尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(32)夜明け前
本文下の「あの世」コーナー。
今回は、とある夫婦の微妙な会話です。
荒野を立ち去る前に、サラは傭兵部隊長のルキウス・シャルマンに声をかけた。
「シャルマン隊長、無事だったか?」
「ええ。我々は魔導障壁のこちら側にいただけですから。それにしても、あの大兵団は一体…」
「個人的に協力してくださった方々がいたのだ」
「まさかとは思いますが、巫術師組合の方々ですか」
「いや、名は明かせないのだが、あなた方にも国にも、決して迷惑はかけないと誓う」
「分かりました。魔物暴走を引き起こした者たちは、どうなりましたか」
ヒギンズとセバスティアヌスが答えた。
「この地にいた不審者は、全て捕縛した。襲われたのは我々なので、こちらで処理する」
「用途不明の魔具が散乱しておりマシタガ、残らず破壊・回収済みデス。魔導通信の封鎖も、解けておりマス」
シャルマン隊長は、大兵団がいた方角に、曖昧な視線を向けた。
「今夜のことを本部にありのままに報告しても、誰も信じないでしょうな…」
夜空の端が、明るくなりつつあった。
「では、我々は帰還する」
「皆によろしく。また討伐で会おう」
「ヒギンズ卿、サラ殿、支援に感謝します」
敬礼してサラたちを見送ったシャルマン隊長は、部下と顔を見合わせて、ため息をついた。
「魔導通信回線は?」
「復旧しています」
「本部には、説明が可能なことだけを報告する。我々は魔物暴走を察知して、バニール川流域に緊急出動した。しかし、なにもなかったので、撤収した。任務中、なぜか通信不能だったため、連絡が遅れた……こう言っておけば、魔物探知と魔導通信のシステムが抱き合わせで故障したとでも判断するだろう」
「ヒギンズ卿とダークネルブ殿については?」
「あの方々とは、たまたまここで会って挨拶しただけだ。任務に関係したわけではないから、報告の義務はない。そうだな?」
「はい……あの、隊長、人為的な魔物暴走は、ダークネルブ様を狙ってのものだったのでは?」
シャルマン隊長の周りには、何度もサラと共に戦ったことのある兵たちが集まっていた。
「きっと巫術師組合の奴らにハメられたんだぜ」
「あいつら、いつだってサラ様のことも俺らのことも、戦場のゴミ扱いだからな!」
憤る隊員たちを、シャルマン隊長がたしなめた。
「貴様ら、サラ殿を思うならば、滅多なことを言うな。お立場が危うくなりかねん。それに、あのヒギンズ卿がそばにおられるのだ。サラ殿の身に危険が及ぶことは、そうそうないだろう」
「ああ、確かに…」
「あの魔導障壁、凄まじかったよな…」
「ヒギンズ卿なら、巫術師組合の上層部が束で襲ってきても、撃退できるかもな」
すでに巫術師組合が壊滅状態であることを、傭兵部隊の面々は、まだ知らない。
「我々も帰還するぞ。本部への連絡は、帰ってからにする」
「了解。集団転移の準備を急げ」
「徹夜仕事で腹が減ったぜ」
「俺らは何にもしてねーけどな」
「遠目に見ただけだが、暴走してきた魔物、ほとんど魔豚系だったよな」
「一匹くらい貰っておきたかったなあ」
宿舎に戻った兵たちが、処理済みの魔物肉の山が届けられているのを見て仰天するのは、夜が明けてからのことだった。
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大后
「あら、こちらにいらっしゃるなんて、お珍しいこと」
拗ねている皇帝
「来てはいけなかったか」
大后
「そんなことはございませんわ。お飾りの后の住まいとはいえ、ここも一応、あなた様のご自宅ですからね。おかえりなさいませ」
拗ねている皇帝
「……言葉に棘がある」
大后
「ほほほ、気のせいですわ。そんなことよりも、あちらの世での狩りのご様子、見ておりましたよ」
拗ねている皇帝
「そうか」
大后
「美味しそうでしたねえ、お肉。兵たちが、どこぞにぶら下げていた氷魚は、あまり頂きたくありませんでしたけど」
拗ねている皇帝
「それには同意する」
大后
「で、私にお土産は?」
拗ねている皇帝
「う……」
大后
「お・に・く」
拗ねている皇帝
「す、すまぬ、用意していなかった。あとで運ばせよう」
大后
「ほほほ。ヒトマロが、こちらにもお肉を送ってくれましたから、気になさらなくて結構ですわ。でも、さらら様には、なにか一言おっしゃったほうがよろしいですわよ。カンカンに怒ってらっしゃったそうですから」
拗ねている皇帝
「な、なぜ怒っておるのだ!?」
大后
「あの大兵団、本当はふんどし一丁の裸祭りだったのでしょ? それがすっかり、威儀を正しているのですもの」
拗ねている皇帝
「当たり前だ! 変態の大群なぞ率いて行けるか! 全員着替えさせたわ!」
大后
「だから、そういうところですよ。たまには、抜けているところなど見せて、娘に勝ちを譲ってあげなさいな」
拗ねている皇帝
「へ、変態祭り以外なら」
大后
「なら、さらら様の宴で、伎楽でも披露されては?」
拗ねている皇帝
「伎楽? よく分からんが、それで、あれの機嫌は直るか?」
大后
「ええ、きっと。練習に、お付き合いしますわよ」
拗ねている皇帝
「頼む」
大后
(伎楽も、わりと変態踊りですけどね…)
拗ねている皇帝
「何か言ったか?」
大后
「いーえ。あら、そろそろ 朝餉の時間ですわね。お召し上がりになります?」
拗ねている皇帝
「うむ。もらおうか」
*拗ねている皇帝……天智天皇。
*大后……天智天皇の皇后だった、倭姫王。天智天皇の姪でもあるが、父親の古人大兄皇子は、謀反の疑いをかけられて、中大兄皇子(のちの天智天皇)に滅ぼされている。
*伎楽……7世紀の初め頃に中国から伝わったという仮面劇。滑稽で、ちょっとエロ風味もあったらしいが、鎌倉時代以降衰退してしまったため、詳細は不明。




