クエスト発生
思えば昨日のシチューから何も食べてなかった俺は、ゲーム世界だけどご飯の話を聞いて急に空腹を感じていたのだ。
更に欲を言えば、食事の機会にゲーム世界の知識をある程度聞ければ良かったが、話が拗れると思った俺はそのことについて尋ねるのを諦める。
(…よくよく考えると、ゲーム内の通貨とか何ももってないんだよな俺。持ち家もすぐにプレイヤー達に燃やされちゃったし…それに、やっぱり知らないことが多すぎる)
ゲーム内のことについて色々とエレノアから情報を得たかったシキだが、咄嗟についてしまった嘘が巡り巡ってその機会を奪ってしまっていた。
嘘をついたことを謝罪して、素直に現状を話すという選択肢も考えたのだが、やはり知り合って間もないエレノアに流石にすべてを打ち明ける決心には至らず、万一にも自分の特殊な状態が公になれば、自身の存在がゲーム内から抹消されてしまうリスクを恐れて黙っていることにする。
(ゲームのことはまた別に人にでも聞くか…どうやら近くに村もあるみたいだし)
「お母さんもういいの?」
「お待たせエリス。そうそう、お兄さんもお昼を食べていくことになったから食器を用意してくれるかしら?」
「そうなんだ…分かった!」
二人が部屋を出てリビングの様な場所に向かうと、そこには椅子に座って大人しく母親を待っていたエリスの姿があった。
エレノアはエリスに昼食のことを伝えると、エリスは勢いよく椅子から降りて食事の準備を手伝い始める。
「あの、俺も何か手伝いを…」
慌ただしく昼食の準備を始める二人を目にし、自分も手伝えることはないかと申し出るシキ。
それを聞いたエレノアは問題ないと返答してシキを椅子に座らせる。
「大丈夫。シキくんは座ってて、すぐに準備するから!」
「色々すいません…」
「いいのよ! 困った時はお互い様よ…一応私達は【同僚】みたいなものなんだからね」
(同僚か…一応同じ職場、Nebulaで働いてるんだよな俺達って。そんな実感は全然ないけどな)
この世界には俺たちの様なゲームのパーツにされた沢山の人間が生活している。
【同僚】という言葉はいまいちピンと来ないが、アンナさんやエレノアさんの様な人達に早々に出会えたことは幸運だろう。
もし自分が逆の立場だったら、果たして他の生体NPCを助けてあげる余裕などあったのだろうかと俺は思わず自問自答してしまった。
それから程なくして、食器を並べ終えたエリスがシキの隣に座って自己紹介を始める。
最初はシキのことを警戒していた様子だったが、母として認識しているエレノアがシキに親しげに接しているのを見て警戒を解いたようだった。
それが純粋な子供の反応なのか、AIによる状況理解なのかは定かでなないが、少なくともシキにはそんな邪推すら考える余地もないほどエリスは普通の子供に見えている。
「私はエリス! お兄ちゃんの名前は? ねぇ、どうしてウチの納屋で倒れてたの? お母さんと何を話していたの?」
シキに名乗ると、そのまま一気にシキを質問攻めにするエリス。
子供の扱いに慣れてないシキは若干困惑しつつも、笑顔でそれに答える。
「あぁ、俺はシキ…倒れてたというか寝てたというか…納屋を借りたのは少し休ませてもらいたくて…勝手に入ってゴメンね。お母さんには旅の話とか―」
「シキお兄ちゃんって冒険者なの?」
「えっ…」
旅をしているという話に反応したのか、唐突にエリスちゃんに冒険者なのかと尋ねられる。
その聞きなれない単語に一瞬俺は思考が停止してしまう。
恐らくそれはプレイヤー達をゲーム内で総称する様な意味合いなのだろうが、今の自分は未知の土地を旅をしているという意味では冒険者だ。
この時の俺は質問の意味もよく考えず、咄嗟にそうだと返答してしまった。
「…まぁそうなのかな…うん」
「モンスター倒せる?」
「えっ、あーまぁ…」
その後のエリスの質問にも、GM武器を所有していることもあって見たことも倒したこともないモンスターを倒せるとつい子供の前で見栄を張るシキ。
だが、その直後に事態は予想外の展開を迎える。
一通りの質問を終えたエリスが、急に意味不明なことを呟き始めたのだ。
「凄い! それじゃお願い…北の洞窟に出かけたお父さんを探してきてくれる?」
「は? え?」
突然のエリスの発言に困惑するシキ。
実はこの時、意図せずエリスが本来もっていた役割をシキが目覚めさせてしまったのだ。
その役割とはクエストの提供であり、偶然にも武器を所有していたシキが会話を進めたことが引き金となってクエスト発生の条件が満たされ、エリスからクエスト発注がされてしまった。
それと同時にシキの視界にクエスト受注の選択肢が表示される。
(なんだこれ? 【クエスト:帰らずの洞窟】を受注しますかって選択肢が空中に…)
「エリス! どうしたの?」
突然のクエスト受注の画像が眼前に表示されてシキが困惑する傍らで、やり取りを近くで聞いていたエレノアも驚いた顔で娘に駆け寄って声をかける。
だが、既にエリスはクエスト消化を待つ特定の返答しかできなくなっていた。