなくて、この模型の“鷹”のような、必要な時がくるまで爪を隠している優秀な方だと思います」
「そうだね」
コーネリアスの返事にアメリアは目線を逸らし、赤い瞳を悲しげに揺らした。
「……あなたも蛙の子は蛙だと思いますか?」
「“鳶が鷹を産む”って言葉もある。私は、君も“鷹”になれると思うよ」
「ありがとうございます」
アメリアは目に涙を溜めたまま儚げに微笑み、コーネリアスを見つめている。アメリアという少女の成長への期待でコーネリアスの胸は高鳴る。
「後のことは私に任せて。君はもう帰ったほうがいい」
会釈してホールを出て行くアメリアへ、コーネリアスとハービーは笑顔で手を振った。
「コニー様のお嫁さんが見つかりましたね」
「え?絶対嫌だよ。あの子は敵対派閥に成長するのが1番じゃないか」
「はぁ、そっちになってしまいましたか。自分に似た人は嫌いになるって奴ですね」
野生の勘というべきか、ハービーは変なところで鋭い。コーネリアスも途中まで気付いていなかったというのに、アメリアがコーネリアスと同類だと見抜いていたようだ。
アメリアが去り、広いホールにコーネリアスとハービーの二人きりになると、隠れていた子飼いが出てきた。
「この模型は私も一緒に調べよう。それと、アメリア・ジョンストンについて調査してくれ」
子飼いは不思議そうな顔をしていた。ハービーでも気づけたアメリアの違和感に気付けないことに失望する。子飼いは正式にはコーネリアスの部下ではなく、兄の部下。兄の采配に口は挟めない。口出しした時点で“コーネリアスが王になればいい”と言われてしまうだろう。
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動物園から王城へ帰る馬車の中、ハービーはコーネリアスに声をかけた。この馬車の中はコーネリアスの作った魔道具のおかげで声は漏れないため、ハービーとコーネリアスの会話は御者にも子飼いにも聞こえない。
「なんとなくなんですがね、ミイラ取りがミイラになる気がします」
ハービーの忠告に理由はない。ただの勘だが、外れることも少ない。
「ハービーが言うなら、アメリア嬢の調査は私と兄の関係を知らない見習いの子飼いの試験にしてもらうか。被害は少ないほうがいいからね」
「コニー様の悪い癖が出てます。ここは、もっと有能な者を充てがって彼女からの懐柔を防ぐべきでしょう」
「有能な者を奪われたらもっと悲惨だと思うけど?」
コーネリアスはそう言いながらも、アメリアが子飼いを奪う可能性は低いと思っている。今日のアメリアの振る舞いは最初から最後までコーネリアスに近づくための計画だったはずだ。子飼いに手を出せばそれをすべて台無しにして、コーネリアスへ宣戦布告することになってしまう。
クリストファーと親しいアメリアは、クリストファーの予定を知ることが出来る。
クリストファーの予定から他の王族の公務の振り分けの予測をすること、いや、アメリアなら直接クリストファーから聞き出せるだろう。コーネリアスが資料展示館のために動物園へ出資したことは周知していないが、王妃派が手に入れる事ができる程度の情報だ。
コーネリアスが動物園へ行くことは直前に決めた日程といえど、公務の入っていない時間さえ分かれば予測は可能だ。王妃派にしては知性を感じたヘイズ伯爵が仕掛けた罠もアメリアの策略と考えると納得できる。
王妃とも交流のあるアメリアならば、会話の中でコーネリアスが特別に作らせた模型に必ず触れるだろうことを気づかせ、手下を使って罠を仕掛けるように王妃を誘導できる。ヘイズ伯爵、いや、愛人のほうが簡単だな。愛人の予定を調整できればコーネリアスが動物園へ来園しそうな日時にヘイズ伯爵の来園を合わせることはできるだろう。護衛を遠ざけ一人でいたことも、正義感があり、少し軽率なところも、両親について悲しんで見せたところも全部計算のうち。
ジョンストン公爵の愛妻の形見であろう髪飾りを養子のアメリアが付けていたことから、アメリアはジョンストン公爵家内でのメリッサの立場を奪った事も予想できる。メリッサは領地で療養しているのではなく、アメリアに追い出されたのだ。
正体を明かさず下位貴族のふりをしていたコーネリアスへ、わざわざ王弟は青山羊ではなく鷹のようだと言ったことは少しやりすぎだ。剥製標本へ興味を示してコーネリアスと同じ趣味だとアピールし、コーネリアスは無能ではないと言い、好感度を上げようとしていた。追い追いコーネリアスを異性として落とすため、まずは印象を残す初対面の計画。
コーネリアスはヘイズ伯爵が模型を触っている時、偶然、今日来園したために模型に罠を仕掛けられたことに気づけて良かったと喜んだ。それと同時に偶然ではないいくつもの可能性を考えていたのだ。王の息子として生まれたコーネリアスの人生では、なんの因果関係もない都合のよい“偶然”が起こるよりも、“偶然に見せかけた悪計”をしかけられることの方が多い。
「ハービーはアメリアが私に似てるといつ思った?」
「あまりにも”おもしれー女”だったからなんですが、いつって限定するとなると悩みますね」
コーネリアスの知らない言葉に怪訝な目つきでハービーを睨むと、ハービーは心底楽しそうに笑う。
「アイリッシュが帝国で流行っている恋愛小説に熱中してまして、爺も試しに読んでみたらまんまとハマってしまったんです。で、その恋愛小説にはいくつかお約束みたいなものがあって、“おもしれー女”はその中のひとつなんですよ。……女性からモテる設定の男性の登場人物は、大抵、突拍子もない行動をしたり、自分に靡かなかったり、破天荒だったりと周りと違う風変わりな令嬢に興味を持って『おもしれー女』って言うんです。“おもしれー女”は変わり者で少し考えなしだけど、根は真面目で一生懸命で、しかも、誰も気づかない男の悩みや内面に気づく。……アメリア嬢が“おもしれー女”だと思うたびに、“青山羊”を演じていた幼い頃のコニー様と重なって見えたんですよね」
「“おもしれー女”ね。……私が他人との間に感情的なつながりを築くことができる普通の人間だったら、アメリア嬢にそう言っていたのかな」
ハービーは相変わらず笑っているが、少しだけ寂しそうにコーネリアスを見つめる。兄やブレイも度々そんな表情でコーネリアスを見ることがある。コーネリアスへ寂しげに笑いかける3人が、その時何を思っているのか、コーネリアスにはわからない……。
馬車に揺られながら、調査を任せた子飼いに何かあったらアメリアはきっとコーネリアスと同類で間違い無いだろうと、コーネリアスは思った。
そんな出会いから3年経ち、アメリア・ジョンストンは鷹ではなく怪物としてコーネリアスの前に現れた。




