骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(9)女皇帝現る
今回の「あの世」談義は、ちょっと拗ねてる父親と、クールに達観してるらしいの息子の会話です。
サラは、和歌の記された古紙を自分の前に引き寄せた。
………
春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山
………
「この歌を作り出した人物の名前について、研究班では何と?」
「一応、『持統』という名が割り出されている」
「あまり人の呼び名らしくないが、どういう意味合いなのだろう」
「国家の体制を保持し、皇帝の血統を正しく継ぐ者、という意味らしい」
「まるで役職名だな」
「そういう役割を与えられた者である、ということなのだろう」
「誉ある軛ということか…」
「そうかもしれないが、当人がどう思っていたかはわからない」
「そうだな」
サラは気持ちを鎮め、純白の衣と「持統」という名だけを心に置くと、歌に向き合った。
「くれぐれも、無理のないように頼む。負の情念が強過ぎて危険と判断したら、止めるぞ」
「分かった。では始めよう」
「にゃー」
ヒギンズとミーノタウロスに見守られながら、サラは歌の中に眠る魂の元へ意識を向けた……
──遅いわ! 待ちくたびれて、頭がどうにかなりそうだったわ!
「は?」
髪を頭頂に結い上げ、白いドレスを着た女性が、袖をぱたぱたと振り回して怒っている。
──は? ではないわ! 汝は手練れの巫女であろうが! なぜさっさと我を呼ばぬのだ!
「なぜと言われましても……え? 口寄せで会話ができている? 一体これは…」
──会話ぐらい幼な子でもできるわ! 我を何だと思うておる!
サラが思わずヒギンズのほうを見ると、彼も手帳に何か書きかけたまま、呆然としている。
──よそ見をするでない! 汝の相手はそこの小難しそうな顔の男ではなく、我であろうが!
「失礼を。ええと、こちらの歌を作られた御方様、ですか」
──そうじゃ! 歌を詠めるのに、話ができぬなどという道理はなかろう。それとも何か? 我が、相手の話に聞く耳持たぬ愚か者とでも思うたか!
「いえ。ただ、これまで、歌の中で眠っておられる御方に、私自身に向けたお言葉をいただいたことが、一度もなかったので」
──我のようなものは初めてだと? それで驚いたとな?
「はい」
──他の歌の者たちは、よほど身勝手に自分語りばかりしておったのか?
「自分語りというか…悲憤慷慨の大暴走というか、憤怒激昂乱れ打ちというか……対話不能でした」
──ははは。我が父なども、さぞかし駄々をこねて、暴れたのであろうの。
「お父上、ですか」
──つい昨日、汝らが現世に呼び出して、あやしておったろうが。
あやす、などという生やさしい状況ではなかったがと、サラは気の遠くなる思いがしたけれども、歌の中の人々の価値観では、そういうことになるのかもしれない。
「では、あなた様は」
──一応、あれの娘ということになるな。
言葉の裏側に、ひやりとするものがあるのを感じたサラだったが、父皇帝のことには今は触れず、名前について聞くことにした。
「もしや、あなた様は、持統、というお名前でいらっしゃいますか」
──ジトー? なんだそれは。我はそのような珍奇な名でよばれたことはないぞ。
「そうでしたか。失礼いたしました」
──人の名を尋ねる前に、汝が名乗れ。どこの家のものか、聞いてやろうぞ。
「名はサラ。ダークネルブという家の者です」
──だあくねるぶ……聞かぬ名だが、遠つ国の巫女の家門か?
「はい。ですが後継がおらず、私の代で滅びると決まっております」
──何を気弱なことを申しておる。汝ほどの巫女ならば、男など選び放題であろうが。とっとと見繕って、巫女の才を継ぐ子を産めばよい。
「は、はあ…」
──社も寂れておるの。そこな小難しい顔の男は、甲斐性無しか? 獣の姿の神が一体降りておるようだが、社をしっかりせねば、神も痩せるであろうに。
皇女の話に我が意を得たりとばかりに、ミーノタウロスがヒギンズを揶揄いはじめた。
「ぶんにゃー(教授、甲斐性無しって言われてるにゃー)」
「…精進する」
「にゃーぶんぶんにゃー(まずは供物の改善を求むにゃー)」
「君は食べすぎだろうが。むしろ節制したまえ」
──年はいくつじゃ?
「二十歳ですが」
──既に行き遅れではないか! なんとしたことか! 我の世であるならば、すぐにも良縁を結んでやったものを!
サラのプライベートが気になるのか、皇女がぐいぐい押してくる。
そのことに困惑しつつも、サラは、名も知らぬ皇女の魂の蟠りが、家門や結婚などにあるらしいことを、薄々感じ取っていた。
ただ、その蟠りが、目の前にある歌につながるものかどうかまでは、分からない。サラは皇女の意に沿うよう、慎重に対話を続けることにした。
──なんじゃ、困り顔をして。男の選び方が分からぬなら、我が指南するぞ。
「はい。よろしければ詳しくお願いします」
作業台の向かい側で、ヒギンズが、なぜか目を見開いでこちらを見たけれども、サラは気づかない。
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〈あの世っぽい世界〉
天から智を授かりし皇帝
「娘よ、余への扱いが酷くないか…」
首を切られたらしい皇子
「だから自業自得でしょ? それより、姉上のジトーっていう諡は、僕の曾孫がつけたんだけど、珍奇とか言われてるのを知ったら泣いちゃうかも」
*天から智を授かりし皇帝……天智天皇。
*首を切られたらしい皇子……大友皇子。天智天皇の息子。父の死後に起きた壬申の乱(672年)で、叔父の天武天皇に負けて、自殺したことになっている。首吊り自殺と言われるが、割腹説もあり、実は逃げ落ちて助かっているという説もあるようだ。
*大友皇子の曾孫の淡海三船という人物が、神武天皇から持統天皇までの、すべての天皇に、漢風諡号(生前の事績への評価に基づく、中国語風の諡)を撰進したという。




