尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(33)痛ましい真実
本文下の「あの世」コーナー。
今回は夫婦喧嘩が勃発しかけますが、不発に終わった模様。
バニール川の流れを跨いで聳え立っていた研究所は、ヒギンズたちを迎え入れると同時に、元の魔樹森林へと位置を戻した。
ヒギンズは魔導モニターを出して、研究所の周囲の安全を確認した。
「うむ。想定外の事態が次々と起きたが、無事切り抜けられたようだな」
「研究所内部ニモ、損傷等は一切ございマセン。戦利品として、肉類が大量に補充されましたガ、倉庫の容量との兼ね合いもありますノデ、時期を見て売り捌こうと思いマス」
「捕縛した不審者たちは、時間凍結処理してあるのだな?」
「ハイ。半年ほど放置しても問題ありませんガ、それを超えますと魂が離脱する恐れがありますノデ、ご留意クダサイ」
「半年以内には処理しよう。やらかしたことは、きっちりと落とし前をつけさせる。元凶が誰であってもな」
サラは、目の前の二人が、今夜自分を助けるために全力で動いていてくれたことを、改めて実感した。
「教授、セバスティアヌス……私のことで迷惑をかけて、すまなかった」
「サラ、謝罪の必要などない。パートナーを守るのは当然のことだ」
「それに、研究所ごと転移スレバ、私の可動領域が無限に広がることが分かりましたノデ、今回の件は大変に有益だったと言えマショウ」
「肉も高額で売れるだろうから、研究所としては大幅な黒字だな」
「それもサラ様のおかげデス。女主人であらせられるサラ様の、ご無事のお戻り、なにより嬉しく思いマス」
「そういえば、言い忘れていた。おかえり、サラ」
自分に温かな目を向けてくれる二人の気遣いが、サラの胸に沁みた。
「ただいま……二人とも、ありがとう。またここに戻れるとは、思わなかったよ」
思えばサラにとって、あまりにも長い一日だった。
早朝から神殿(仮)を修繕し、貧乏暇なしを憂いながら、ヒギンズと謎茶を味わっていた時には、その日のうちに自分の生活が一変するなどと、想像もしなかった。
「百人一首」という文字列への口寄せは、凄惨な過去の記憶をサラたちに見せたけれども、その後の考察から歌の魂と対話をするという発想を得たために、サラは自らの巫術の新境地を開くこととなった。
そうして出会った「白妙の衣」の女皇帝からは、受け止めることを恐ろしく感じるほどの、深い想いを与えられたように思う。
魔樹森林の研究所への転居が、事実上、ヒギンズとの同居だったことへの動揺は、いまだにおさまっていない。
その研究所に、女皇帝が自発的に顕現し、仮宮を設けたことは、巫術師の立場から考えても、驚異の出来事だった。
自分にはないと思っていた先読み能力が、突然発現したことも、サラはまだ信じられずにいる。
そして、巫術師の里の者たちが目論んだという陰謀については、サラの家門の抱える事情も含めてヒギンズが粉砕したという。
(里を滅ぼすとか、聞いた気がするのだが……本当なのだろうか)
恐ろしすぎて、聞くに聞けずにいたサラは、まるで予期しなかった、驚愕の真実を知ることになる。
「サラ、いろいろあって疲れているだろうが、あと一つだけ、早急に確認しなくてはならないことがある」
「なんだろうか」
「ご主人サマ、サラ様、エントランスでは、落ち着きませんデショウ。お茶のご用意などいたしますノデ、食堂にてお話になりマセンカ?」
「そうだな。サラ、構わないか?」
「もちろんだ」
「にゃうにゃーん(夜食が欲しいにゃん)」
「にゃん(欲しいにゃん)」
「ぴゃん(欲しいぴゃん)」
食堂に着くと、セバスティアヌスが光の速さで全員のお茶と軽食を用意した。
「セバスティアヌス、サラが研究所内から強制転移させられた経緯についての分析は、できているか」
「ハイ。確定できておりマス。巫術師の里を調査したご主人サマも、同じ結論に達しておられるのデハ?」
