尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(35)来客と着替え
本文下の「あの世」コーナー。
今回は、主人公たちの関係が進みそうで全く進まないことに痺れを切らした方々が、おせっかいを試みているようです。
サラは、夢を見ていた。
会ったことのない父親が、幼い自分を抱き上げて、笑っている。
傍らには母親もいて、嬉しそうに名を呼んでくれている。
「サラ…」
(父上、母上…)
しばらくすると場面が変わり、少し成長した自分が、両親に武術の手解きを受けている。
父親が手にしているのは、サラが戦場で愛用する戦斧だった。
母親は攻撃魔術の優れた使い手で、サラに高度な術式を幾つも伝授してくれた。
二人とも、この上なく厳しい師匠だったけれども、臨殿の養い親とは違い、サラの能力を最大限に伸ばそうと、手を尽くしてくれるのだった。
(なんて幸せな夢なんだろう)
「サラ」
(夢だと分かっているが、出来ることなら、このまま見続けていたい)
夢の中の時間の流れは、とても早かった。
成人を迎えたサラが、魔物討伐の初陣で大きな手柄をあげて、両親を大いに喜ばせていた。
勇猛な戦士である父親は豪快な笑い声を上げ、巫術師の母親が感涙にむせんでる。
「サラ」
(それにしても、まるで現実にあったことを思い出しているかのような夢だな。私の願望が見せているのだろうが)
「サラ、起きてくれ」
「ん、父上…?」
「お父上よりは若い世代なのだが……まあ君から見れば、似たようなものなのか」
この上なく幸せな夢の光景が薄れていくと同時に、別の世界がぼんやりと姿を現した。
見覚えのない天井を背景に、銀色の髪の美神が、なぜか少しやるせない表情で、自分を見下ろしている。
「え、ここは…?」
「君の寝室兼、私の居室だな」
美神と思ったのは、寝起きで前髪を乱しているヒギンズだった。
「う、うわあああああっ!」
サラは勢いよく飛び起きた。
「驚かしてすまない。君に客が来ている」
「へ? きゃ、客?」
「神殿(仮)の隣人だ」
ヒギンズは、魔導モニターをサラに見せた。
サラは動揺を抑えて画面を覗き込んだ。
大きな両手鍋を抱えた黒メガネの少女が、魔樹森林に聳え立つ研究所の玄関前に立っている。
「二度めの引越し祝いと、昨晩の被災見舞いを持って、魔樹森林まで訪ねてきたそうだ」
ヒギンズの言葉に、サラは首を捻った。
「引越し祝いは分かるが、昨晩の被災というのは…?」
「どうやら、我々の事情をある程度知っているらしい。それと、君に相談事があると言っている」
「それは、話を聞いてみなくてはならないな。中に招いても構わないだろうか」
「もちろんだ。私も一緒に会おう」
ヒギンズは、魔導モニターを操作して、セバスティアヌスを呼び出した。
「おはようございマス、ご主人サマ」
「おはよう。表に客が来ているので、食堂に案内してくれ」
「応接室ではなく、食堂でよろしいのデスカ?」
「大鍋を持参している客だ。おそらく中身は料理だろう」
「かしこまりマシタ。トコロデ、サラ様はお目覚めでしょうカ」
「起きている」
「デハ、メイベルをそちらに行かせますノデ」
「メイベル?」
「今朝から私の同僚とナリマシタ、ゴーレムメイドデス」
すぐにノックの音がした。
「おはようゴザイマスー。サラ様のお支度のお手伝いに参りマシター」
ヒギンズがドアを開けると、白いエプロンドレスを着たメイベルが、にっこり笑って立っていた。
「支度? ああ、着替えか」
「お支度中の護衛も代行いたしますノデー、ご主人サマは速やかに食堂の方へいらしてくださいマセー」
「ん? 私もここで着替えたいのだが」
ヒギンズの背後で、サラが慌てふためいているのを、メイベルは見逃さなかった。
「ウラ若き女性の前デノ脱衣願望などハー、ご主人サマと言えどお控えいただきタクー」
「…そのような願望はない。サラ、気が行き届かず、すまなかった」
「あ、いや、私のせいで教授に不便をかけてしまうのは……め、めめめ目をつむっていれば問題ないのだし」
「いや、男の着替えなど、どこでも出来る。ではメイベル、あとを頼む」
「かしこまりマシター」
ヒギンズが着替えを持って部屋を出ると、メイベルはサラに向かってピシリと姿勢を正し、お辞儀をした。
「改めマシテ、我が主、サラ様にご挨拶申し上げマス。私ハ、ゴーレムメイドのメイベルと申しマス。ランクは特S級、家事育児、美容および健康サポート、心理カウンセリング、ファッション、戦闘、その他モロモロ、家庭に関するあらゆる業務に習熟してオリマス。常にサラ様を最優先デお守りするようニ設定されておりますノデ、何なりト、お申し付けくださいマセー」
