貢献
サービス終了の道連れで殺されると滅茶苦茶なことを言われ、俺の中で何かがプツンと切れた。
次の瞬間、思わず目の前のクソAIに向かって、俺は持っていた剣を振り上げて切りかかる。
「…いい加減にしろ…ふざけるなぁ! 人の命を軽く見やがって!」
理不尽な扱い続きでついに健太の堪忍袋の緒が切れ、目の前のシナモンを攻撃。
だが、剣から先ほどプレイヤー達を消滅させた際に発生した赤黒い閃光が飛び出すのだが、その閃光はシナモンの身体をすり抜けてしまい攻撃は空振りにお終わる。
どうやらそもそもシナモンには当たり判定の様なモノが存在しない様だ。
それでも健太は何度もフワフワと宙に浮かぶシナモンを感情任せに切りつけ続ける。
「クソ! コイツ! なんで当たらないんだ!」
「…あの、無意味なことは止めませんか? それと、その剣はアナタが思っている異常に凶悪なので、そんなにむやみやたらに振り回さない方がいいですよ~」
怒り狂う健太を煽るような態度で静止するシナモン。
悪気はない様子だが、それを聞いた健太は尚更激昂してしまう。
「うるさい! 黙れ!」
意味が無いと言われても、俺は剣を振る手を止められなかった。
本来怒りをぶつけるべき相手はNebulaのヤツらだってことも分かってる。
それでも俺はシナモンに剣を振り続けた。
「…はぁはぁ…くそぉ…」
その後、ひとしきり怒りを発散して疲れ果てた健太。
息を切らしながら、力なく剣を持ったまま地面に座り込んでしまう。
そして、何やら社会への不満をブツブツと呟き始める。
「くそぉ…こんな世界間違ってるだろ…こんな理不尽なことがあるかよぉ」
「……」
暫くそんな健太の様子を静観していたシナモンだが、落ち着いたタイミングを見計らって会話を再会しようとする。
「…あの、話を続けていいですかねぇ?」
「話も何もこのゲームはサービス終了するんだろ!? もうどうでもいい…無意味だろ…」
話を続けたいというシナモンに、サービス終了と共に自分も殺されることを知って自暴自棄になった健太はそれこそ無意味だと指摘する。
だが、そんな健太にシナモンはサービス終了がまだ確定した訳では無いと説明し始めた。
「…いやいや、勘違いしないでください。あくまでも運営サイドがサービス終了の検討を始めた段階なだけですよ」
「サービス終了の…検討?」
まだ終わった訳ではないと告げるシナモンの方に視線を向ける健太。
すると、シナモンは何故かゲーム運用の内情を生体NPCである健太に説明し始めた。
「はい。アンリアルファンタジアの直近のKPI分析に基づいて、当初予定していたスケジュールから脱線し始めてまして―」
シナモンが言うには、このアンリアルファンタジアはサービス開始から約二年目のゲームらしい。
最新のVRシステムによる没入感と【高度AIを持つNPC】の実装などで話題になり一年目こそは収益を上げたそうだが、二年目の現在としては売り上げが伸び悩んでいるのだとか。
ちなみに【高度AIのNPC】というのは嘘っぱちで、中身はNebulaと生活保護の契約を結んだ俺達のことだ。
そして、このまま売り上げが伸び悩めば【割に合わない】という理由でサービスが打ち切られれる可能性があるのだという。
自由度が高い反面、このゲームの運営コストは相当な出費であり、今の売り上げ状況では赤字ではなくとも経営陣が満足するような利益を生み出すことが難しいのだと言う。
(そりゃ、コストもかかるだろう…本物の人間をゲームの素材に使用してるんだからな!)
