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サラ・ブラックネルブの懊悩

*本作品では、読者の皆様の暮らす世界での古典的作品や、ことわざ、箴言、歴史的人物などが、トンデモ解釈で登場することがありますが、気にならない方だけ、お読みくださいますようお願いいたします。

 巫術師サラ・ブラックネルブは、今朝届いたばかりの古い紙片を睨みつけていた。


「考古学者どもめ、送ってくるのが早すぎる。つい先週、一つ片付けたばかりではないか」


 サラは、巫術で古文書を解析し、そこに書かれている古代の歌を蘇らせる仕事をしている。


 失われた古代文明社会では、「歌人」と呼ばれる魔導賢者が生み出した「和らぎの調べの歌」、通称「和歌」を、多くの人々が歌い継ぐことによって、歌の力を増幅し、強大な弾歌(ひきうた)に育てあげていたという。

 

 発掘された和歌は、そのままでは使い道のない遺物でしかないけれど、サラの巫術解析によって蘇らせることで、膨大な歌力燃料を内蔵する資源となる。


 そのため、古代遺跡での和歌の発掘と解析は、いまでは王国の主要産業の一つに数えられるまでになっているのだけれど……


「どう考えても、負担が個人に偏りすぎているだろうが!」


 考古学者の数は、そこそこ多い。


 けれども、和歌を「歌力燃料」として蘇らせる工程は、現時点では、巫術師サラ・ブラックネルブが、たった一人で担っている。


 注目の産業であるにもかかわらず、極端な人手不足が起きる理由は二つある。


 一つ目は、和歌を含む古文書解析の危険性についての噂が、膨大な尾鰭(おひれ)背びれをつけた状態で流布していること。


 実際には死人など出さず、大怪我を負う人間もいないのだが、なぜか噂は日々ひどくなっていくばかりだった。


 もう一つは、サラ自身が恐れられすぎていて、人を寄せつけないことによる。


 黒い祭服に身を包み、金色に輝く長い髪を無造作に革紐で結んだ長身のサラの姿は、巫女というよりも、歴戦の武人に見える。


 実際、サラは戦斧の達人でもある。


 資金稼ぎのために時々参加する魔獣討伐では、巫術ではなく身体を使った攻撃で、一騎当千の働きを見せ、押し寄せる敵の群れを圧倒する。


 いかなる死地であろうとも、血路を開いて味方を守るサラのことを、共に前線にある兵士や冒険者たちは「漆黒の戦姫」と呼んで慕い、崇拝するものも少なくない。


 けれどもサラは、戦場とは縁の薄い人々が、自分のことを陰で蔑んでいるのを知っていた。


 惨歌の蛮姫。

 暴威の調べを呼ぶ黒巫女。


 サラに与えられる二つ名は、おどろおどろしいものばかりだけれど、それらは魔獣討伐での赫赫(かっかく)たるサラの戦果に由来するものではない。


 本業の古文書解析において、サラが使命をまっとうするために振るう力が、あまりにも強大で、破滅的なのだ。


 ちなみに、先週送られてきた和歌は、大隊規模の魔導騎兵が出動する騒ぎを引き起こし、サラの職場である神殿を全壊させたのち、ようやく収束した。


 神殿全壊を引き起こしたのは、サラの巫術に呼ばれて来て、はしゃいで悪乗りした精霊たちなのだが、精霊を感知できない周囲の者たちには、サラが一人で歌いながら暴れ壊したようにしか見えなかった。


 魔導騎兵は、神殿の瓦礫を少しばかり片付けただけで撤収していったにもかかわらず、安いとは言い難い出動料の請求書を、しっかり送りつけてきた。


「呼んでもいないのに大隊で押しかけてきて、金まで取るか。だったら修理も手伝えと言いたい!」


 壊れた神殿の修繕には、半年以上はかかるという。費用はいずれ歌力燃料の売り上げから捻出するとしても、当面の大幅赤字は免れない。


 また魔獣討伐の臨時雇いに応募するしかないだろう。


 もちろん本業のほうも、休むわけにはいかない。


 サラは仕方なく自腹を切って、王都の郊外に打ち捨てられていた、大きめの廃屋を土地ごと買い取り、当面の作業場とした。


 自宅で仕事などしていたら、家を何軒持っていても足りないからだ。


 壊れた神殿から、唯一持ち出すことができた大型の作業台を慈しむように撫でながら、サラは以前解析した歌を思い出し、声低く口ずさんだ。



はたらけど

はたらけどなお わが生活(くらし)楽にならざり

ぢっと手を見る



「好ましい調べだ。あまり多くの歌力燃料を引き出せない和歌だったが、この歌を生み出した魔導賢者も、おそらくは戦いの日々に疲れきっていたのであろうな」


 サラは、遥か昔のくたびれ果てた歌人の境遇に、疲弊した我が身を重ね、心を寄せた。


「得物は剣か、私のように戦斧だったかもしれぬな。利き手に傷を負って、一人寂しく戦場を去ったのであろう」


 サラの利き手にも、大量の細かな傷があった。先週の騒動で暴れていた猫型の精霊を捕まえそこねて、盛大に引っ掻かれた跡である。



「ただ、普通に、穏やかに、歌を愛でて暮らす歌姫でありたかった…」



 切ない憧憬に浸るサラ・ブラックネルブの静かなひとときが、怒号と暴力に満ち溢れる仕事の時間に取って代わられるのは、まもなくのことだった。






*和歌の出典


 石川啄木「一握の砂」


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