サラは、自分より長身のメイベルを見上げながら、挨拶を返した。
「私はサラ・ダーヌネルブ、巫術師だ。事情があってここに来たばかりで、世話をかけることも多いと思う。どうかよろしく頼む」
「デハ、サラ様、お着替えをいたしマショー。本日おススメのコーデは、こちらとなりマスー」
メイベルが光の速さでクローゼットから取り出してきた服は、白地に魔樹の模様が散りばめられた、ふわふわしたデザインのワンピースだった。
「魔樹森林の爽やかな朝のイメージで選びマシター」
巫術師の祭服しか着たことのないサラは、愛らしい服に尻込みをした。
「い、いや、私はいつもの服で…」
「本日ハ、ヒギンズ様とサラ様の記念スベキ同居初日でアリマスノデー、ここは貴やかでありながら、なおかつ艶やかにキメて、サラ様の魅力ヲ深く印象づけるべきトコロであると、愚考する次第デゴザイマスー」
メイベルの圧によって、サラの尻込み先はあっさりと封じられた。
「よ、よく分からないが、同居初日とは、そういうものなのか…」
「そういうモノでゴザイマスヨー。お仕事着ハ、お仕事の時にキッチリとご用意いたしマスノデご安心ヲー。あ、お髪のほうモ、愛ラシク整えマショウネー」
「へ? あ、愛?」
「パートナーとの日常生活ヲ円満かつ幸福なものにするタメニハ、まずサラ様ご自身ヲ大切に愛し慈シムことコソガ、基本中の基本でゴザイマスヨ。実り豊かな新生活のタメニ、まずサラ様をいっぱいの愛で満たしマショウー」
「わ、分かった…」
勢いだけでサラを押し切ったメイベルは、声には出さないつぶやきを、自らの記憶層に保存した。
(執事セバスティアヌスの発案による、極秘共同ミッション、結婚カウンセリング始動…)
サラの着替えが始まった頃、ヒギンズは、来客の少女と、彼女を案内してきたセバスティアヌスと共に、食堂へ続く廊下を塞いでいる謎の物体を眺めていた。
「何だ、これは…」
「ハテ、何でございマショウカ…」
「脱衣した人体の腰よりも下、腿よりも上の部位を、背後から見た場合の形状に、よく似ているように思われますが、客という立場の者としては、ここは見なかったことにすべきでしょうか」
「できれば、そう願いたい……面倒だが迂回しよう。セバスティアヌス、あとで片付けておいてくれ」
「承知いたしマシタ。お客様、こちらへドウゾ」
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さらら
「やっと朝を迎えたか」
あべ
「共寝したのに、何もありませんでしたわね」
さらら
「あれを共寝とは言わぬだろう」
あべ
「ええ、まごう事なき雑魚寝でございましたわ。つまらない…」
さらら
「あの二人に艶っぽい成り行きなど期待するだけ無駄であろうよ」
あべ
「でもあれ、どう見ても両思いでしょう? お姉様のお力で何とかなりませんの?」
さらら
「何とかしようにも、策が思いつかぬわ。あれらの従僕たちも、何やら画策しておるようだが、上手く行くものかどうか」
あべ
「こちらから艶っぽい歌でも送って、焚き付けてみるというのは、いかがかしら」
さらら
「あの鋼のごとき朴念仁どもを焚き付けられそうな歌なぞあるのか?」
あべ
「遠つ国の、後々の世の私家集なるものを拾いましたのよ。詠み人は、どこぞの姫らしいのですが、恐ろしく恋に大胆な娘であるらしくて、志斐の嫗ですら、顔を赤らめておりましたわ」
さらら
「あの鉄面皮のお婆婆が赤らむほどか。どれ、聞かせてみよ」
あべ
『やは肌の あつき血汐に ふれも見で さびしからずや 道を説く君』
さらら
「……これを受け取ったサラが爆死する未来しか見えぬな」
あべ
「ダメですかしら」
さらら
「あの娘には、劇薬すぎるだろう」
あべ
「確かに。そういえば、お姉様も、明け方に歌を送っておられましたよね」
さらら
「ああ、すっかり忘れておったわ」
あべ
「たった今、歌ではない形で届いたようですわよ。ほら」
さらら
「……なんだあれは」
あべ
「『男』と彫ってありますので、男の尻でしょう」
さらら
「……見なかったことにする! 我が送ったのは歌であって、尻ではない! よって、我はあの男の尻とは無関係である。よいな?」
あべ
「お姉様ったら…」
*さらら……持統天皇。諱は「鸕野讚良」。
*あべ……元明天皇。諱は「阿閇」。持統天皇の異母妹。
*元明天皇に拾われた赤面ものの歌は、与謝野晶子の歌集「みだれ髪」に掲載されている。
「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」
【極めて直截的な怪しい意訳】
研究の話なんかやめて性交しろ、この朴念仁。




