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惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい  作者: ねこたまりん
第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す
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骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(14)奇跡の挽歌

本文下の「あの世」コーナー。

今回は、腹違いの皇子たちが、自分たちの葬儀について語り合っています。

──(もがり)の宮では、挽歌(ばんか)が捧げられる。


「挽歌とは、どのような歌なのですか」


──まず、天の国からこの地に降臨し、国を造られた神々の偉業を讃え、神につながる我らの血統と、その治世とを褒め歌う。そして、その尊き命が失われてしまった事実を言葉にして、胸を引き裂く痛みとともに絶唱するのだ。


「一つの歌で、それを全て歌い上げるのですか」


──そうだ。長い長い歌だ。挽歌は長いものばかりではないが、我が息子の殯の宮では、(われ)が目をかけていた一人の男が、見事な挽歌を披露して、皆が涙を絞った。荘厳な天地創造の有様も、我が息子の在りし日の姿すらも、まざまざと目の前に現れたかのようであった。


 想念の具現化に近いことが、巫術師ではない者が作った死者を悼む歌によって、引き起こされたというのだろうか。


 歌の力の底知れなさに、サラは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。



「まるで、奇跡ですね…」


 

──そう、あれは、一つの奇跡であった。ほんの一時(ひととき)ではあったが、永遠に失ってしまったはずの我が息子が、歌によって我が元に蘇ったのだからな。



「その歌を作った方は、どんな人物だったのでしょう」



──阿呆(あほう)だ。


「は?」


──仕事ができぬ。教えても、全く覚えぬ。簡単なことをやらせてみても、失敗どころか、途轍(とてつ)もない騒動を引き起こす。皆でほとほと持て余して、結局、何もさせないことにしたほどだ。


「なんというか、すごい人だったんですね…」



──凄いといえば、凄かったぞ。歌の才だけは、天にも届くほどであったが、それ以外の駄目な凄さが足を引っ張って、何もかも台無しとなる。我は殊更(ことさら)に目をかけていたから、歌の才に見合う(くらい)を与えてやりたかったが、断念した。位には仕事がついてくる。奴に迂闊(うかつ)に仕事などさせたら、最悪うっかり死にかねん。



 サラは心の中で、『天は二物を与えた者の揚げ足を取る』という、意味のよく分からない異世界の格言を思い出していた。


 極端な天才と無才を同時に授けられたなら、四六時中、神にタックルをかけられ続けるような、悲惨な人生になるに違いない。


 優れた挽歌を作ったという男も、高みに登っては、次の瞬間に転げ落ちる人生を歩んだのではなかろうか。神も、とんだ悪ふざけをしたものだ。


──でな、その男が、別の皇子の殯の宮で、更に凄い歌を詠んだのだ。


「別の皇子というと?」


──さっき話したであろう? 我が孫が即位するのに都合良く、勝手に死んだ別腹の息子よ。



 あ、なんかちょっと話の先が読めたかも、と思ったサラが、見るとはなしにヒギンズを見ると、彼も微妙な表情を浮かべて、こちらを見ている。


──あれは歌などではなく、もはや神話そのものの降臨であった。我が夫の治世も、戦で世を切り開いてきた皇子の生き様も、全てが神性を帯びて現世に蘇り、無惨にも失われ、滅び、朽ち果て、生き残った者たちの絶望の慟哭だけが虚空に響いて終わるのだ。阿呆の詠んだ歌は、それほどに恐ろしきものだった。


 それはもはや歌謡などではなく、巫術の領域だろうと、サラは思った。



──あの歌は、絶望の異界への扉であったのかも知れぬ。殯の宮にいた者たちは、皆残らず歌の神性に巻き込まれて、神話の中に生かされ、神話の中で皆死んだのだ。泣くに泣けないはずの我までもが、ひたすらに泣いたのだからな。


「皇女様は、どなたかの感情を御身に宿して、お泣きになったのでしょうか」


──そうかもしれぬ。勝手に死んだ皇子のような気もするが、我が夫の慟哭も混じっていたようにも感じた。そして、我ではない我が、阿呆の歌によって歌の中に産み落とされて、皇子のために泣いたような気もするのだよ。



 女皇帝が経験したという、神話との融合は、口寄せによって、彼我の区別が無くなるほど、魂に深く同調するのと、同じような現象なのかもしれない……この推論は、あとで必ずヒギンズとのノートにメモしようと、サラは思った。



──阿呆は凄かった。その凄さに、我は、ほんの少しばかり、腹を立てていたのだろうな。


「それは、皇女様のご子息への挽歌よりも、優れた挽歌が、他の皇子様に捧げられたからでしょうか」



──ふふふ、我が言いにくいことを、はっきりと言ってくれるのう。


「し、失礼を」


──あの阿呆は、阿呆であるがゆえに、肺腑(はいふ)の底から素直な奴であった。挽歌を捧げる相手が偉大であればあるほど、阿呆の歌はそれに相応しい絶唱となる。我が息子への挽歌よりも、腹違いの皇子への挽歌が遥かに優れていた。阿呆は何も考えずに、誰もが内心思っていた彼我の差を、あからさまにして見せてしまった。それがどんな(いさか)いの種をまくことになるかなど、あれは考えもしなかったことだろうよ。


 阿呆に腹を立てていたと言いながら、女皇帝の言葉には、苦笑まじりの慈しみの思いが滲みでている。


「その挽歌の歌い手を、皇女様は、とても大切に思われていたのですね」



──まあ、そうだな。実に腹の立つ、困った奴だったが、あれを愛さぬものなど居なかっただろうな。優れた歌を詠むからではなく、あれがあれであるが故に、皆、あれを愛していたのだよ。


 愛すべき迷惑な阿呆の歌詠みは、きっと女皇帝の暮らしに、生き生きとした情感を与える存在だったのだろうと、サラは思った。



+-+-+-+-+-+-+-+-


〈あの世っぽいどこか〉


勝手に死んだらしい腹違いの皇子


「俺の殯のときの挽歌って、そんなに凄かったのか。ちょっと聞きたかったかも」


殯ストレスで死んだらしい皇子


「俺、こっそり聞いてたけど、マジで圧巻だったよ」


勝手に死んだらしい腹違いの皇子


「お前、俺より先に死んでただろ? なんで俺の殯に出てるのよ」


殯ストレスで死んだらしい皇子


「他にも色々来てましたよ。親父と兄上で滅ぼしちゃった、従兄弟殿とかも」


勝手に死んだらしい皇子


「皆、暇なんだなあ。まあ分かるけどさ」




*阿呆……柿本人麻呂


*殯ストレスで死んだらしい、女皇帝の息子……草壁皇子


*勝手に死んだらしい別腹の皇子……高市皇子


*女皇帝……持統天皇


*女皇帝の夫……天武天皇


*親父(天武)と兄上(高市)が滅ぼした相手……大友皇子




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