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惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい  作者: ねこたまりん
第二章 名もなき古話の神々は、漂泊の歌姫に祝福を与ふ
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尾の長すぎる怪鳥は、眠れぬ恋を啄み呪う(1)ヒギンズの提案

 神殿(仮)に戻ると、ヒギンズは、屋内を見回して、破損などの異常がないことを確認した。


「前回とは違って、穏やかに済んだな」


「ああ、そうだな。有難いことだ」


 多くのことをサラに語ってくれた女皇帝は、もういない。二度と会うこともないのだろう。


「とりあえず、茶でも飲んで、一息つこう。教授は座っていてくれ」


 サラは、湯を沸かして謎茶(なぞちゃ)を入れ、三つの器に注いだ。


「女皇帝への捧げ物か?」


「うん。なんとなく、まだそこにおられるような気がするんだ」


 サラは、空席となっている作業台の一辺に寄せて、謎茶と、謎肉ガムの小皿を置いた。


「見慣れないものは、お気に召さないかもしれないが、他に何もないからな」

 

「いや、案外喜ばれるかもしれん。濃い魔力を含有している茶と菓子だから、消耗している魂にとっては、癒しとなる可能性がある」


「そうなのか」


 ヒギンズは、茶の器の横に、自分の手帳を開いて置いた。


「早速ですまないが、私の懸念事項を挙げていく」


「分かった」


「君は、一人で過ごすことが多いだろう」


「そうだな。教授との仕事がない日は、ほぼ一人だ」


「できることなら、いますぐにでも護衛をつけて、鉄壁の守りを固めたいところだが、いろんな意味で現実的ではない」


「金もないしな」


「金はともかく時間がない。信頼できる人員もな」


「信頼か…」


 サラは、ヒギンズの他に信頼できる者が何人いるか考えようとして、やめた。


(一人もいないな)


「だから、誘拐や襲撃を回避するためには、君の居場所を極力秘匿する必要がある」


「まあ、口寄せの最中などに襲われても、迷惑だものな」


「うむ。この神殿(仮)の場所を知っている者は、どれくらいいる?」


「事業団には、ここに入居したときに、一応住所を届けてある。気づいていないだろうけどな。あとは教授に知らせただけだ」


「元の持ち主は誰だ」


「ちょっと待ってくれ、思い出すから……王都の物件仲介業者に依頼して、契約などもそこで行ったんだが……ああ、ビンフィルという名前だった」


「ビンフィル……医学研究に長けている家門の一つが、その名だったように記憶しているが、関係者だろうか」


「分からない。資産家だとは聞いたが、家業については尋ねなかった」


「あとで確認しよう。君の自宅のほうはどうだろう。事業団以外に、把握している者は?」


「巫術師の組合だな。幹部クラスの数名には知られていると思う」


「近隣との付き合いは?」


「行きつけの定食屋と雑貨屋は、私の名前を知っているな。あとは…」


 サラは、幼い頃から付き合いのある、数人の顔を思い浮かべた。


「知り合いが何人か。訪ねてくることはないが、物などが届くことはあるから、うちの場所はしっていると思う」


「友人かな」


「いや……」


 かつて、サラが彼らを友人と思っていたことはあったけれど、いまはそうではないと分かっている。


 サラの表情が微妙に暗くなったことに気づいたヒギンズは、知り合いについて聞くのを保留にして、先に居宅の安全性に関わる提案をするのことにした。


「サラ、王都の自宅は危険性が高いと思う。さきほど、口寄せの前に少し話したが、現在、事業団の研究班には複数の巫術師が参加している。彼らは守秘義務についての最高レベルの魔導誓約はしているはずだが、あの誓約魔術には、実はとんでもない大穴がある。なので、巫術師組合の関係者から、君の位置情報が割り出される可能性がある」



 ヒギンズの言い出したことは、昨日の和歌が引き起こした巨大竜巻よりも、サラを驚愕させた。


「なあ教授、いま私は、あり得ない話を聞かされたような気がするんだが……私の記憶が確かならば、魔導誓約の魔術は絶対だというのが、魔導先進諸国の常識ではなかっただろうか」


「常識ではそうだな」


「誓約を破ろうとする者には、それに見合う制裁が下る。最高レベルは、即時抹消だったと思うんだが」


「正確には、抹消ではなく、人格の永久凍結だな」


「王都博物館で、数百年前の制裁事例の展示を見たことがあるんだが、巨大な氷塊の中に、ヒト型の空洞があったぞ」


「空洞に見えるだろうが、そこには凍結された人格が存在しているのだ。肉体のほうは別途処理されている。我が国には死刑という刑罰が存在しないため、ああした形になっているわけだな」


「いまさらだが、それは死刑とどう違うんだろうか」


「まあ、方便というやつだな。ちなみに、研究班の新規採用者に、最高レベルの誓約魔術を課すと決めたのは、元老院だ」


「他国への情報の流出を危惧してか。私も誓約はしているが、最高レベルではなかったな。教授は?」


「私もだな。形ばかりの無意味なやつだ。私たちが国を売ろうなどと思ったときは国が終わる時だと、元老院も分かっているだろう」


「それは教授だけだろう」


「そんなことはない。君と私が組んだら、事実上無敵かもしれないぞ」


 ヒギンズがおどけたように言うけれども、サラはあまり笑う気にはなれなかった。


(私など、お荷物にしかならないだろうに…)


「はあ……誓約の大穴のことはともかくとして、巫術師組合が絡んで位置情報が危ういということは、よく理解したよ。いまの自宅は、引き払うか……いや、無理だな。引越しの資金がない。ここに住むしかないのか」


 サラは、大枚叩いて購入した中古品の転移ドアを、恨めしげに見つめた。


「どう考えても、ここで暮らすのは無理だろう」


「無理でも、仕方がない。転がり込めるような身内も友人もいないのだから」


 仮にいたとしても、危険に巻き込むわけはいかないと、サラは心の中で付け加えていると、ヒギンズが言った。


「心配はいらない。私に提案がある」



+-+-+-+-+-+-+-+-



出番の終わった女皇帝


「ぬぬう! あれは秘薬を煎じたものか?! 旨そうな菓子まであるのに、手が届かぬ! 志斐(しい)御婆(おばば)はおるか!」


志斐嫗(しいのおみな)


「はいはい姫様、なんでございます?」


出番の終わった女皇帝


「おったか御婆! あそこの供え物を、()く取って参れ!」



志斐嫗


「また無茶なことを強いる姫様じゃ。あのような異界の(やしろ)に、婆の手など届くわけがありますかな」


出番の終わった女皇帝


「御婆なら届く! 昔から、御婆はなんでも出来るではないか!」


志斐嫗


「やれやれ、遠つ国の巫女様は、姫様の幼なごころまで、蘇らせてくれたようだのう」




*出番の終わった女皇帝……持統天皇


*志斐嫗……天皇に仕えていたらしい老婆。天皇と親しく読み交わした歌が、万葉集にある。




いなと言へど強ふる志斐のが強語かたりこのごろ聞かずて我恋ひにけり


(万葉集 巻3-236 持統天皇か、文武天皇の作と言われるが、不明)





いなと言へど語れ語れと詔らせこそ志斐いは申せ強語かたりと言る


(万葉集  巻3-237 志斐嫗)

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