赤い夜
先輩NPCのアンナさんから様々な情報を得た俺は、ようやく必要最低限の情報を得ることができた。
とりあえず明日には村の他のNPCに紹介してもらえるらしく、暫くはこの辺で野菜でも育てながらのんびり暮らしてみてはと助言される。
ゲーム内の作業は現実の様な面倒な手順を守る必要もないらしく、それなら農家も悪くないと俺は考えた。
種やある程度のアイテムもアンナさん達が提供してくるとのことで、まさに至れり尽くせりな状況だ。
(あー、初期配置がこの村で本当によかった。…村の周りのモンスターのレベルとかは不明だけど、そもそも安全領域から出る気はないから問題ないだろう)
右も左も分からない状況でゲーム内に放りだされ、アンナとの出会いに感謝する健太。
また、端から冒険をする気も安全領域を出る気が無かった健太にとって、村の外の環境などはどうでもよかった。
安全な場所で平凡な余生を過ごす、ゲーム世界からの脱出も絶望的な状況で健太が選択したのは外の世界で求めたような【普通の暮らし】なのだ。
「それじゃ、私はそろそろ家に帰るわね」
一通りの話を済ませ、帰り支度を始めて小屋を出るアンナ。
そんなアンナに健太は頭を下げてお礼を伝える。
「あの、色々ありがとうございました! 明日の件ですがよろしくお願いします…」
「遠慮しないでよ! 何か困ったことがあったら村長の私に相談してね! あ、そうそう…それで名前はどうするの? さっきは勝手に提案しちゃったけど、別に無理に改名しなくてもいいんだよ」
帰り際、健太の呼び名について思い出したアンナはそのことについて玄関先に立つ健太に尋ねる。
無理をしてまで改名しなくてもいいと言われていたが、ファーストネームがそのままなら先ほどのアンナの提案を健太は採用しようと考えていた。
そして、アンナにそのことを伝えようとした瞬間―
「あ、そのことな…えっ?」
突然過ぎて何が起きたのか全く理解できなかった。
俺の目の前にいたハズのアンナさんの身体がいきなり何処かに吹き飛び、それと同時に俺の身体に何かが付着する。
ふとその付着した何かを片手で拭うと、俺の手は何故か真っ赤に染まっていたのだ。
「は?…これは…血?」
健太の身体に付着していたのは血液であり、それはアンナのものだった。
一体何が起きたのか理解出来ずに健太がその場で呆然としていると、小屋の外から人の叫び声が響き渡る。
(…遠くから叫び声!? 誰の? 村人? アンナさん?)
それを聞いた健太は慌てて小屋の外に飛び出して声の方に視線を向けると、周辺の建物から火の手が上がっていた。
更に、遠巻きには逃げ惑う村人達と思わしき人々が何かに襲われている光景が視界に写る。
(な、なんで!? ここは村の中で…安全領域ってヤツなんじゃ…どうして…)
村は安全領域だとアンナさんは言っていたのに、どうみても村は【何か】に襲撃されていた。
暗がりで何に襲われているのかはよく分からないが、俺は辺りを見渡している最中に小屋の近くに倒れているアンナさんの姿を見つけて駆け寄った。
「ア、アンナさん! 大丈夫で…あ…あぁ…うわぁあぁああぁああぁあああ!!」
健太が駆け寄った先には、既に絶命しているアンナが横たわっていた。
その姿は惨たらしく、特に頭部の損傷などは酷い状態であり、もはやアンナだと認識できない程の有様だ。
それを直視してしまった健太は、思わず悲鳴を上げながら小屋の中に一目散に逃げ込む。
「なんでアンナさんが…うぉおええぇええ…」
脳裏に刻まれたアンナの悲惨な姿を思い出して思わず嘔吐する健太。
一方、ネポン村の中央では数名の襲撃者達が殺戮の限りを尽くしていた。
「これスゲェな! 戦闘不可解除だっけ? マジ運営もとんでもないチートアイテム実装したよな」
「そろそろサ終するんじゃねぇの? 解除アイテムメッチャ高いし…村レベル潰すアイテムだけで100万ぐらいするじゃん」
