尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(8)もののふの…
本文下の「あの世」コーナー。
今回は、某天皇がヒトマロに突っ込まれて凹んでおります。
自分を守ろうとして、魂の理を超えてまで、現世に飛んで来てくれたのだという女皇帝の言葉に、サラは返す言葉を見つけられなかった。
ヒギンズが自分を守ろうとするのは、歌力再生という、サラだけが行える巫術の技を根幹とした事業のパートナーだからだろうと、サラは頑なに思っている。
たとえトラブルがあって事業団を離れることになったとしても、サラがいれば、ヒギンズは、古代文献が内包する奥深い世界を目に見える形で明らかにし、なおかつ有益なものとして世に出すことができる。
仕事のなかで培われた友情も、確かに感じてはいるけれども、友情だけで、要塞のような研究所を共有しようとまで言ってくれるはずがない。
けれども、女皇帝と自分との間にあるのは、現時点では、純粋な親愛の情だけである。
(さらら様が、これほどまでに、私に心を尽くしてくださる理由が分からない…)
──ん? サラよ、なにか妙なことを考えておらぬか?
「え?」
──我は汝が好きなのじゃ。だから、助ける。
「……」
──分かっておらぬような気がするから言うが、あの教授なんぞ、あんな不粋極まりない顔をしながら、サラを思うて城まで建てておるのだぞ。こんな大仰なものをほいほいと寄越す男なぞ、我でも引くわ。
「いえ、でもそれは」
自分がヒギンズの役に立つ能力を持っているからだと言おうとしたサラの言葉を、女皇帝は遮った。
──よいか。我は引くが、汝は引くな。汝を思うもののために、身を守ることを恐れるな。
女皇帝は、これまで見せたこともないほど厳しい顔をサラに向けいたけれど、声には深い労りの色があった。
(ただ口寄せをしただけの私に、もったいないほどの思いを、さらら様はかけてくださっている…)
けれどもサラは、かけられた思いに、喜びではなく、むしろ強い恐怖を感じていた。
(いま好かれていたとしても、いつかきっと酷くがっかりされて、私への好意は消える。でも、お言葉を受け止めずに、いますぐ嫌悪されるのも辛い…)
サラはいたたまれない思いを押し殺しながら、女皇帝の言葉に頷いた。
「…はい」
──そうだ、サラ、この歌を持っておけ。
女皇帝は、文字の書かれた絹布をサラに渡した。
「さらら様、これは?」
──昔、阿呆の詠んだ歌だ。
「阿呆というのは、春の香具山の歌の?」
──そうだ。何かの役に立つかもしれぬ。
サラは、絹布を広げて、歌を眺めた。
『もののふの 八十宇治川の 網代木に いさよふ波の 行くへ知らずも』
すぐには意味が分からなかったが、力強さと頼りなさが、同時に感じられる気がした。
── 人に見られぬよう、懐に入れておけ。
「ありがとうございます。大切に持っておきます」
──うむ。さて、酒と肴を十分に楽しんだことだし、あちらに戻る前に、我は少し眠ろうと思う。サラも今日は疲れたであろう。下がって休め。
「はい。おやすみなさいませ、さらら様」
サラが部屋から下がっていくのを見送ると、女皇帝はため息を一つついた。
──いろいろと伝わっておらぬのだろうな、あれは。まあ、いまはやむなしか……セバスティアヌス、参れ。
「お呼びでございまマスカ」
──教授とやらに、いますぐ連絡を取れるか?
「ハイ。火急のご用件でございまショウカ」
──サラがまもなく城から消えるかもしれぬ。行方が分からなければ、獣の神の力を借りて、歌を手掛かりとするように……そう伝えよ。
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ヒトマロ
「あ、僕の歌だ!」
天から智を授かりし皇帝
「近江の都も、余の亡き後、あっという間に寂れたものよ…」
ヒトマロ
「大王様はかっこいい廃墟を作る名人だものね!」
天から智を授かりし皇帝
「くうぅっ!」
*ヒトマロ……柿本人麻呂。
*天から智を授かりし皇帝……天智天皇。近江国滋賀郡に都を作ったけど、崩御後、あっという間に廃墟になったらしい。
もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも
(万葉集 巻三 264)
【怪しい意訳】
近江の都、戦であっさり滅びちゃったよ。
あんなに大勢の人で賑わってたけど、みんな、いなくなっちゃったよ。
宇治川のほとりに、兵士だったらしい人の亡霊がいるよ。
誰だか分からないけど、みんなに置いていかれて、行くあてもなくて、ここに引っかかっちゃってるんだろうなあ。
ちょっと背中押して、川に流してあげちゃおうかなあ。




