尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(29)開戦
本文下の「あの世」コーナー。
今回は、父親に出し抜かれて激怒している娘が、夫にからかわれています。
皆を連れて連れて魔導障壁の手前に転移したヒギンズは、改めてサラに向き合い、考えを伝えた。
「サラには、魔導障壁の向こうには決して出ずに、この場所で歌ってほしい」
サラは歌の書かれた絹布を手の上で広げ、文字に目を走らせた。
「すでに歌の魂は目覚めているようだな」
「歌えそうか」
「歌えるけれども…何か途轍もないことが起きそうな気がする」
「ぶにゃーんにゃ(いっぱい遊べそうな歌にゃ)!!!!」
「にゃーん(遊ぶにゃん)!!!!」
「ぴゃーん(遊ぶぴゃん)!!!!」
大小の猫精霊たちは、過剰なほどのやる気に満ち溢れていたけれども、今夜だけは、ヒギンズも自重を促すつもりなどなかった。
「女皇帝から預かった歌の戦力は未知数で、何が起こるのか想像もつかないが、障壁の内側であれば、サラや傭兵部隊の安全は守られる。安心して、思う存分歌ってくれ」
「教授たちはどうするのだ」
「私は魔導障壁を維持しながら、大物を仕留めて回る。セバスティアヌスは、サラの護衛を頼む」
「かしこまりマシタ」
──僕は、向こう側でお肉を回収するよ。
「ヒトマロ様、危険ではないですか?」
──大丈夫だよ、巫女さん。僕は、結構強いよ。歌の力もあるしね。
暴走する魔物たちの咆吼は、もう間近に迫ってきていた。
「では、仕事に取り掛かろう」
──おいしいお肉、いっぱい獲ってくるよ!
「教授、ヒトマロ様、どうか気をつけて」
「ご武運ヲ」
ヒギンズとヒトマロを見送ったサラは、手に持った歌の中に意識を深く沈め、そして歌った。
『吾背子が 犢鼻にする 円石の 吉野の山に 氷魚ぞ 懸有る』
サラの歌声に誘われたかのように、無数の篝火が荒野の全域に立ち現れた。
真昼のように照らされた赤土の上では、篝火の数を凌ぐほどの兵士たちが、武器を構え、魔物の群を見据えている。
そして、名も知らぬ大兵団の将が、サラの元へ歩み寄り、指示を願った。
──巫女よ、進撃を許可せよ。汝の敵は、我らがことごとく討ち果たそう。
「あなたは、露に濡れた衣手の歌の…」
サラたちが〈天より智を授かりし皇帝〉と呼んでいた魂の主が、戦衣を纏って顕現していた。
──あの折には、酷く迷惑をかけた。その罪滅ぼしも兼ねて、汝の手助けをしたい。
魔物の先頭集団が、篝火に照らされて、すぐそこまで迫っている。
「お願いします。どうか、この国の民を、私の仲間たちを、お救いください」
──心得た。安心せよ、汝がここで高らかに歌っておれば、我らは決して負けぬのだから。
「はい!」
魔物の咆吼を遥かに凌ぐ鬨の声が上がり、戦の火蓋が切られた。
そして、あっけなく終了した。
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女皇帝
「なんじゃと!? くそ親父め、いつの間に!!!」
女皇帝の夫
「あはは、やっちゃったねー、兄上」
女皇帝
「後から出てきて、ちゃっかりおいしい役を持っていきよって! あんな真っ当な軍団が出るのなら、我が行けば良かったわ!」
女皇帝の夫
「変態祭りになると思って、避けたんでしょ、さらちゃん」
女皇帝
「そうじゃ! 悪いか!」
女皇帝の夫
「そのあたり、兄上は抜かりないからなあ」
女皇帝
「だから嫌いなんじゃ! 抜け目も可愛げもない、食えないくそ親父が!」
女皇帝の夫
「それって、同族嫌悪じゃない?」
女皇帝
「やかましい! 同族というなら、叔父上こそガッツリ同族であろうが!」
女皇帝の夫
「俺とっては、どっちも大事な家族だよー」
女皇帝
「ええい、こうなったら男子禁制の宴でヤケ食いじゃ! サラよ、疾く戻って参れ!」
女皇帝の夫
「俺らもいれてよー。でないと兄上、ますます拗ねちゃうよー」
女皇帝
「知るか! ダメ男の宴でも開いておれ!」
女皇帝の夫
「はいはい……くくく、拗ね方が真逆なようで、そっくりなんだよなあ、この父 父娘」
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*天より智を授かりし皇帝……天智天皇。「誅殺されし皇帝の哀歌」で、百人一首の歌の作者として登場し、サラの神殿(仮)を破壊したダメ親父。
*女皇帝……持統天皇。天智天皇の娘。
*女皇帝の夫……天武天皇。天智天皇の弟。




