骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(12)血塗られた過去
本文下の「あの世」談義では、某皇帝の黒歴史がさらに暴かれています…
──あの日、神の宿る山を、一人で見ていたのだ。
「天空から降ってきた…という山でしょうか」
その山が『ドジャーンと割れた』かどうかを尋ねる勇気は、サラにはなかった。
──ほう、よく知っておるの。そんな伝承もあったが、本当に山が降ったのではなく、遥か昔に起きた何かを喩えているのだろうと、我は思う。
二人の会話を書き取っているヒギンズには、狂奔甚だしい研究班の者たちよりも、皇女のほうがよほど理性的に思われた。
(心の強い女性なのだろうか。どことなく、サラに似ているような気もする…)
──かの山の神に捧げられていた、白妙の衣がな、あの日の我には、濡れているように思えたのだ。
「涙で、ですか?」
──そう。我が夫が亡くなったとき、我は殯を二年以上も行った。
「モガリとは?」
──葬儀だな。殯が終われば、夫は死者として埋葬される。殯宮で、夫の身が腐り落ち、白骨となったさまを見続けても、我は愛する夫の死を、どうしても受け入れることができなかった……
二年もの間に、防腐処理をしない遺体がどうなるかは、想像したくなくても想像がつく。
殯宮がどのような施設であるかは分からないが、夏場など、参列者にとっては、恐ろしい苦行だったのではないか…
サラは背筋に寒気を覚えつつも、最愛の夫を亡くした皇女の悲痛を思いやったのだが。
──と言うのは、表向きの理由でな。
「は?」
──殯の間に、我が一人息子の皇位継承を妨げそうな邪魔者どもを、まとめて体よく追い払おう、いい感じに力を削いでやって、あわよくば葬り去ろう、などと考えていたのだ。で、実際にそうしたのだがな。
「そうした、とは?」
──謀反の罪を着せて殺した。我が夫の息子の一人で、あれを産んだ母親は、我の実の姉であった。
「お、甥っ子さん…ですか」
──腹違いの息子とも言うな。なかなかの切れ者でな。姉が早死にしていなければ、凡庸であった我が息子のほうが、あっさりと亡き者にされていたかもしれぬなあ。
「うえぇ…」
──そんな具合に頑張ってな、二年がかりの夫の殯を終えたのだが、長きに渡って殯を取り仕切ってくれた我が息子が、突然病死してしまってな、またしても殯を行うことになってしまったのだ。はははは。
「は、はわわ…」
怒涛の告白内容に狼狽たサラが、目線でヒギンズに救いを求めると、彼もメモの手を止めて、サラを見ていた。
(か、悲しみの性質が、私の想像とは完全に異次元だったよ、教授…)
(まったくだ。息子は突然の病死というが、どう考えても殯ストレスが死因だろう。理性的とか冷徹さなどという、常識で語れる領域をぶち抜いた女性だな)
二人が以心伝心で驚きを分かちあっているのを、皇女は面白そうに眺めていた。
──汝らには似たような経験はなかろうが、泣くに泣けぬとは、ああした心持ちを言うのであろうよ。とは言うものの、我は盛大に泣いたのだがな。
「ご、ご愁傷様です…」
──尊い御方の死を公に泣き悲しむのは、女の仕事……そういう時代であったのだ。だからこの身も枯れよとばかりに泣いて見せた。尊き夫の妻として、世継ぎであった息子の母として。それが、我の、女としての仕事だったからな。
「けれども、本心からお泣きにはなれなかった…」
──そう。どんなに涙を流しても、心は少しも泣けなかった。悲しみとは何であるのか。愛する者たちに死に遅れた寂しさや苦しみは、我が心のどこに隠れてしまったのか。我には分からなくなっていた。
「心が、麻痺してしまわれたのでは…」
──そうかもしれぬな。しかしもとから、泣ける心など我には無かったのかもしれぬと、あの日、神の座す山を見ながら、我は思っていた。そして、私が流せぬ心の涙で、神の山に捧げられだ白妙の衣が、しとどに濡れているような気がしたのだよ。
「皇女さま…」
──ああ、言い忘れたが、息子亡き後、我が孫を世継ぎにするためには、まだ他にも死んでもらいたい者がいてな。
「げ…」
皇女の黒い武勇伝は、まだまだ続くようだった。
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〈あの世っぽい世界〉
天より智を授かりし皇帝
「なんとも血塗られた母性よの。息子を溺愛するにも程があると思わぬか?」
首を斬られたらしい皇子
「マザコンでシスコンだったブラッディな父上にだけは言われたくないんじゃないかな、姉上も」
????
「あと人妻フェチな、兄上」
天より智を授かりし皇帝
「くっ、戯奴ども! いちいち抱き合わせで余の黒歴史を増やすでないわっ(泣)」
*天より智を授かりし皇帝……天智天皇。同じ母親から生まれた妹と恋愛関係だったと言われるが、真偽は不明。弟の恋人(妻?)だった額田王を強奪したとも言われている。
*????……天武天皇。天智天皇の弟。額田王との間に娘がいる。
*首を斬られたらしい皇子……大友皇子。天智天皇の息子。




