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惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい  作者: ねこたまりん
第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ
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尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(30)招かれざる客

本文下の「あの世」コーナー。

今回は、母と息子の会話です。

 暴走する魔物たちは、ヒギンズの魔導障壁に衝突するどころか、それより遥か手前で完全に足止めされた。


 兵たちが弓を射る音が荒野全域に響き渡ると、その音に痺れたかのように、全ての魔物が動きを止めたのだ。


──化け(じし)どもを、悉く射止めよ。


 皇帝の号令のもと、放たれた無数の矢が、動かぬ敵をばたばたと倒していく。


 前の魔物の陰になるなどして矢の届かない位置の魔物は、猫精霊のミーノタウロスたちが、猛烈な勢いで狩っていった。


 サラが歌を三回繰り返すころには、八割ほどの魔物が片付いていた。


 残る二割は、兵士たちの弓矢を跳ね返す硬い鱗を持った、大型の魔物たちだったけれども…



──(うたげ)のために、大きいのをもらっていくよ。


 ヒトマロは、弾弓(だんきゅう)を構えると、澄んだ声で歌った。


『宇治川の 水沫(みなあわ) 逆巻(さかま)き 行く水の 事(かえ)らずぞ 思ひそめてし』


 歌とともに鉄砲水が荒野を襲い、巨大な魔物たちの半数ほどを大渦の中に飲み込むと、どこかへ流れ去っていった。


──よーく冷やして、姫様の宮の炊屋(かしきや)に届けてねー。逆流したらダメだよー。



「残りの大物は、私がいただこう」


 暴走する魔物たちの最後尾に移動していたヒギンズは、鋭い氷の槍を次々と放って大型の魔物を仕留め、研究所の食糧倉庫へと、手際よく転送した。





 茶を一杯飲むほどの間に終わってしまった掃討戦を、傭兵部隊の面々は、ただ呆然と見守っていた。


「心配する必要なんて、微塵もありませんでしたね、隊長…」


「仕事も回ってこなかったな。しかし、あの万を超える大兵団は、一体どこから出てきたのだ?」


 見たことのない様式の甲冑を身につけた兵士たちは、篝火の間で倒れている魔物たちを見て歓声を上げていた。中には獲物をバニール川のほとりに運んで、捌いている者たちもいるようだった。


「もしかして、巫術絡みなのでは。ダークネルブ様が歌っておられたようですし」


「あのような規模の巫術など聞いたこともないが、サラ殿なら、あり得る気がしてくるな」




 戦いがほぼ収束してからも、サラはまだ歌い続けていた。


 獲物を喜ぶ兵士たちが、十分に土産を確保できるまで、現世に留まってもらいたいと願ったからだ。


 そんな兵士たちにじゃれついて、機嫌良く遊んでもらっている猫精霊たちにも、もう少し楽しんでいて欲しかった。


(全く意味のわからない歌だが、なぜか心が不思議と凪いでくる。無になるというのだろうか…)


 サラの視界に入らないところでは、なぜか素っ裸で踊り始めたり、ふんどしに河原の丸石をくくりつけたりする兵の集団もいるのだが、見えていないので、サラの心は無のままだった。



 そんなふうに、無の境地で歌い続けるサラが、無防備な状態にあると勘違いした者たちがいた。


 サラの背を守っていたセバスティアヌスは、武装集団が近場に転移してきたことに気づき、すぐに素性を確認した。


「フム、友軍ではなく、招かれざる客のようデス」


 武装集団は、傭兵部隊の目を盗むように、こちらに接近してきていた。


「サラ様の歌のお邪魔にならぬヨウニ、静かに速やかに、制圧いたさねばナルマイ…」


 大剣を構えようとしたセバスティアヌスの傍らに、戦衣を纏った小柄な女性が現れ、声を掛けてきた。


──あの者たちを無音で無力化すれば、よいのですね。


「あなた様ハ?」


──さらら様の妹ですわ。






+-+-+-+-+-+-+-+-


〈あの世?〉



女皇帝


「なんと、あの引っ込み思案なアベまで出陣するとは。出待ちしているとは言っておったが」


女皇帝の息子


「彼女は、やる時はやる人ですからね」


女皇帝


「妻が行ったというのに、お前は行かなくてよいのか?」


女皇帝の息子


「行こうかとも思ったけど、はっきり言って攻撃力過剰でしょ? 僕らまで出て行ったら、獲物がぼろぼろになっちゃいますよ」


女皇帝


「まあ、そうだが。サラに襲いかかる者たちなど、粉微塵でもいいとは思うぞ」


女皇帝の息子


「あの巫女を庇護する顔ぶれを考えれば、粉微塵になっておいたほうが、いくらかマシかもしれないですけどね」


女皇帝


「それもそうか」


*本文中でヒトマロが歌っていたのは、万葉集の柿本人麻呂の歌。


『宇治川の水沫(みなあわ)逆巻き行く水の事(かえ)らずぞ思ひそめてし』


(万葉集 巻十一 2430)


【意訳】


 宇治川に浮かぶ泡が、逆巻きながらも流れていきます。


 そんな激流が、一度流れてしまえば二度と戻って来ないのと同じように、どんなことがあっても心変わりも後悔もしないと決意して、あなたを好きになったのです。



*さらら様の妹・アベ……元明天皇。阿閇皇女。天智天皇の娘で、持統天皇の妹。草壁皇子の皇子の妻でもあった。夫にも息子にも先立たれ、孫がまだ幼なかったために、即位して天皇となった。中継ぎの印象が強い天皇だけど、和同開珎の鋳造、奈良への遷都、「古事記」「風土記」の成立は、元明天皇の治世でのことだった。「天皇なんて私には絶対無理ー!」と、散々固辞しての即位だったようだが、やる時はやる女性だったのだろう。


彼女は第二章の第四話「転居」の本文下で、現世への出待ち中であると発言していた。



*女皇帝・さらら様……持統天皇。彼女も夫と息子に先立たれて、孫がまだ幼かったために、天皇になった女性。


*女皇帝の息子……草壁皇子。阿閇皇女の夫だったが、天皇に即位することなく早世した。



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