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惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい  作者: ねこたまりん
第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ
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尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(31)終戦

本文下の「あの世」コーナー。

今回は、戦の成り行きを見届けた方々のところに、何かが押し寄せてきたようです…

 女皇帝の妹だと名乗った女性は、高らかに歌いあげた。


『ますらをの (とも)の音すなり もののふの おほまへつぎみ 楯立つらしも』


 歌に呼ばれるように現れたのは、大臣(おほまえつぎみ)らしき貴人に率いられた、大勢の弓兵たちだった。


──ふひとさん、そこのならず者たちの動きを止めなさい。


 ふひとと呼ばれた貴人が手で合図を送ると、兵たちが、弓に矢をつがえずに、弦を弾いて音を鳴らした。


 すると、招かれざる客たちは金縛りにあったかのように、ぴたりと動きを止めた。


 それを確認したセバスティアヌスの動きは実に素早かった。


 滑るように武装集団の側に移動して全員を縛り上げ、どこかに転送し終わるまでにかかった時間は、歌を一つ読み上げるよりも短かかった。



「ありがとうございマス。おかげで、我が(あるじ)の歌を妨げずに済みマシタ」


 二人の背後で整列している兵たちが、なぜかふんどしだけの姿であることが全く目に入らないかのように、セバスティアヌスは深々と頭を下げた。



──礼には及びません。我らの役割は、かの巫女を、傷つけることなく、帰るべきところに帰すことなのですから。


── そうですとも。虚な暗がりで揺蕩(たゆた)うばかりだった我らに、あたたかな光と力を送ってくれた恩人ですからね。


 いつの間にか戻っていたヒトマロも、話に加わった。


──お肉がいっぱい取れたよ。料理したら、巫女さんを宴に招待するよ。


 大型の魔物を転送し終わったヒギンズも戻って来ていた。


「ご主人サマ、魔物寄せの魔具を設置していたと思シキ者たちが、サラ様を狙って来ましたので、あちらの皆様のご協力ニテ、全て捕獲してありマス」


 ふんどし姿の兵たちを目に入れたビギンズは、ほんの一瞬だけ反応が遅れた。


「…分かった。帰ったら取り調べることにしよう」


(丸石と小魚を下着にぶら下げることに、一体何の意味が…)


 『さららの動く仮宮!』で、女皇帝に渡された歌を横から見たミチザネが、口を手で押さえて笑いを堪えていたのを、ビギンズは思い出した。


(いや、意味など考えるのは無意味か。歌のおかげでサラが無事でいてくれたのだから、それで十分だな)


 猫精霊のエキドナとバイラが、兵の股間にぶら下がる小魚を狙ってはしゃぎ始めたけれども、ビギンズは、そっと見て見ぬふりをした。




 魔導障壁の向こう側では、大兵団が帰り支度を始めていた。



──巫女よ、我が兵たちに楽しき狩りのひとときを与えてくれたこと、感謝する。


「お礼を言うのは私のほうです。助けて下さって、本当にありがとうございました」


──では、我らは隠世(かくりよ)に戻るとしよう。


──お父様、隠世だなどと辛気臭いですわ。お姉様の宴にはちゃんとご招待しますから、拗ねずにお待ちくださいな。


──なっ、アベ! 我は拗ねてなど!


 女皇帝の妹は、言い募ろうとする父親を黙殺して、サラに挨拶をした。


──父と姉が、お世話になりました。私たちは、現世(うつしよ)とは異なる時の流れに住まうものだけれど、心の温みを喜ぶ気持ちは、あなた方と変わるところはありません。良き歌声をありがとう。また聞かせてくださいね。


「はい、ぜひ!」



 歌の魂たちと大兵団が去ると共に、篝火と、魔物たちの姿も消えた。


 赤土の荒野には何も残らなかった。



「終わった、のか?」


 誰にともなく問いかけたサラに、ヒギンズは頷いた。


「ああ、全て終わった。では、我が家に帰るとしよう」





+-+-+-+-+-+-+-+-



〈あの世? 隠世?〉



女皇帝


「結局、変態が出たのは、アベのところだけか」


トネリ


「いや、叔父上の兵の中にもいましたよ。端っこだから、目立たなかっただけで」


女皇帝


「いっそのこと、父上が変態化すればよかったものを」


トネリ


「まあそう言わずに。歌、役に立ったでしょ」


女皇帝


「まあな。あの兵は、防人たちか? それにしては数が多かったが」


トネリ


白村江(はくすきのえ)で戦った敵と味方、全員だったようですよ」


女皇帝


「それはまた……よく父上に従ったな」


トネリ


「獲物が良かったですからねえ」


志斐嫗


「ひっ、姫様! 炊屋が!!!!」


女皇帝


「炊屋が、獲物の肉で埋まったのであろう? まったくヒトマロめ、加減というものを知れと、何度教えても覚えぬ」


志斐嫗


「違います! 裸の男たちの大群が押しかけてきて、なぜだか踊り狂っておりまする!」


女皇帝


「……すべて父上の宮に行かせよ。我は疲れたので、寝る」


志斐嫗


「そんな、姫様ー!」



 


*女皇帝の妹・アベ……元明天皇。諱は、阿閇。天智天皇の娘で、持統天皇の妹。


*ふひと……藤原不比等。右大臣として元明天皇に仕えていた。


*トネリ……舎人親王。天武天皇の息子。


*白村江の戦い……663年、日本・百済軍と、唐・新羅軍、合わせて四万以上の兵が戦ったらしい。



*『ますらをの (とも)の音すなり もののふの おほまへつぎみ 楯立つらしも』(万葉集 巻一 76)


【良い子の怪しい意訳】


勇猛な兵たちの、鞆の音が聞こえてくるわ。弓の弦を鞆に打ち付けて、魔を払う音よね。ばしんばしんと、すごい音だわ。


きっと大臣たちが、兵団を前にして大楯を立て、ギンギンに威儀を正しているのね。


うん、とっても頼りになりそう。


私の盾になって、頑張ってちょうだいね。

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