「ああ。危険の完全排除のために、いますぐ処置すべきだと考えている」
「それが合理的ではありマスガ、サラ様のお気持ちを考えますレバ、ゴーレム執事の私でも二の足を踏みたくなる気持ちではアリマス…」
話の流れがいささか物騒になって来たのを感じて、サラは思わず口を挟んだ。
「なあ二人とも、一体何の話なのだ?」
ヒギンズは、研究所への転居を勧めたときと同じような、真剣な表情をサラに向けた。
「サラ、これから話すことは、君に動揺を与える可能性がある。だが私としては、君自身の今後のためにも聞いておいてもらいたい。どうだろうか」
重い前置きに少し戸惑ったけれども、ヒギンズに願われたことを聞かないなどという選択肢を、サラは持っていなかった。
「話してほしい。今回のようなことを起こさないために必要というのであれば、私は知るべきだと思う」
サラの強い覚悟を感じ取ったヒギンズは、言葉を選ぶことなく真実を伝えることにした。
「サラ、君の人格は、臨殿とやらの用意した設計図を元に、幼少期から管理されて形成されたものだ。日常的な思考や感情は常に監視され、直接の指示がなくても臨殿の意向に即して動くように、強い暗示をかけられていた。君は今夜、自ら転移魔術を発動して、巫術師の里へ飛んだのだ」
「え」
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〈あの世っぽいどこか〉
女皇帝
「おのれヒギンズ! 今から行って成敗してくれるわ!」
女皇帝の夫
「待って待って、君が行くと話が拗れちゃうから!」
女皇帝
「止めるな叔父上! あのような冷血漢にサラを任せておけるか!」
女皇帝の夫
「あれは冷血なんじゃなくて、ちょっと取り返しのつかないくらい程度のひどい朴念仁なだけだって。君も知ってるでしょ?」
女皇帝
「朴念仁にも限度というものがある! あのように唐突に真実で殴りつけて、サラの心が壊れてしまったら、どうするというのだ!?」
女皇帝の夫
「いや、むしろ作り物のほうの人格を壊しちゃって、本物を蘇らせる感じじゃないの?」
女皇帝
「作り物であっても、壊れたら激しく痛むのが、心というものではないか! 配慮というものが無さすぎる!」
女皇帝の夫
「それはそうだけどさー、あれって、あの子を守るには、どうしても必要なことだろ? 君を守るためだったら、俺でも同じことすると思うよ」
女皇帝
「……そうか、叔父上。そこまで言って、ヒギンズの肩を持つか」
女皇帝の夫
「あ、ちょっと、一日に何度も現世にいっちゃダメだってば。あんまり疲れすぎると、俺らだって危ないんだぜ」
女皇帝
「ふん、今日はもう行かぬわ。ちょっと歌を送るだけだ」
女皇帝の夫
「まあそれくらいなら」
女皇帝
『相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づくごとし』
女皇帝の夫
「あー、ヒギンズ君、ご愁傷様…」
*女皇帝……持統天皇。
*女皇帝の夫……天武天皇。
*『相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づくごとし』
万葉集 巻第四 608 笠郎女がブチキレて大伴家持に送った歌。
【良い子のための怪しい意訳】
心変わりされちゃったのは分かってる。
手紙を送っても、前みたいな熱い思いを返してくれることが無くなって、そのうち、返事すらこなくなったわ。
それでもいつかは戻ってくれるんじゃないかって、祈るような思いで待ってたけど…
ほんと、私、馬鹿みたい。
これって、お寺に行って仏様を拝まずに、卑しい餓鬼を這いつくばって拝んでるのと同じよね。それもわざわざ後ろから。
正面から向き合ったら、あなたの心が私にないことが分かっちゃうから、怖くてずっと向き合えなかったけど、もう諦めることにするわ。だって虚しすぎるもの。




