尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(4)転居
魔樹森林の研究所は、だいぶ風変わりな建物だった。
「なんというか…とても強そうな研究所だな」
「軍事要塞用のユニットを安く入手できたので、居住スペース用のユニットと組み合わせて建ててあるんだ。竜巻を百個食らっても壊れないよ」
「歌の想念が荒ぶっても、無事に済みそうだな…」
軍事要塞のユニットを安く調達できるという状況が、サラにはよく分からなかったが、ヒギンズならそういうこともあるのだろうと、聞き流すことにした。
「強度を重視した結果、だいぶ無骨になってしまったが、できれば大目に見てほしい」
建物の説明するビギンズは、ちょっと楽しそうだった。
「まさかとは思うが、教授が一人で建てたのか」
「発掘作業の合間だったから、三日ほどかかったかな」
「本当に、多才な方だな…」
サラがため息混じりに感嘆の声を上げると、ヒギンズは、照れたような笑みを浮かべた。
「手近にあるもので間に合わせるのが得意なだけだよ。まあ、物を作るのは趣味の一つでもある」
重々しく開くゲートを通って中に入ると、意外なほど穏やかな内装のロビーがあり、正面と左右の三方に廊下が見えた。
「廊下の向こう端がだいぶ遠い…迷子になりそうな広さだな」
「構造は単純だから、すぐに覚えられると思う。正面の廊下の先は共有スペース、左が君の、右は私のプライベートエリアになっている。君の専用エリアから共有スペースへの転移ドアを設置してあるから、歩く面倒もないよ」
「すごいな…」
「ぶにゃーん…」
「ああ、ミーノタウロスの居室も必要だな。あとで用意しよう」
「何から何まで、教授の世話になってしまうな…」
「私のためでもあるのだから、何も気にすることはない。これまで以上に君の安全が守れるだけでなく、私は出勤と雑用の手間が大幅に省けるからな。今後は事業団の研究所や幹部棟に顔を出すのも最小限にするつもりだよ」
ヒギンズの言葉には、事業団への忌々しさが滲んでいた。
「そんなに、大変だったのか」
「先週は三回ほど、君を巻き込んで辞表を出そうかと思ったよ。ああ…また誰か来たな」
「え?」
ヒギンズは、手のひらの上に小さな魔導モニターを展開した。
「研究班の主任が巫術師を連れて、王都の自宅に来たようだ」
「こっちに招くのか?」
「まさか。居留守を使うさ。事業団の研究室に出勤しなくなってから、毎日誰かが押しかけてくるようになった。巫術師のほうは、歌語辞典を作ると言っていた者だったはずだ。君の知り合いかな」
サラのほうに向けられた魔導モニターの中に、見知った女性の顔があった。
「一応、知り合いではある。有力な若手巫術師として、巫術師組合の上層部に期待されている人だが、歌力事業団に参加していたのは知らなかった」
「詳しい経緯は知らないが、自分にも和歌の蘇生ができると言って、事業団に売り込んできたらしい」
「彼女が? 信じられないな」
巫術師の多くは、自らが口寄せした魂には極力干渉しない立場を取っている。
巫術師組合では、伝統的に、巫術師が特定の魂と深く関わるのは、邪な行いであるとされているからだ。
組合として禁止こそしていないものの、サラのように、想念の実体化を通して魂を賦活させるというやり方を蔑み、批判する者は多かった。
魔導モニターの中の巫術師……ケイデイ・オワーズは、事業団でのサラの活動を否定する勢力の先鋒者でもあった。
そのケイデイが、なぜ事業団に加入して、蔑んでいたはずの和歌蘇生をやろうとしているのか。
研究班の主任は、しつこく呼び鈴を押していたけれども、ヒギンズが居留守を決め込んだため、名残惜しそうに扉に目をやるケイデイ・オワーズを連れて帰って行った。
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出番の終わった女皇帝
「ほっほー、妻籠めに続いて、当て馬登場じゃな! 教授とやら、朴念仁と見せて、なかなかやりおるのう!」
異母妹で息子の嫁
「お姉様ったら、すっかり野次馬ですわねえ。良きご趣味ですこと」
出番の終わった女皇帝
「なんじゃ、文句でもあるのか」
異母妹で息子の嫁
「いーえ、お姉様を見習って、私も出番待ちしてみようかと思って、来てみたんですのよ」
出番の終わった女皇帝
「おお、ならば一緒に待とうぞ。かの面白き社ならば、我らの出番もきっと巡って来よう」
*出番の終わった女皇帝……持統天皇。
*異母妹で息子の嫁……元明天皇。諱は阿部皇女。草壁皇子の正妃。
*妻籠め(妻籠み)……妻を住まわせること。夫婦が一緒に住むこと。




