再起動
プレイヤーの一人が放った火球が小屋に命中すると小屋は瞬く間に炎に包まれ、中に隠れていた健太はすぐにその異変を感じて慌てて小屋からの脱出を図る。
(うぅ…なんだ!? 何かが小屋に…煙? 燃えてるのか?)
外が危険なのは十分承知だけど、徐々に室内に煙が充満していき、とてもじゃないが小屋の中にそのまま留まることはできなかった。
俺は火の手が広がる前に小屋から飛び出し、一気に暗がりの方に逃げて身を隠そうと走り出す。
だが、小屋から出た瞬間。
いきなり鋭利な何かで危うく切り裂かれそうになる。
「チッ!」
「わぁ!!」
攻撃をNPCに避けられて不機嫌そうに舌打ちするプレイヤー。
どうやら小屋の外では健太が出てくるのをプレイヤーが待ち伏せしていた様だ。
だが、その攻撃は健太の鼻先をスッとかすめ、ギリギリのところで運よく攻撃を回避できた健太。
しかし、そのまま姿勢を崩してその場に倒れ込んでしまう。
そしてこの時、視線の先にある物騒な大鎌の様な武器を持った人物の身なりから、村を襲撃していたのがゲームプレイヤー達だったことに初めて気がつく。
(プ、プレイヤー!? 俺のことをあの鎌で攻撃してきたよな? コイツらが村を?…アンナさんを?)
本来は絶対に安全であるハズの村の中で、どうしてプレイヤーに襲われたのかという疑問もあるが、まずは今まさに自分を殺害しようとしているプレイヤーに向かって、健太は必死に自分が生身の人間であることを伝えようとする。
「あぁ…おい! やめろぉ…俺は××なんだぞぉ! あれ?…××なんだって!! ××!なんだこれ!?」
(なんだ? 発音が…どういうことだ!?)
どういう訳か、俺が生身の人間であることを目の前のプレイヤーに伝えようとしても、肝心な単語が声に出せなかった。
まるで業務中の時のように何かに行動が阻害されている感覚だ。
これも運営やあのクソAIの仕業なのだろうか?
「んっ? なんだって?…さっきも何人か居たけど恐怖でNPCがバグったか?」
それは健太の考える通り、ゲームシステムによる言論統制の影響だった。
ゲームの世界観を最低限維持するため、NPC達の発言にはプロテクトが掛けられていたのだ。
それは運営元のNebulaにとって不都合な情報も統制の対象であり、生体NPC達はプレイヤー達に自分の正体を明かすことは不可能だった。
そして、プレイヤーは再び手に持った大鎌で健太を切りつけようとする。
(駄目だ全然伝わってない!…殺される…俺はここで本当に死ぬのか? 訳も分からないゲームの中に飛ばされ、娯楽感覚でプレイヤーに殺されるのか?)
スローモーションで俺に迫る大きな鎌を見つめながら、俺はこの世界での死を覚悟した。
この一瞬で色々な想いや考えが頭の中を交差する。
生まれた時から負け犬で、何をしても無意味な現実。
そして最後は訳もわからないまま上級国民どもの道楽で殺されようとしていた。
こんな最期なんて酷すぎる。
俺には普通に死ぬ権利も与えれられないのか?
(…っ!?)
