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惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい  作者: ねこたまりん
第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ
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尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(3)飛ぶ神殿(仮)

「というわけで、今夜から研究所で暮らしてほしいのだが」


 ヒギンズの過保護が、いまは少し辛く感じるサラだった。


「いや、さすがに急過ぎるよ。自宅の荷物も少しは持ち込みたいし、仕事の資料や書籍なども、手元に置きたい。準備に時間がほしい」


 気が進まなそうなサラの顔を見て、ヒギンズは、もう少し説得の言葉が必要だろうと考えた。


「私はこの後、今日の女皇帝の和歌の成果を事業団に持ち帰ることになっている。エネルギー抽出担当の者たちが待ち構えているわけだが、埋蔵量が無限に近いと知った途端、大騒ぎになるのは間違いない」


「狂乱しているのは、研究班だけではないのだろうな…」


「金の絡んでいる部署の狂騒のほうが度し難いし、厄介だ。何をしてくるか分からんからな」


「もしかして、教授もだいぶ迷惑しているのか?」


「人が入り込めない森に研究所を持とうと思う程度には、辟易(へきえき)しているよ。秘書という名の監視や接待役を十名ほど、毎日まとわりつかせようとしてくるので、事業団の研究室では仕事にならない」


「それは、すごいな。私への対応とは正反対だ」


 サラは、ぼろぼろの神殿(仮)の壁に目をやりながら、力なく笑った。


 朴念仁のヒギンズは、自分に差し向けられているのが、結婚目的で秘書を自称している者たちであることに、全く気づいていなかった。


「今夜のうちに、君への対応も変わるだろうな。君一人で安全に、しかも無限にエネルギーを生む和歌の蘇生が出来ると分かれば、発掘作業や、研究班の解読作業など、予算を食う分野を縮小してでも、今回発見された百の和歌だけに注力するのは目に見えている」


 もしそうなったら、研究班の激しい恨みを買いそうだなと、サラは思った。


「いいか、サラ。研究班という目くらましが無くなれば、君への注目度が一気に上がる。すぐにも危険が高まると考えるべきだ」


「分かったよ、教授。でもやはり、いますぐ引越しというのは…」


「私としては、ほんの僅かな時間であっても、君を危険に曝すつもりはないよ。五分もあれば、自宅ごと運べる。王都の私の自宅も、まとめて転送するつもりだ」


「は?」


「ああ、自宅の外観は複写して元の場所に残しておくよ。家が消えたとなると、不審に思われるだろうし、君を探そうとする者が出るかもしれないからな」


 サラは激しく混乱した。


「ええと、話が一気に見えなくなったんだが、教授も引っ越すのか? 魔樹森林に?」


「当然だ。共同の研究スペースを挟んで、反対側に私の居住スペースを設置する」


「なっ……えっ?」


「心配ない。君のプライベート空間は厳守する。勝手に入り込むようなことはないと誓おう。護衛が向かいに住んでいるとでも思ってくれ。今後は食事は私が作るから、一緒に取ろう」


 いや、それは普通同居というのではないかと、サラは沸騰しそうな頭で考えたけれど、口に出す勇気はなかった。


「さて、始めるか。『善は悪より忙しくあるべきなり』だ」


「それも、異世界格言集だったろうか」


「いや、私の師匠の言葉だよ」


 ヒギンズが作業台に手をかざすと、銀色に輝く半透明のドームが映し出された。


「魔樹森林の研究所の俯瞰図だ。防御壁を拡張してから、東側に君の自宅を、西側に私の自宅を接続させる」


 教授の言葉通りに、ドームがぐいぐいと膨れあがり、巨大な建物の東側に、見覚えのある小ぶりの建物が出現した。


「私の家だ…」


 一瞬遅れて、西側に古風な屋敷が出現した。


「終了だ。研究スペースの隣には、君専用の居住スペースもある。自宅から直接行き来できるようにしてあるから、自由に使ってほしい」


「あ、教授、この神殿(仮)は、どうしようか」


「私たちの不在時には上空に浮かせておこうと思うのだが、どうだろうか。隠蔽の魔術を展開しておくから、見つかって肝を潰す者は出ないと思うよ」


「そ、そうだな…」


 ヒギンズがさりげなく「私たち」と言っていることに気づいて、サラの心臓は空高く飛んで行きそうだった。


「ぶにゃーん」


「あ、ミーノも一緒でいいんだよな」


「もちろんだよ。では行こう」


「ぶぶにゃーん」


 ミーノタウロスは内心呆れ返っていた。


(度し難い朴念仁にゃ。サラとの気持ちのすれ違いに一切気づかず、力技で押し切ったにゃ…)





 二人が魔樹森林の新居に飛んで、しばらくたった頃。


 夕闇の迫る野原の真ん中に、大きめの両手鍋を持った少女が一人、呆然と立っていた。



「引っ越して来たばっかりのお隣さんが、空の彼方に飛んで行った。良き普通の隣人として、追尾してでもお届け物をすべきか否か…」




+-+-+-+-+-+-+-+-



ヒトマロ


「〈未来〉っていうところの神様たちは、お(やしろ)ごと、お空を飛ぶんだねえ」



姫様


「彼らは神ではないよ。互いに惹かれてあっているだけの、ヒトの男女さ」



ヒトマロ


「なら、相聞の歌で呼んだら、夫婦(めおと)の神様が来るかなあ」


姫様


「どうだろうな。あのもだもだっぷりを見ていると、夫婦の神の旅路も遠そうだな」





*ヒトマロ……柿本人麻呂。


*姫様……持統天皇。

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