尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(17)川を渡る乗り物
本文下の「あの世」コーナー。
今回は、万葉集のなかで、最も意味不明だと思われる歌が出てきます。
バニール川の岸辺で、魔物寄せの煙を発見したサラは、対岸に渡る手段を探していた。
煙を放置すれば、魔物の暴走を引き起こしかねない。
けれども川幅はかなり広く、流れも激しい。
「闇夜に川に入るのは、ただの自殺行為だ。しかしあれを放置するわけには……川……あ!」
サラは、「さららの仮宮!」で女皇帝に渡された歌の絹布を思い出し、隠しから取り出した。
『もののふの 八十宇治川の 網代木に いさよふ波の 行くへ知らずも』
「もののふとは、確か戦士ではなかったか。今の私のように、この歌の中の彼も、川のほとりで道を見失っているのか…」
サラは、この場で口寄せをすることを決意し、足元に身を寄せていた二匹の精霊に声をかけた。
「エキドナ、バイラ、手伝ってくれないか。この歌の魂に触れたいのだ」
「にゃー」
「ぴゃー」
二匹の同意を得たサラは、河岸に跪き、絹布を手のひらに乗せると、歌の中に意識を沈めた。
──わーい、やっと呼んでくれたね。
少年とも老人ともつかない、不思議な容貌をした者が、サラの前に姿を現した。
「あなたは?」
──ヒトマロだよ。
「さらら様にお仕えする方ですか」
──うん。巫女さん、川で困ってるよね。
「ええ。向こう岸に渡りたいのですが、渡る方法がないのです」
──危ない川は、乗り物に乗って渡っちゃおう。
「乗り物……船でしょうか。でも、この川岸には船などは…」
ヒトマロは文字の書かれた木片を懐から取り出して、サラに渡した。
──はい、この歌読んで。
『是川の 瀬瀬のしき波 しくしくに 妹は心に 乗りにけるかも』
「うじがわ…」
──ウサギの出る道の川っていう意味だよ。こっちの言葉だと、バニール川ってことになるのかな。
「これは、バニール川の歌なのですか。もしかして、さっきの歌も?」
──川が同じか違うかも、ちょっとは大事だけど、それよりもっと大事なのは、思いが同じか違うかってことだよ。
「思いが同じ…」
──巫女さんは、心に乗れる?
「心に乗るとは?」
──んーと、いまここで一番会いたいって思う人は、誰?
そう言われて、サラはヒギンズを思い浮かべたけれども、咄嗟に名を口に出すことが出来なかった。
(教授に会いたいのか、私は……しかしそれは)
許されない思いだと自分を戒めるサラに構わず、ヒトマロは言葉を続けた。
──すっごく強く何かを思い浮かべたみたいだね。きっと乗り物が、すぐに来るよ。
「え?」
ざっぱーん!
どどどどーん!
途方もない地響きと共に、川の真上に出現したものを見て、サラは目を丸くするしかなかった。
「そんな、滅茶苦茶な…」
魔樹森林にあるはずのヒギンズの研究所が、サラの目の前に聳え立っていた。
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〈あの世っぽいどこか〉
女皇帝
「むむむむむむむ…いかにして、あの教授に連絡すべきか…」
腹違いの息子
「そんな母上に朗報ですよ」
女皇帝
「トネリか。何か策があるのか」
腹違いの息子
「こういう時にこそ使えそうな歌が、私の手元にありましてねえ」
女皇帝
「なんと! 見せよ!」
──────
吾背子が犢鼻にする円石の吉野の山に氷魚ぞ懸有る
【良い子のための意訳】
あのね、アタシの彼ぴっぴって、お堅いふんどし派なんだけどー
ふんどし用の石は吉野の丸石に限るって、彼ぴっぴがいっつも言うからー、アタシ取りにいってきたのー
そしたらねー
吉野のお山に、美味しそうな白魚が、いっぱいぶらさがってたのー
アタシ、石そっちのけで白魚取ってきちゃってー
彼ぴっぴったら、ノーふんどしで待っててくれてたんだけどー
アタシの取ってきた白魚見て、今日から石じゃなくてお魚ふんどしにするっていうのー
でも、お魚のふんどしなんて、石と違ってナマグサじゃない?
別れたほうが、いいかなあー
──────
女皇帝
「…なんじゃこれは」
腹違いの息子
「僕が主催した『意味不明の歌を詠む選手権』で優勝した歌なんですけどね」
女皇帝
「何をやっとったのだ、お前は」
腹違いの息子
「ヒトマロが大喜びでしたよ」
女皇帝
「だろうな…で、これを、どう使えと」
腹違いの息子
「無意味なものって、意外と最強だって、知ってました?」
女皇帝
「それは、誰もヒトマロに勝てないのと似たような意味でか?」
腹違いの息子
「まあ似たような感じですかねえ」
女皇帝
「…少し考える時間をくれ」
腹違いの息子
「あちらのほう、あんまり時間ないみたいだから、急いだほうが良いですよー」
*女皇帝……持統天皇。
*腹違いの息子……舎人親王。天武天皇の第六皇子。
*ヒトマロが懐から出した歌
是川の 瀬瀬のしき波 しくしくに 妹は心に 乗りにけるかも
(万葉集 2427)
【意訳】
宇治川の瀬に激しく立つ波のように、愛しい彼女のおもかげが、何度も何度も僕の心に乗りかかってくるから、恋しくてたまらないよ。
*舎人親王が持ってきた歌(万葉集 3839)は、親王が無意味な歌を募集したときに献上され、賞金を獲得したという。




