骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を見に纏う(7)想念の真実
*ここから先、本文の下の方で、歌の魂(詠み手)たちが騒ぐことが増えてきます。多少やかましいですが、彼らはサラの物語に欠かせない存在ですので、大目に見ていただければ幸いです。彼らの居場所は、いわゆる「あの世」や「神界」に近いと思われますが、はっきりしていません。
サラは、自分の口寄せの術について、改めて考えてみた。
「未知の和歌と向き合うとき、いつも、最も強い光を持つ想念を探すようにしているのだ。強い想念とつながると、和歌の景色が見えやすくなることが多いからなのだが…」
サラの言葉から、ヒギンズは察するものがあった。
「強い想念ほど、負の情念が強く出るのだな」
「そうなんだ」
和歌に口寄せの術をほどこすサラは、魂が抱えている凄惨な事件の記憶を、苦しみとともに追体験している。
心をずたずたに引き裂かれるような思いを味わいながら、サラは歌の魂を目覚めさせ、想念を読み取っているのだ。
けれども、サラが読み取る想念は、事業団の研究班の者たちが作る和歌の意訳とは、かけ離れている場合が多い。
『天智』という皇帝の想念は、強い憎悪と怒り、そして恐怖に満ちていた。
それが具現化された結果、サラとヒギンズは危うく命を落としかけ、ミーノタウロスは溺れかけ、神殿(仮)の壁板が穴だらけになった。
けれども、彼の和歌の内容自体は、寂しさや悲しみを主題としていて、冷え冷えとはしていても、荒ぶる要素は見当たらない。
「君が歌から読み取っている想念は、魂の元となった人物が歌を作ったときの心情ではないのかもしれないな」
「私も、いまそれを考えた」
「和歌の内容に近い想念に触れるためには、強い負の情念ではないものと、繋がればいいのではないだろうか」
サラは目を閉じて、『天智』の歌の中に見えた、数々の想念のカケラを思い起こした。
「強い光を放つ想念の背後に、弱いけれども柔らかな気配をもつものも、確かにあった」
決して、暴虐なだけの皇帝ではなかったのだろうと、サラは思う。
「そのどれかが、あの歌につながる想念なのかもしれないな」
「そうだな。ただまあ、ろくでもない記憶も少なくはなかった。弟の想い人を寝取って暗い喜びに満ちていたり、自分の子を孕んだ妻を部下に与えで喜ばせ、内心嘲笑っていたりとか」
どうにも共感しにくい皇帝の逸話に、ヒギンズは顔をしかめた。
「だいぶ屈折した性格だったのだろうか」
「弟の想い人を寝取った代償に、自分の娘を何人も弟に嫁がせて、気を遣ったりもしていた」
「まるで野菜の物々交換だな。それで気遣いが成立するものなのか?」
「どうも人妻に手を出して火遊びしたいとか、人妻を奪うことで、その夫を虐めたりとか、ずいぶん浮かれた時期もあったようでな」
「ダメだな」
「そういう面だけではなかったのだろうが、まあ、ダメだな」
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天より智を授かりし皇帝
「くっ、こやつら、余の黒歴史を、なぜにここまで抉ってくるのか…」
疲れている某女皇帝
「父よ、それは自業自得というものだ」
*天より智を授かりし皇帝……天智天皇。
*疲れている女皇帝……持統天皇。天智天皇の娘。