混乱の目覚め
見知らぬ部屋で目覚めた俺だが、あのチート武器である剣が消えてパニックになる。
そこが何処かというよりも、俺は剣のことで頭がいっぱいだった。
俺自身は不死かもしれないが、あの武器を失えばプレイヤー達を退かせることできないからだ。
「剣…GM武器は!? 何処だ!?」
目覚めた直後、GM武器がなくなっていることに気が付いたシキは慌ててベッドから飛び起き周囲を見渡す。
シキにとってGM武器はこの世界でプレイヤー達よりも優位に立ち回るためには必要不可欠なモノであり、GM武器を無くせば今後遭遇するであろうプレイヤー達に太刀打ちできなくなってしまうからだ。
だが、慌てふためくシキの心情とは裏腹に、GM武器は部屋の隅に包帯の様なモノを巻かれた状態で立てかけられていた。
それを見つけたシキは安堵の表情を浮かべ、すぐさまGM武器の元に駆け寄る。
「あった!…はぁ、心臓が止まるかと思った…」
何故か刀身には包帯の様なモノが巻かれているが、とにかく剣が見つかって一安心だ。
この剣がなければ、俺はこの世界では無力なサンドバックでしかないだろう。
昨日の様にプレイヤー達に襲われれば、永遠とも思えるような苦痛を味わいながら精神崩壊させられるかもと思うと気がおかしくなりそうだ。
今でも俺の胴体をぱっくり切り裂いたあの大鎌のことは、その痛みの記憶と共に脳裏に鮮明に残っている。
(もう、あんな痛みは二度と体験したくない…本当にすぐに見つかってよかった…)
GM武器を抱き抱えながら改めて安堵するシキ。
そして、直後にシキの背後で何者かの声が響く。
「あら、ごめんなさいね。物騒だから刃に包帯を巻かせてもらったんだけど…キミ大丈夫?」
「っ!?」
その声にシキは身体をビクンと反応させ、咄嗟に背後を振り返る。
そこには一人のエプロン姿の女性の姿があった。
女性は30代程度と思われる容姿であり、剣を後生大事に抱きかかえるシキを心配そうに見つめる。
「あ、アナタは?…それにここは…」
剣を抱えながらポカンとした表情で状況を尋ねるシキ。
偶然にも女性はアンナを思わせるような雰囲気であり、敵意があるようには感じられなかった。
やがてシキの問いかけに女性は答えようとすると、その背後から先程の少女がさっと姿を現し、ムスっとした表情でシキに文句を言い始める、
「お兄ちゃんがウチの納屋で倒れてたんじゃない! 助けてくれたお母さんにお礼は?」
「こらエリス! いいからアナタは下がってなさい。お母さんはこのお兄さんとちょっとお話があるから」
「えーっ!? でもお母さん…」
どうやら無人だと思っていた小屋は所有者が居たようであり、シキはNPCが管理する敷地内で行き倒れになっていたと勘違いされ、女性によって部屋に運び込まれていたのだ。
意図せず親子の敷地に勝手に入り込んでしまっていたシキだったが、子供の母親と思わしき人物は怒っている様子はなかった。
母親はシキに怒るエリスという名の自分の娘を下がらせると、シキと話があると言って娘のエリスを部屋から追い出そうとする。
その指示にエリスは不満を漏らすが、母親がエリスの耳元で何かを呟くと、どういう訳か途端に笑みを浮かべながら大人しくその指示にしたがってエリスは部屋から走り去った。
「あの、すいません。…てっきり無人の小屋だと思ってて」
エリスが去った後、何となく自身の状況を察したシキは母親に平謝りする。
すると、母親はニコリとほほ笑んでこう告げた。
「別に気にしないでいいわよ。それにしても大丈夫?…キミ…中身アリでしょ?」
「えっ…中身って…」
質問の意味が咄嗟に理解できず、思わず首を傾げるシキ。
それはシキが生体NPCなのかという質問だった。
そして、母親は自分も生体NPCであることをシキに伝える。
「生体NPCかってことよ、ちなみに私もそうなんだけどね」
「あっ…そういう…」
彼女の名はエレノア。
俺と同じくゲーム内で暮らす生体NPCであり、所有している納屋で寝ていた俺を行き倒れだと勘違いして助けてくれたらしい。
エレノアさん曰く、とても寝ている様には見えなかったとか…一体俺はどんな姿で寝ていたのだろうか。
そして、そんな変わった行動をするのは【中身アリ】、つまり生体NPCであると判断したという。
「それで、シキくんはどうしてあんな場所で? 」
「…えっと、それはですね…」
エレノアに事情を尋ねられ、とりあえずシキは話せる範囲で今の自分の状況を説明した。
GM武器のことやシナモンのことなどは伏せておき、メルディラン王国に向かう旅の途中で立ち寄った村でプレイヤー達に襲われ、命からがら逃げ伸びたと話す。
部屋を提供してくれたエレノアに嘘を話すのは後ろめたさを感じてはいたシキだが、出会って間もないエレノアに真実を伝える訳にもいかず、所々話に嘘を混ぜて誤魔化すことにしたのだ。
「そう、メルディランに向かっている途中でプレイヤー達に襲われたのね。運が悪かったと言いたいところだけど…村の中で襲われたって言ったわよね? だとしたら、あの噂は本当だったのかしら…」
「…噂?」
「ええ、安全領域内で私達を攻撃できるアイテムが実装されたらしいのよ。アナタの話が本当なら、残念だけど真実みたいね…はぁ」
「…」
エレノアを含め、ゲーム内の生体NPC達には安全領域を突破できる課金アイテム、覇王の免罪符の実装については知らされていなかった。
だか、人づてに安全領域の中でプレイヤー達がNPC達の虐殺を行っているという噂は既に近隣に広まっており、実際に襲われたと証言するシキの言葉を聞いて大きなため息をつくエレノア。
そして、プレイヤー達の攻撃のことについてもっと詳しく教えて欲しいとシキに詰め寄る。
「ねぇ、ところで襲われたその村はどうなったの? どうやってアナタはプレイヤー達から逃げきれたの?」
「いや…それは…俺も逃げるのに無我夢中だったから…でも、多分村人のほとんどは…俺はホントに運が良かっただけで…」
実際、運がいいというのは事実だ。
アンナさんを含め、俺の知る限りじゃ村人に生存者は居なかったハズ。
それにどういう訳か、例のマーキングとは別にプレイヤー達は俺たちの位置を完全に把握していたからだ。
俺だってあの時、もしバグが発生していなければあのまま確実に死んでいただろう。
実際にプレイヤーに攻撃されて死にそうになってた訳だし。
村は全滅し、自分はたまたま助かっただけだと語るシキ。
その絶望の報告を聞いたエレノアの表情が一層曇る。
安全領域という絶対的な安寧を奪われ、今度は自分達の村が襲われるのではないかと考えたからだ。
それから暫く沈黙が続き、話題を変えようと先に口を開いたのはシキだった。
「あ、あの! …気に障ったら申し訳ないんですが、娘さんとはどういう関係なんですか? ここゲームだと思うんですけど…まさか親子で生活保護を?」
話題を変えるためにシキが尋ねたのはエレノアの娘とされているエリスのことであり、ゲーム世界の事情には疎いシキだが、流石に仮想世界で子供を授かる行為…妊娠などは不可能ではないかと先程から疑問に感じていたのだ。