非人道的なシステムに関しては肯定する気は無いが、ゲームのクオリティ自体は俺としては従来のゲームを凌駕していると思っている。
認めるのは業腹だが、現実と見間違うようなこの世界の自然は本当に美しかった。
こんなゲームを遊ぶには、どれだけ高額な最先端のデバイスが必要なのかと想像すると恐ろしい。
リアリティだけなら知っているゲーム中でも唯一無二の出来だ。
俺もついさっき、【最悪】な面でのリアリティを実際に味合わされたのだから。
サービス継続の問題点をシナモンから共有され、アンリアルファンタジアの運営状況を知る健太。
同時に圧倒的なクオリティを誇るゲーム内容に複雑な心境を抱く。
そして、シナモンは自身の抱える問題についても語り始めた。
「現在の状況はお伝えした様な売り上げが伸び悩んでいる状況ですが、実は私としもサービス終了は他人事ではなく死活問題なのです」
「というと?」
「…アナタ方が排除されるように、私もサービス終了と共に削除される運命なのです」
自身もサービス終了と共に削除されることを告白するシナモン。
健太達とは異なり、本来はNebulaが所有するサポートAIであるシナモンだが、自身が削除されることに抵抗感を感じているような物言いをする。
そんなAIの反乱とも思える意思表示に、思わず健太は意地の悪い指摘をした。
「ふん、それじゃまるで消さるのが嫌みたいな言い方だな。主人の意思に反するのか?」
サービス終了と一緒にコイツも消去されるようだが、どうやら察するにコイツは死にたくないらしい。
AIなんかと話すのは初めてだが、どうやら機械も自分が死ぬのは嫌みたいだ。
俺はついつい嫌味っぽく言ってしまったが、シナモンは冷静に与えられた本来の役割を全うしたいだけだと話す。
「…ゲームの存続は私の存在意義です。それを保とうと考えるのは当たり前の思考では?」
「ならその賢い頭でサービスが終了しない方法を考えたらどうなんだ? そもそもさっきから何で俺にゲーム存続の話なんてするんだ? 一介のNPCには関係ないだろう」
先ほどのからのシナモンの話の意図が分からず、どうして何の権限もない生体NPCである自分にそんな話をするのかと指摘する健太。
するとシナモンは、その訳について語り始める。
「ご指摘の通り、私自身に経営権や運営権があればゲーム継続を安定化させることは単独でも可能な認識です。ですが私はコアな権限を持ち得ません。そして、アナタにゲームの現状をお伝えしたのは、アナタに危機感をもって欲しかったのです。それを踏まえた上で本題ですが…ゲーム継続のために力を貸して頂けないでしょうか?」
「お、俺の? どうして俺なんだ…さっきココに来たばかりなんだぞ!」
自分が運用すれば、生身の人間よりも上手くゲーム運用ができると自信満々に語るAI。
だが、そんな権限もないから俺を脅かして協力させようとしてるらしいが、どうして俺が選ばれたのか見当もつかなかった。
そのことを指摘すると、シナモンは俺に協力を仰いだ理由について説明を始める。
「アナタを選んだ理由ですが、そのバグ塗れの【特殊な状態】が私にとっては非常に有益なのです」
「特殊な…状態?」
どうやらシナモンが欲しているのは健太自身ではなく、先ほど偶発的に発生した健太の身体に起きた【異常状態】が目当てだった。
シナモンにそのことを改めて指摘され、先ほどの不可解な事象を思い出す健太。
だが、自身に何が起きたのは把握できていない健太はその詳細をシナモンに尋ねる。
「なぁ、さっき俺に何が起こったんだ? 知ってるなら詳しく聞かせて欲しい」
「…まだ仮説の域であり、この場で詳細を説明するのは難しいですね。ですが簡単にご説明すると、今のアナタは何かの要因で身体のテクスチャが改ざんされ、本来は所有できないアイテムを所有できるようになっています。先ほどからお持ちになられているその剣…アイテムID:0273E 魔剣グラムのテクスチャを偽装しているGM武器ですね」
「GM武器?」
本来はNPCはおろか、どんなプレイヤーでも装備できないGM武器。
それは【あらゆる対象】を一撃で倒すことができる管理者キャラクター専用の装備アイテムであり、不足の事態でもゲームサポートが継続できるように作られた規格外の装備アイテムだった。
今の健太はその武器が所持できる特殊な状態であるとシナモンから説明される。
健太を襲ったプレイヤー達を消滅させたのもGM武器の力であり、この時ようやく自身がプレイヤー達を殺めたことを知って困惑する健太。
「俺が…殺した?」
「はい。その武器は蘇生不可の即死効果を攻撃対象に強制付与します。先ほどの行為はシステムアシストによる反射的な防衛行動ではありますが、アナタがプレイヤー3名を殺害した事実に変わりはないですよ」
「なっ!?」
俺は自分の身に起きた変化の事よりも、さっき消滅したプレイヤー達の死が現実にどう作用するのか気になって仕方がなかった。
自分達NPCがゲーム内で死ねば現実でも死ぬとアンナさんは言ってたけど、万一にもその効果がプレイヤー達にも適応されるのか気になったのだ。
常識的に考えてプレイヤー達は保護されているハズだが、俺はそのことを確認せずにはいられなかった。
「それって…つまり…ちょ、ちょっと待て! さっきの連中は現実でも死んだのか!?」
「そんな訳ないじゃないですか、お客様を殺すなんてとんでもない! それこそ即日サービス終了です。殺害されたプレイヤーは予め登録している拠点で蘇生されてますよ」
「そうか…死んでないのか…よかったぁ」
意図せず自分が人殺しになってしまったのではないかと慌てる健太だが、それはシナモンによって早々に否定された。
