骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(16)野辺送り
「さらら様、どうか、安らかに…」
具現化された宮殿が消え去るとともに、あたりを赤く染めていた夕焼けの空も溶けるように消えて、野原は晴天の真昼に戻った。
「終わったな、サラ」
「ああ…」
ヒギンズは、女皇帝の歌が記された紙片を、丁寧に保護ファイルに収めた。
「歌のエネルギーは完全に蘇っている。おそらく、これまでの歌を遥かに凌駕する埋蔵量だろう」
「そうだろうな」
サラは歌いながら、女皇帝の心が暖かく満たされていくのを、確かに感じとっていた。
取り返しのつかない悲しみや痛みはそのままに、けれどもそれを全て包み込んで、やさしく抱きしめるかのような深い愛が、あの幻の宮殿に集っていた亡き人々の思いのなかに、満ち溢れていた。
「これは仮説だが、彼らがあの喜びと友愛に満たされている限り、この和歌の力は、これまでの事例とは違って、採掘されても減ることがないのではと思う」
「私もそんな気がするよ、教授。皇女様…さらら様は、未来に行こうとおっしゃっていた。未来の歌を詠めと、あの従者の男に命じていた。あのお方はきっと、歌の中で生き続けようと心に決められたのだと思う」
「そうだな。ただ、我々には、彼らの喜びや友愛が継続するかどうかを、確認する手立てがない。そして、この件を事業団に知られると…」
「私たちには、果てしない過労と忙殺の未来が約束されるだろうな…」
「それぐらいで済めばマシだ。万が一、事業団の外部に情報が漏れれば、君の身が本気で危うい」
ヒギンズの心配性がまた始まったなと、サラは心がこそばゆくなった。
「私は、自分の身くらい守れるよ、教授」
ヒギンズは、厳しい顔でサラの目を見据えた。
「いいか、サラ。これまでの危険度とは、全く質が違う。ライバル事業団の横槍程度の話ではないんだ。最悪、多国籍間の戦争になるぞ」
「まさか…大袈裟だよ、教授」
「無限の魔導エネルギーを持った人間が、それを平和利用だけで終わらせるのなら、問題はない。我が国の上層部ならば、まず安全だとは思う。けれども他国はそうではない。この国の高火力のスキル持ちや、特殊な固有魔法の所持者は、常に誘拐や襲撃の危険に晒されているんだ。当然、サラも該当すると考えねばならない」
「でも私を誘拐しに来た者などいないよ」
「事業団が、一応、君の情報を秘匿していたからな。秘匿というか……研究班の馬鹿騒ぎが目立ちすぎていて、君に目を止める外部の人間がいなかっただけともいうが」
「まあ、予算を出すのも忘れられていたほどだからな」
「それは不幸中の幸いだったかもしれん。金の流れで、組織内での重要度を察知されることは少なくない。とにかく君を守るために、可能な限り対策をしておかなくてはならない。全力でな」
ヒギンズの心配の度合いの強すぎることに、サラはどうにも落ち着かなくなった。
けれども、今回のことで、自分の存在がどういうふうに見做されるかを、理解できないサラではなかった。
「分かった。しっかり考えることにする。何をどうすればいいのか、まだ見当もつかないけどね。神殿に戻ろう。ミーノ、おいで」
「ぶにゃー」
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疲れていた女皇帝
「よい歌声であったな。この身まで、すっかり若さが蘇ったわ」
女皇帝の夫
「さらちゃーん、おっかえりー! いい宴だったねー」
疲れていた女皇帝
「なんだ叔父上、まだいたのか。興醒めな」
女皇帝の夫
「叔父上言うなって。最愛の夫ちゃんでしょ?」
疲れていた女皇帝
「叔父上は叔父上じゃ。父上の弟だからな」
女皇帝の夫
「兄上、拗ねてたよ。さらちゃんに呼んでもらえなかったって」
疲れていた女皇帝
「呼ぶわけなかろうが! あんな親父など、近江で琵琶湖にでも浸かっておればいいのだ! そうすればあの捻じ曲がった腹黒も、ふやけて薄まるだろうからな!」
女皇帝の夫
「やれやれ…ほんと、似た者親子だよねえ、君たち。素直じゃないとことか、寂しがりなとことか、そっくり」
疲れていた女皇帝
「やかましい! とっとと往ね!」
女皇帝の夫
「はいはい。あ、次の宴の案内まってるよー」
疲れていた女皇帝
「やっと帰ったか。まったく、年甲斐もなく落ち着かぬ叔父じゃ。だが、次の宴か。悪くないのう。サラに会えるしな」
疲れていた女皇帝……持統天皇。
女皇帝の夫……天武天皇。持統天皇の叔父でもある。
兄上……天智天皇。天武の兄で、持統の父。