「えーマジかよ…俺結構これにブッこんでるんだけどなぁ!」
実は村を襲撃していた何かとはゲームプレイヤーであり、何かのアイテムの効果を得て本来は不可侵である安全領域で戦闘行為を行っていた。
しかも、プレイヤー達が殺害しているのはモンスターではなく村人であるNPC達であり、犠牲者のNPCの中には健太やアンナ同様に人間の意識が宿っている生体NPCも混ざっている。
逃げ惑うNPC達の絶叫が燃え盛る村内に響く中、プレイヤー達は平然と狩りを楽しむ様に雑談をしながら残虐行為を繰り広げていた。
「でも色々とマンネリ感でてるし先行き怪しいでしょ。定食コンテンツも何年もやってりゃ飽きるわ」
「おい! お前ら冒険者だろう! どうしてこんな…」
「あぁ? 黙れよモブ…俺達のエサの分際で吠えるな」
一人の屈強な村人が斧を片手に一人のプレイヤーに対峙する。
中身のあるNPCなのか定かではないが、勇敢にも暴挙を行うプレイヤー達に立ちはだかったのだ。
だが、そんな村人は意図も容易く瞬時にプレイヤーの装備していた大鎌によって身体を細切れに切り刻まれる。
その後も数名の村人がプレイヤー達に抵抗を試みるが、みな為す術なく返り討ちにされていく。
そもそもこの非道な殺戮は、つい先日ゲームに実装されたばかりの課金アイテムによって引き起こされたものだった。
アンリアルファンタジアの運営は新規コンテンツとして【戦記覇道】というアーネルトゥラストリア全域を対象とした陣取り合戦のようなコンテンツを実装しており、現在プレイヤー達は大きく五つの勢力に分散し、各エリアの主導権を巡って争っている。
そして、支配した領域では【覇王の免罪符】という課金アイテムが使用でき、免罪符のグレードに応じて支配地域のあらゆるオブジェクトを破壊できる権利が得られるのだ。
それは生きた人間が宿っているNPCすらも殺害することが可能であり、ゲーム内でヴィラン的な立ち位置を取っているプレイヤーが好んで使用していた。
彼らが殺戮行為に及んだ理由はロールプレイの他にもキャラ育成の特性によるものであり、PCやNPCの殺害によって特定のステータスが向上する恩恵を得られていたのだ。
ちなみにアンリアルファンタジアではNPCを含むPK(プレイヤー殺害)行為には主要都市へのアクセス禁止などの罪を清算するまでのペナルティが存在するのだが、エリアのレベルに応じた覇王の免罪符があれば強引にアクセス禁止エリアへも侵入できることから、新コンテンツの概要も相まって一部のヴィランプレイヤーの残虐行為に拍車がかかっていた。
大都市に比べて安価に攻め込むことが可能だったネポン村は運悪く、ヴィランプレイヤーが支配する地域に位置しており無残にもプレイヤー達の狩場とされてしまう。
加えて、殺戮を楽しむプレイヤー達はNPCについては高度AIが操作しているリアルな人形を殺害している程度の認識しかなく、実際に人殺しをしているなどとは思いもしていない。
また、殆どのプレイヤー達はNPCのリアルな挙動から倫理的に手を出すことはないのだが、ゲームとして割り切っているプレイヤー層はヴィランプレイヤー問わずに安全領域外にいるNPCを好んで殺し歩くものも一定数存在していた。
「これで全部か? どうだ?」
「いや、まだ生体反応残ってるぞ!」
「あー最初に殺した住人の家にもう一人残ってたみたいだな。おい、あぶり出してやれ」
村の住人を狩り尽くしたプレイヤー達は生き残りが居ないか探索している最中、周辺マップの民家の中に隠れている一人のNPCを見つけ出す。
それは小屋に逃げ込んでいた健太のことだった。
そして、一人のプレイヤーが面白半分で他のプレイヤーに健太の隠れている小屋に火を放つ様に命じる。
「任せろ! あの家も消し炭だ!」
指示を受けたプレイヤーは何の躊躇もなくその指示に従うと、呪文を唱え始めて小屋に向かって火球を放つ。