尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(3)飛ぶ神殿(仮)
「というわけで、今夜から研究所で暮らしてほしいのだが」
ヒギンズの過保護が、いまは少し辛く感じるサラだった。
「いや、さすがに急過ぎるよ。自宅の荷物も少しは持ち込みたいし、仕事の資料や書籍なども、手元に置きたい。準備に時間がほしい」
気が進まなそうなサラの顔を見て、ヒギンズは、もう少し説得の言葉が必要だろうと考えた。
「私はこの後、今日の女皇帝の和歌の成果を事業団に持ち帰ることになっている。エネルギー抽出担当の者たちが待ち構えているわけだが、埋蔵量が無限に近いと知った途端、大騒ぎになるのは間違いない」
「狂乱しているのは、研究班だけではないのだろうな…」
「金の絡んでいる部署の狂騒のほうが度し難いし、厄介だ。何をしてくるか分からんからな」
「もしかして、教授もだいぶ迷惑しているのか?」
「人が入り込めない森に研究所を持とうと思う程度には、辟易しているよ。秘書という名の監視や接待役を十名ほど、毎日まとわりつかせようとしてくるので、事業団の研究室では仕事にならない」
「それは、すごいな。私への対応とは正反対だ」
サラは、ぼろぼろの神殿(仮)の壁に目をやりながら、力なく笑った。
朴念仁のヒギンズは、自分に差し向けられているのが、結婚目的で秘書を自称している者たちであることに、全く気づいていなかった。
「今夜のうちに、君への対応も変わるだろうな。君一人で安全に、しかも無限にエネルギーを生む和歌の蘇生が出来ると分かれば、発掘作業や、研究班の解読作業など、予算を食う分野を縮小してでも、今回発見された百の和歌だけに注力するのは目に見えている」
もしそうなったら、研究班の激しい恨みを買いそうだなと、サラは思った。
「いいか、サラ。研究班という目くらましが無くなれば、君への注目度が一気に上がる。すぐにも危険が高まると考えるべきだ」
「分かったよ、教授。でもやはり、いますぐ引越しというのは…」
「私としては、ほんの僅かな時間であっても、君を危険に曝すつもりはないよ。五分もあれば、自宅ごと運べる。王都の私の自宅も、まとめて転送するつもりだ」
「は?」
「ああ、自宅の外観は複写して元の場所に残しておくよ。家が消えたとなると、不審に思われるだろうし、君を探そうとする者が出るかもしれないからな」
サラは激しく混乱した。
「ええと、話が一気に見えなくなったんだが、教授も引っ越すのか? 魔樹森林に?」
「当然だ。共同の研究スペースを挟んで、反対側に私の居住スペースを設置する」
「なっ……えっ?」
「心配ない。君のプライベート空間は厳守する。勝手に入り込むようなことはないと誓おう。護衛が向かいに住んでいるとでも思ってくれ。今後は食事は私が作るから、一緒に取ろう」
いや、それは普通同居というのではないかと、サラは沸騰しそうな頭で考えたけれど、口に出す勇気はなかった。
「さて、始めるか。『善は悪より忙しくあるべきなり』だ」
「それも、異世界格言集だったろうか」
「いや、私の師匠の言葉だよ」
ヒギンズが作業台に手をかざすと、銀色に輝く半透明のドームが映し出された。
「魔樹森林の研究所の俯瞰図だ。防御壁を拡張してから、東側に君の自宅を、西側に私の自宅を接続させる」
教授の言葉通りに、ドームがぐいぐいと膨れあがり、巨大な建物の東側に、見覚えのある小ぶりの建物が出現した。
「私の家だ…」
一瞬遅れて、西側に古風な屋敷が出現した。
「終了だ。研究スペースの隣には、君専用の居住スペースもある。自宅から直接行き来できるようにしてあるから、自由に使ってほしい」
「あ、教授、この神殿(仮)は、どうしようか」
「私たちの不在時には上空に浮かせておこうと思うのだが、どうだろうか。隠蔽の魔術を展開しておくから、見つかって肝を潰す者は出ないと思うよ」
「そ、そうだな…」
ヒギンズがさりげなく「私たち」と言っていることに気づいて、サラの心臓は空高く飛んで行きそうだった。
「ぶにゃーん」
「あ、ミーノも一緒でいいんだよな」
「もちろんだよ。では行こう」
「ぶぶにゃーん」
ミーノタウロスは内心呆れ返っていた。
(度し難い朴念仁にゃ。サラとの気持ちのすれ違いに一切気づかず、力技で押し切ったにゃ…)
二人が魔樹森林の新居に飛んで、しばらくたった頃。
夕闇の迫る野原の真ん中に、大きめの両手鍋を持った少女が一人、呆然と立っていた。
「引っ越して来たばっかりのお隣さんが、空の彼方に飛んで行った。良き普通の隣人として、追尾してでもお届け物をすべきか否か…」
+-+-+-+-+-+-+-+-
ヒトマロ
「〈未来〉っていうところの神様たちは、お社ごと、お空を飛ぶんだねえ」
姫様
「彼らは神ではないよ。互いに惹かれてあっているだけの、ヒトの男女さ」
ヒトマロ
「なら、相聞の歌で呼んだら、夫婦の神様が来るかなあ」
姫様
「どうだろうな。あのもだもだっぷりを見ていると、夫婦の神の旅路も遠そうだな」
*ヒトマロ……柿本人麻呂。
*姫様……持統天皇。




