娘の正体
そもそも、企業への生活保護申請は22歳以上と法律で決まっていて、基本的に子供が生活保護を受けることはあり得なかった。
経済格差や秩序が失われつつあるクソみたいな現代でも、未来投資という観点から子供の育成に関しては辛うじて旧時代の人道的な支援が今も続けられている。
同時に22歳未満の子供がいる家庭に関しては、生活が特例として国と企業から最低限保障されており、その間に両親が企業への生活保護申請もできないハズだったのだ。
その代わり、22歳までに何かしらの有益な可能性を示せなければ、コネや金のない人間は問答無用で企業の奴隷にされたのだが…
(Nebulaが余程の畜生企業じゃなければ、流石に子供を生体NPCにするなんて考えられない…まぁ、だからって俺たちをパーツ扱いする神経もまともじゃないけどな…ってか、俺もしかして地雷踏んだ?)
質問をしてから、その内容が踏み込み過ぎたモノだったのではないかと後悔するシキ。
一方でエレノアはその問いの返答に少し悩む様子を見せるが、程なくして自分とエリスの関係について説明を始める。
「…エリスは…あの子は私の実の子供じゃないわ。この世界に元から存在している普通のNPC…ちょっと色々あって私がお母さんやってるの。もう一緒に暮らす様になってから…そうね、もうかれこれ5年は経つかな」
シキが想像していたような闇の深い事実ではなく、エリスはエレノアが保護していたゲーム内に元から存在していたNPCだと明かされる。
それでもNPCを我が子としているエレノアの対応にシキは驚いた。
「ゲームのNPCを子供に!?」
「そんなに驚かないでよ…色々訳アリって言ったでしょ? それに、ただのNPCでもあの子達には限られているけど意思もあるの」
「NPCの意思?」
エリスという名の少女の正体はゲーム内のAIMPCであり、安全領域の外で何故か一人ぼっちだったのをエレノアさんが保護したらしい。
どういう役割を与えられたNPCなのかも分からないらしく、暫く生活を共にしていたらいつの間にか自分のことを母親として認識するようになったとか。
そして、保護した少女はまるで【子供を演じている】かのように感じられ、5年も同居しているのに全く精神などが成長してないのだという。
ただ、それでも共に生活を続けていくウチの愛情が芽生え、今ではかけがえのない我が子として可愛がっていると笑顔で話してくれた。
(…そういうことだったのか。でも、5年経っても何を変わらないんだな…まぁ、ゲームの中なんだから当たり前か)
シキにとってのゲーム世界でのAIといえば、シナモンを除けばエリスが初めて遭遇した純粋なNPCだった。
ゲーム世界に元から生活しているNPCは、与えられた素養を超えるような成長や行動はしないように制御されてはいるのだが、シキが感じたエリスの印象は本物の子供のようであり、長く一緒に居れば感覚が狂ってしまうのも理解できるかもと考える。
「あの…急に立ち入ったことを聞いてしまってすいません」
「気にしないで、それじゃ今度は私の番って訳じゃないけど…その剣はどうしたの? 武器を所有している生体NPCって珍しくてね。…ちょっと気になってたのよ。あーその包帯は鞘が見当たらなかったから勝手に巻かせて貰ったの。エリスが勝手に触りでもしたら危ないからね」
「いや…この剣はその…包帯の件は全然問題ないですよ! 寧ろ危なっかしくてスイマセン…」
(あれ? もしかして武器を持ってるヤツって珍しいのか? どうしよう…今更ゲーム初心者なんて言ったらなんか面倒なことになるか? とくにコイツの出所なんて聞かれたらマズイな)
話の流れで武器を所有している生体NPCが珍しいと言われ、ゲーム初心者であることを打ち明けられなくなってしまうシキ。
また、所有しているGM武器の出所などを詮索されるのも避けたかった。
そもそも、ゲーム内で生体NPCが武器を所有している状態が珍しい理由は、シキ自身も味わった激しい痛みや死のリスクが存在するからである。
それ故に生体NPCの立場で戦闘関連の職業に就くものはそもそも珍しく、ゲーム世界で暮らし始めたごく初期に憧れや興味本位で初歩的なレクチャーを受ける者は居るのだが、そのほとんどが訓練で受ける苦痛や恐怖に耐えられずに逃げ出してしまうのだ。
「ホントに生体NPCで冒険に出る人って珍しいのよ。私だって、ここに来た頃はそういうのもいいかなと思ってたんだけど…もう全然ダメ…シキくんはそういう才能があるのかもね。だから今回もなんとかなったのかもよ?」
「才能なんてそんな…まだまだ冒険なんて言えるレベルじゃないですよ」
幸いにもエレノア自身が武器の知識に乏しいこともあり、シキの所有している武器に関してそれ以上の追求をしてくることはなかった。
エレノアにとっては剣は剣にしか認識できず、元から武器に興味もないのだ。
実はシキが所有するGM武器の外装は【グラム】と呼ばれる【魔剣カテゴリー】に属するレアアイテムの見た目であり、これが普段から刀剣を扱う鍛冶職のような生体NPCやプレイヤー達に見つかっていたら剣の見た目だけでも面倒なことになっていた。
シナモンはそれを知ってか知らずか放置しており、この時は運よく知らぬ間にトラブルを回避することができたシキ。
「ここまで来るのだって、モンスターとかに襲われて大変じゃなかった?」
「あーいえ、それも運よくどうにかという感じで…」
「そんなに謙遜しないで、運も実力のウチってやつよ♪ さて、そんなラッキーくんにはお昼でもご馳走しちゃおうかな? メルディランへは別に急いでないんでしょ?」
「プレイヤーに襲われてるから運はよくないかと思いますけど…あ、お昼ですか?」
それから俺はプレイヤー達の魔の手からの生還祝い? にエレノアさんの好意でお昼をご馳走することになった。
勝手に敷地内に入り込んだ挙句、寝床を提供してもらいながらご飯まで貰うなんて図々しいと思いながらも、例のチート武器以外は何も持っていない俺はその好意に甘えることにする。