夜明け
ゲームの世界では疲れ知らずのハズだが、それでも歩き続けていると何故か疲れてくる。
あのまま平穏に村で過ごせていたら、俺はあの小屋のベッドで今頃は寝ていた頃だろうか…
(クソ…なんでこんなことになってるんだ。…あのAIに言われるがままに北を目指してるけどホントにこれでよかったのか…)
成り行きでシナモンに協力することになった現状を憂いながら、暗闇の平原の中をひたすら北を目指して歩き続けるシキ。
ゲーム世界では歩行による疲労感などは本来は感じない設定なのだが、それでも精神の疲弊が肉体的な疲れを錯覚させていた。
それは視界不良や目的地までの距離が不明瞭などの心理的要因によるものである。
(まぁ、仮に平穏な暮らしを手にしていたとしても、俺の命は運営やプレイヤー達に握られているようなもの…でも、少なくとも今の俺は一方的にプレイヤー達やモンスターに狩られる心配はない。それがないだけでも全然マシなのかねぇ…)
ゲーム世界に来てから早々に安全と言われた場所でプレイヤー達に襲われ、ゲーム世界は現実以上に危険な場所だと否応なしに理解させられていた俺。
そして、偶然手にしたゲーム世界の中で優位に立ち回れる力。
考えようによっては、もしかしたら物凄く幸運だったのかもしれないと考える。
そう考えれば現状は決して悪い状況ではない。
現状をポジティブに捉え、手に持っている剣の方にチラリと視線を送るシキ。
不死のバグやGM武器の所有により、ある種の全能感の様なものを得た気になっていた。
安全領域外を普通に歩けるのもその力の恩恵であり、多少の疲れ程度で文句を言ってもしょうがいないと考える。
ただ、そんな無敵に近しい存在となったシキなのだが、ここまでの道中でプレイヤーやモンスターとの遭遇が一度もないことに疑問を感じていた。
特にモンスターなどは常にフィールド内を徘徊しているイメージを持っていたシキ。
しかし、実際にはその姿すら確認できていなかった。
(遭遇したらしたらで対応に困るけど、ここまで誰の姿も見てないな…夜だからか? それに、モンスターとかは夜中の方が活発そうなイメージだけど…全然見かけないな)
遊び半分で俺を襲ってくるプレイヤーや、この辺のモンスターに襲われる事態なんかを想像していたけど、道中はそんな俺の想像とは裏腹に平和そのもの。
プレイヤーはともかくとして、モンスターの姿を全く見かけなのはゲームとして問題ないじゃないかと思うほどだ。
安全領域外の環境は拍子抜けする程に平穏であり、シキがアンナから聞いていたものとは異なる状況だった。
その理由だが、まずプレイヤー達と遭遇しない理由は広大なMAP領域を有するアーネルトゥラストリアでのプレイヤーの移動手段は主にゲーム内通貨を利用したファストトラベルであり、特別なクエストでもない限りはプレイヤー達がMAPを移動することは既に文化としては廃れていた。
各プレイヤー達の拠点となっている都市周辺であれば別だが、現在位置から一番近いヴァルティーナからも距離があるその場所を通過するプレイヤーの姿は皆無である。
無論、安全領域外でプレイヤーと遭遇した場合に襲われるリスクがあることには変わりない。
そして、モンスターとの遭遇が起きないのはGM武器を抜刀状態で携帯していることが理由である。
本来、フィールドのモンスターは自身よりも格下である存在には襲い掛かるようにプログラムされているのだが、逆に格上の存在から身を隠すように設定されていた。
シキはGM武器によるステータス補正でゲーム内での最上位の存在と化しており、それ故にモンスターの方から避けられていたのだ。
アンリアルファンタジアの歴史や知識に乏しいシキがそれらに気が付くことはなく、不可解に感じながらもそのまま先に進む。
(…もう夜明けか……ん? あれは…)
やがて、辺りが徐々に明るくなり始めた頃、シキの視線の先に小さな小屋が映る。
そのまま小屋を素通りすることも出来たのだが、ふとシキはアンナのもう一つの警告を思い出して少しだけ小屋の中で休むことにした。
(…ふぅ、少し休むだけならいいよな。……外じゃプレイヤーに遭遇するかもしれないし…)
それは休む演技でしかないのかもしれないけど、俺は道中で見つけた小屋の中で少しだけ仮眠を取ることにする。
ゲームの世界だろうが疲労感は感じ、アンナさんが言っていた通り休息は必要だと身をもって体験したからだ。
また、運よくその小屋は無人であり、いくら不死といっても流石に野外で堂々と仮眠する訳にはいかないと考えていた俺には丁度よかった。
万一にも意識のない状態でプレイヤーに遭遇することは避けたいからだ。
シキが道中で見つけた小屋は納屋の様な場所であり、人が居住するようなスペースでは無く無人の物置のような場所だった。
現状でプレイヤーと遭遇する可能性は極めて低い状況だったが、それを知らないシキは人目を避けて休める場所を探していたのだ。
加えて小屋は施錠はされておらず、そっと小屋の中に入り込むシキ。
そして、小屋の奥で藁の塊を見つけると、とりあえずそこを寝床として利用することにする。
(ここがいいかもな…よし、ここで少しだけ―)
当初は2~3時間の短い仮眠を取るだけのつもりだったが、藁の上に倒れた瞬間に意識を失うように深い眠りにつくシキ。
自身で考えている以上に精神的な疲労が蓄積していたのか、GM武器を手に握ったまま眠ってしまう。
否応なしに理不尽な契約でゲーム世界での生活を強要され、挙句の果てにその日のウチに殺されそうにもなり、最終的には怪しげなAIの提案でゲームサービス継続という名の世界救済に協力することになったのだから当たり前の反応でもある。
やがて完全に夜が明け、朝日が昇りきってもシキは一向に目覚める気配がなかった。
当初は短い仮眠のハズが、完全な熟睡となっていたのだ。
そして次にシキが深い眠りから目覚めた時、そこはどういう訳か藁の上ではなく見知らぬ室内にあるベッドの上だった。
(……んっ…なんだ…ここ…何か気配を…)
藁とは違う柔らかい何かの上で目覚めた俺。
視界がボヤけてハッキリしないが、誰かの気配も感じる。
ふと視線を気配の方に向けると、そこには見知らぬ子ども…少女の姿があり、少女はジッと俺のことを見つめていた。
(………ここは…そうか…俺は―)
「あっ!起きた!お母さん起きた!」
何故かいつの間にか小屋の藁の上から、見知らぬ家のベッドの上に移されていたシキ。
目覚めた際に傍らにいた謎の少女は、目覚めたシキを見て大きな声を上げながら自分の母親を呼びに部屋を飛び出す。
一方、その場に残されたシキは未だに意識がハッキリせず、まるで寝起きのような反応を示していた。
「うぅ…う~ん…」
改めてここが本当にゲームの中なのかと問いかけたくなる。
目覚めた直後の体の反応は外の世界のそれと全く同じだったからだ。
だが、意識が覚醒した直後に俺が最初に気にしたのは剣…GM武器のことだった。
「…っ!? 剣は?」
眠る前、確かに俺の手の中にあった剣。
だが、既に俺の手からあの剣は消えていた。
咄嗟に手の届く範囲を探るが剣の姿は無く、俺は慌ててベッドから飛び起きる。