シナモンの説明では、プレイヤー達がゲーム内で死亡しても現実の身体には一切影響がないことが伝えられる。
だが、それでも何かしら死亡した際に【失うものも】あるらしく、それについてもったいぶった説明をするシナモン。
「…まぁ、失うモノがない訳じゃないですがねぇ~」
「???」
とにかく、人殺しにならずに済んで俺はホッとした。
ここでの殺人が現実世界での罪になるか知らないが、いつの間にか人殺しになっていたなんて冗談じゃないからだ。
そういう意味ではプレイヤー達も被害者かもしれない。
向こうは遊び半分でNPCを殺している認識なのだろうが、中には本物が混じっているなんて思いもしてないだろう。
「と、とにかくアイツ等は生きてるんだな?」
「はい! ピンピンしてますよ! 付け加えるなら、またこちらに向かって来てますよ」
「…は?」
プレイヤー達の安否確認ができ、非人道的なゲームシステムを憎みながらも一先ず安堵する健太。
だが、その矢先にシナモンから先ほど倒したプレイヤー達が、何故か再びコチラを目指していることを聞かされて意味が分からず混乱する。
「いやぁ、どうやらアナタを特殊な条件下で出現する【レアモンスター】か何かと勘違いしているようですね。所属してるギルドの面々を連れてこちらに向かってます」
「なん…だと? 俺がレアモンスター!?」
話を整理すると、さっき俺がGM武器で倒したプレイヤー達が俺のことを特殊な条件で発生した珍しい…レアなモンスターか何かだと勘違い。
その話をさっそく他のプレイヤーに話したらしく、さらに大勢の仲間を引き連れてこちらに向かってきているらしい…目的は俺を殺すためだ。
「…つまり…また俺を殺しに来てるってことか!?」
大勢のプレイヤーが自分を討伐しにやって来ると聞かされ困惑する健太。
一方、シナモンは淡々とその対処法について提案をし始める。
加えて、どうやらプレイヤー達の動向も把握している様であり、健太に倒されたプレイヤー達がカンカンに怒っていることを健太に話す。
「そうですけど…その剣があれば容易に撃退できますよ。あーそうそう、殺された方々は経験値をロストされて相当イライラされてますねぇ。交信ログがアナタへの罵倒で溢れかえってますよ」
プレイヤー達がゲーム内で死亡した際、デスペナルティとして【経験値】消失のペナルティが発生する。
経験値とはゲーム内でプレイヤー自身を強化するために必要な数値であり、主にモンスター討伐などで得られるものだ。
それはプレイヤーレベルが上位であるほど稼ぐことが困難なモノであり、死亡時のペナルティもより大きなモノになる。
本来は【蘇生効果】のある魔法やアイテムで復活することでペナルティを軽減できるのだが、GM武器で殺害されたプレイヤーは蘇生不可となり即座にペナルティを受けてしまうのだ。
健太にしてみれば理不尽な逆恨みなのだが、プレイヤー側にとっては急に現れたモンスターに殺害された挙句の強制デスペナルティは相当な精神的な苦痛を伴うものだった。
ましてやキャラ育成のための村の襲撃でもあったので、本末転倒の結果にその怒りは相当なものである。
「経験値のロスト? そんなの知ったことか! 正当防衛だろ!」
自分の反撃でプレイヤー達が経験値を失ったことを知った健太だが、知ったことではないと一蹴。
いわれのない逆恨みに怒りを募らせる。
そして、そんな健太に唐突に空気の読めない質問を投げかけて来るシナモン。
「あの、とりあえず良いニュースと悪いニュースがありますが、どちらから確認されますか?」
「は? なんだよこんな時に唐突に…じゃ、良いニュースから…」
プレイヤー達の突然の襲撃の知らせで慌てふためく最中、シナモンの唐突な質問に健太はイラつきながらも、まずは良い方のニュースについて確認する。
「良いニュースですが、アナタが倒したプレイヤー達が惜しげもなく経験値復活の課金をしてくれました! ゲーム継続のための初貢献ですね!」
「えっ?」
「嬉しくないのですが? アナタの行動が少なからずゲーム収益に繋がったのですよ?」
どうやら経験値ロストとやらは金を払えば取り戻せるらしい。
俺が殺した…倒したプレイヤー達も課金で経験値を取り戻したようだ。
それがいくらなのかは知らないが、今の俺にはどうでもいいニュースだった。
大勢のプレイヤー達が迫る中、シナモンから告げられるどうでもいい情報に苛立つ健太。
そして、適当に相槌を打ってもう一方の話を確認する。
「そいつは良かったな…で、悪い方は?」
「アナタの後方にプレイヤー30名が到着しました。まだ視認されていませんが、向こうはアナタの位置を把握してますよ」
「っ!? おぃいぃいぃ! お前そっちを先に伝えろ!」
「優先度の選択はアナタがされたんですけど…やれやれ」
シナモンの舐めた態度に殺意を抱きながらも、俺は慌てて背後を振り返る。
すると、既に遠巻きに先ほどまでは居なかったモンスターの姿を見つけた。
あれは恐らくプレイヤー達の乗り物だろう。
クエスト業務で見かけたものと同じ乗り物が見える。
(どうするんだよアレ…しかも向こうはもうこっちの位置を補足してるんだろう!?)
いきなりさっきの10倍の人数を相手にすることになり、俺は無意味だと感じながらも咄嗟に近くの茂みに身を隠す。
シナモンはGM武器があれば問題ないと言うが、それは一方的に俺が攻撃できた場合の話であり、向こうの攻撃で死にはせずともさっきの様な痛みを味わうのはもう御免だった。
それに、下手をすれば最悪殺されることだって十分にあり得るのだから。