世界の全てを怨む最中、そんな俺の思考にあの【不快な声】が急に割り込んできた。
(お疲れ様です。あと5分後にアナタの担当業務がスタートします。ゲーム時間の24時までにプレイヤーと接触した際、これから脳内に転送する情報提示をお願いします)
(…シナモン…こんな時にまで)
最期の瞬間に頭の中でシナモンの声が響く。
腹立たしくもサポートAIといっておきながらクソの役にも立たず、こんな時にまで空気を読まず業務を振ってくる。
それと同時に、俺の身体をプレイヤーの鎌が容赦なく切り裂いた。
「…うぐぅ!がはぁっ!」
かつて感じたことのない痛みが健太を貫き、引き裂かれた傷口からは一瞬で鮮血が吹き出す。
生体NPCが感じる痛みは現実そのものであり、言葉にできない激痛に悶え苦しむ健太。
それは紛れもない死を伴う苦痛であり、ゲーム内での死がリアルに直結していることを嫌でも健太に自覚させる。
(これはぁ…本当にぃ…)
アンナさんを疑う訳じゃ無かったが、俺はここが仮想空間なら流石に本当に死ぬわけがないと心の何処かでさっきまで考えていた。
けど、身体を切り裂かれた瞬間にそれが事実だったとハッキリ理解する。
プレイヤーからの一撃は、ステータス差などからも考慮して瞬時に健太を即死させる威力だった。
だが、どういう訳か一撃で絶命することはなく、その場に倒れ込んだ後も健太の意識は僅かに残っていた。
いっそ、痛みも感じないように殺された方がまだマシであり、中途半端に生かされた状態で吐血を繰り返す健太。
「何コイツ、なんかの仕様? HPが1残ってんだけど…ウザ! 雑魚のクセにマジむかつく…粉々にしてやろうかクズがぁ!」
「ごはぁ…うぅ…がはぁっ!」
一方、プレイヤー側の視点ではオーバーキルのハズが、何故か健太の生命力が数値化されたHPという表記が僅か1だけ削り切れずに残っていた。
本来であれば取るに足らない低レベルのNPCをどういう訳か仕留めそこない、それに腹を立てたプレイヤー。
既に虫の息の健太を、憂さ晴らしに取得している高レベルの大技で消し炭にしようと武器を構えた。
だが、それと並行して健太の身体に異変が生じ始める。
(指示履行の不能状態を検知。対象のNPCに追加保護プログラムを実装します。破損テクスチャ変更と驚異排除のため…選定……偽…魔剣…グラムムムムム…を付与)
また頭の中でアイツの声が響く。
でもなんだかバグってるというか、様子が変だった…それに俺の身体も…いつの間にか意識がハッキリしていて、気がおかしくなりそうな痛みも消えていた。
倒れた健太を中心に周囲の環境データが破損したような状態になり、瀕死の健太自身も謎の赤黒い光に包まれて身体のテクスチャが何か別のデータに書き換えられていく。
そして、その奇妙な光景を目にして困惑するプレイヤー。
その不気味なエフェクトを警戒してか、咄嗟に技の発動をキャンセルして健太から距離を取る。
「っ!? なんだこれは…何かのイベントか? 覇王の免罪符の効果なのか? どうなって―」
次の瞬間、赤黒い閃光が【健太だったモノ】から放たれた。
その謎の閃光は、健太と対峙していたプレイヤーの身体を切り裂くように貫き、プレイヤーは瞬時にその場から消滅してしまう。
「っ!? 今のはなんだ!? 何が―」
仲間の突然の消滅に同行していた他のプレイヤー達も動揺するが、今度は周囲のプレイヤー達目掛けて赤黒い閃光が走る。
それと同時にその場に居合わせたプレイヤー達も全員が跡形もなく消滅。
やがて謎の赤黒い光は徐々に消えていき、その光の中心地には新たな姿を得た健太の姿だけが残されていた。
先程のプレイヤーからの攻撃で負った致命傷の傷跡などは完全に消えており、背丈などに関しては特に大きな変化は無かったが、その容姿は全く別のモノに変化。
特に特徴的だったのは両目に輝く宝石の様な真紅の瞳。
さらに、その手にはいつの間にか歪な形状をした禍々しいデザインの剣が握られている。
(一体何が…それにこの剣はなんだ…)
気が付いたら傷も癒え、俺の手にはいつの間にか謎の剣が握られていた。
しかも、さっきまで目の前にいた悪魔の様なプレイヤー達の姿は何処にもない。
「た、助かったのか? でもなんで…それにアイツ等も消えてるし…この剣も何なんだよ!」
何が起きたのか理解出来ずにその場に佇む健太。
理不尽な契約でいきなりゲームの中で暮らすことになり、混乱の中で出会った唯一の頼れる存在だったアンナも無残に殺害され、プレイヤー達の横暴で一夜にして廃墟と化したネポン村に一人取り残された健太は失意に暮れる。
