表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
惨歌の蛮姫サラ・ブラックネルブは、普通に歌って暮らしたい  作者: ねこたまりん
第一章 姿なき百の髑髏は、異界の歌姫に魂の悲歌を託す
11/55

骨肉の争いに疲れた女皇帝は、純白の屍衣を身に纏う(9)女皇帝現る

今回の「あの世」談義は、ちょっと拗ねてる父親と、クールに達観してるらしいの息子の会話です。

 サラは、和歌の記された古紙を自分の前に引き寄せた。



………


春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山


………



「この歌を作り出した人物の名前について、研究班では何と?」


「一応、『持統』という名が割り出されている」


「あまり人の呼び名らしくないが、どういう意味合いなのだろう」


「国家の体制を保持し、皇帝の血統を正しく継ぐ者、という意味らしい」


「まるで役職名だな」


「そういう役割を与えられた者である、ということなのだろう」


(ほまれ)ある(くびき)ということか…」


「そうかもしれないが、当人がどう思っていたかはわからない」


「そうだな」


 サラは気持ちを鎮め、純白の衣と「持統」という名だけを心に置くと、歌に向き合った。


「くれぐれも、無理のないように頼む。負の情念が強過ぎて危険と判断したら、止めるぞ」


「分かった。では始めよう」


「にゃー」


 ヒギンズとミーノタウロスに見守られながら、サラは歌の中に眠る魂の元へ意識を向けた……





──遅いわ! 待ちくたびれて、頭がどうにかなりそうだったわ!


「は?」


 髪を頭頂に結い上げ、白いドレスを着た女性が、袖をぱたぱたと振り回して怒っている。



──は? ではないわ! (いまし)手練(てだ)れの巫女であろうが! なぜさっさと我を呼ばぬのだ! 


「なぜと言われましても……え? 口寄せで会話ができている? 一体これは…」



──会話ぐらい幼な子でもできるわ! 我を何だと思うておる! 



 サラが思わずヒギンズのほうを見ると、彼も手帳に何か書きかけたまま、呆然としている。


──よそ見をするでない! 汝の相手はそこの小難しそうな顔の男ではなく、我であろうが!


「失礼を。ええと、こちらの歌を作られた御方様、ですか」


──そうじゃ! 歌を詠めるのに、話ができぬなどという道理はなかろう。それとも何か? (われ)が、相手の話に聞く耳持たぬ愚か者とでも思うたか!


「いえ。ただ、これまで、歌の中で眠っておられる御方に、私自身に向けたお言葉をいただいたことが、一度もなかったので」


──我のようなものは初めてだと? それで驚いたとな?


「はい」


──他の歌の者たちは、よほど身勝手に自分語りばかりしておったのか?


「自分語りというか…悲憤慷慨(ひふんこうがい)の大暴走というか、憤怒激昂乱れ打ちというか……対話不能でした」



──ははは。我が父なども、さぞかし駄々をこねて、暴れたのであろうの。


「お父上、ですか」


──つい昨日、汝らが現世(うつしよ)に呼び出して、あやしておったろうが。


 あやす、などという生やさしい状況ではなかったがと、サラは気の遠くなる思いがしたけれども、歌の中の人々の価値観では、そういうことになるのかもしれない。


「では、あなた様は」


──一応、あれの娘ということになるな。


 言葉の裏側に、ひやりとするものがあるのを感じたサラだったが、父皇帝のことには今は触れず、名前について聞くことにした。


「もしや、あなた様は、持統、というお名前でいらっしゃいますか」


──ジトー? なんだそれは。我はそのような珍奇な名でよばれたことはないぞ。


「そうでしたか。失礼いたしました」


──人の名を尋ねる前に、汝が名乗れ。どこの家のものか、聞いてやろうぞ。


「名はサラ。ダークネルブという家の者です」


──だあくねるぶ……聞かぬ名だが、遠つ国の巫女の家門か?


「はい。ですが後継がおらず、私の代で滅びると決まっております」


──何を気弱なことを申しておる。(いまし)ほどの巫女ならば、男など選び放題であろうが。とっとと見繕って、巫女の才を継ぐ子を産めばよい。


「は、はあ…」


──(やしろ)も寂れておるの。そこな小難しい顔の男は、甲斐性無しか? (けもの)の姿の神が一体降りておるようだが、社をしっかりせねば、神も痩せるであろうに。


 皇女の話に我が意を得たりとばかりに、ミーノタウロスがヒギンズを揶揄(からか)いはじめた。


「ぶんにゃー(教授、甲斐性無しって言われてるにゃー)」


「…精進する」


「にゃーぶんぶんにゃー(まずは供物(くもつ)の改善を求むにゃー)」


「君は食べすぎだろうが。むしろ節制したまえ」



──年はいくつじゃ?


「二十歳ですが」


──既に行き遅れではないか! なんとしたことか! 我の世であるならば、すぐにも良縁を結んでやったものを!


 サラのプライベートが気になるのか、皇女がぐいぐい押してくる。


 そのことに困惑しつつも、サラは、名も知らぬ皇女の魂の(わだかま)りが、家門や結婚などにあるらしいことを、薄々感じ取っていた。


 ただ、その蟠りが、目の前にある歌につながるものかどうかまでは、分からない。サラは皇女の意に沿うよう、慎重に対話を続けることにした。



──なんじゃ、困り顔をして。男の選び方が分からぬなら、我が指南するぞ。


「はい。よろしければ詳しくお願いします」


 作業台の向かい側で、ヒギンズが、なぜか目を見開いでこちらを見たけれども、サラは気づかない。



+-+-+-+-+-+-+-+-


〈あの世っぽい世界〉



天から智を授かりし皇帝


「娘よ、余への扱いが酷くないか…」


首を切られたらしい皇子


「だから自業自得でしょ? それより、姉上のジトーっていう(おくりな)は、僕の曾孫がつけたんだけど、珍奇とか言われてるのを知ったら泣いちゃうかも」



*天から智を授かりし皇帝……天智天皇。


*首を切られたらしい皇子……大友皇子。天智天皇の息子。父の死後に起きた壬申の乱(672年)で、叔父の天武天皇に負けて、自殺したことになっている。首吊り自殺と言われるが、割腹説もあり、実は逃げ落ちて助かっているという説もあるようだ。


*大友皇子の曾孫の淡海三船おうみのみふねという人物が、神武天皇から持統天皇までの、すべての天皇に、漢風諡号(生前の事績への評価に基づく、中国語風の諡)を撰進したという。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