「アンナさん…俺、これからどうすればいいんだよ…もう何なんだよぉ! ここは絶対に安全だって言ってたじゃないか…それなのにぃ…うぅ…アンナさん…」
遅れてやってくるアンナさんの死の現実。
腐った現実だってここまで酷い事件は早々起きない。
恐らくアンナさんは本当に死んでしまったのだろう。
あれだけの痛みを経験した今だからこそ言えるが、ここでの死は本物だ。
酷い最期だったが、アンナさんがせめて苦しまずに死ねたことを祈る。
俺だって、さっきのよく分からない現象が起きなければ確実に死んでいた。
この半日ばかりで色々なことが起こり過ぎて、頭の整理がまるで追いつかない。
今後のことだってサッパリだ。
そんな頭の中が混沌としている最中、また【ヤツ】の声が聞こえてくる。
しかもそれは、頭の中ではない。
今回は直接俺の耳に届いてきたのだ。
「ちょっと困ったことになりましたねぇ…」
「…っ!? シ、シナモン?」
聞こえた声は確かにシナモンのモノだったが、声のする方に視線を向けると、そこには真っ白なフワフワとした柔らかそうな物体が宙に浮いている。
その物体には目にも見える黒い点が二つ付いており、何かのキャラクターの様にも見えた。
そして、その物体はベラベラと話し始める。
「どうもどうも! シナモンです!いやいや、とんでもないバグを引き起こしたのはアナタですね。…ムムム、それはGM用の装備じゃないですか! 」
シナモンと名乗るCIN-NAMONと同じ声で話す正体不明の物体。
ラフな感じで先ほどの不可解な現象をバグと称し、健太がいつの間にか握っていた武器をゲーム管理者用の装備だと告げた。
「あぁ、マズイなぁ…マズイなぁ…うーん………あの、ちょっと向こうの静かな場所で秘密のお話をしませんか?」
さらにしきりにマズイ状況だと呟くが、その姿と軽い口調のせいでいまいち危機感が伝わってこない。やがてブツブツと何かを考え込んだ後、健太に話があると持ち掛ける。
「ひ、秘密の話?」
「そうです…アンリアルファンタジアのサービス継続に関わる重大なお話です。…あーアナタの立場で言うと【命に関係するお話】ということになりますね」
「俺の命?」
突然現れたマスコットキャラクターのような物体。
コイツのふざけた姿か軽い態度のせいなのか、命に関わる事だと言われても、いまいち真剣に話を聞くことができない俺。
ただ、プレイヤーに殺されそうになった俺を救ったあの現象は、ゲームのバグによって引き起こされたものだったと判明した。
それに俺がいつの間にか握っていたこの剣は、どうやら本来はゲーム管理者であるGMが装備している武器らしい。
「さぁ、私について来てください」
「あぁ…」
俺としてもシナモンに聞きたい事は山ほどあり、ようやくまともに話せるようになったクソAIの誘いに乗ってその場を離れる。
その後、火事がまだ続いている村から少し離れた場所まで来ると、シナモンが話の続きをし始めた。
「此処なら落ち着いて話せそうですね。…まぁ、まずは端的に言いますと……実はこのゲーム【サービス終了】しちゃいそうでして」
「……」
唐突にシナモンから告げられたのは、アンリアルファンタジアのサービス終了の告知だった。
確かにそれは関係者以外に語ることが許されない秘密事項だったが、それを聞いた健太の反応は非常に薄く、まるで関心がない。
半日程度しか過ごしていなくて、加えてあんな地獄のような体験をさせられ、なんの思い入れもないこのクソゲーがサービス終了しようが俺にはどうでも良かった。
寧ろ嬉しいぐらいだ。
唯一気になるのはサービス終了後の俺や他の生体NPC達の扱いくらいだろう。
そこで契約解除なのか、また別のNebulaが運営するクソゲーの世界に送られるのかは知らないが、俺は前者である事を強く願った。
「合わせてサービス終了になった場合ですが、アナタ方NPCの業務もそこで終了となります」
「…終了? その後は? 契約が終わるのか?」
「ですから、先程も命に関係する話だと伝えましたよね? このゲームのサービス終了=人生終了です」
ゲームのサービス終了が死を意味しているとシナモンに告げられ、驚きを隠せない健太。
「…は?…はぁ!?」
このふざけたAIから唐突に告げられたアンリアルファンタジアのサービス終了のお知らせ。
それが意味するのモノは世界の終幕。
そして、このゲームで暮らしているNPC達の避けようのない理不尽な死の宣告だった。