世界の救済
GM武器を手にした全能感も後押しになり、シナモンの指示を受け入れることにした健太。
だが、当面のターゲットであるヴィランプレイヤー達の所在をしらない健太は、その所在について尋ねる。
「それで、肝心のヴィランプレイヤーって何処に居るんだ? この辺に居ればまた勝手に襲ってくるのか?」
「この辺のエリアはヴィランプレイヤーの支配地域なので遭遇する可能性はありますが、既に近場の村は彼らに焼かれて住人のNPCも殺害されてますからねぇ…より多くのプレイヤー達を探すならまずはココから北にある【メルディラン王国】と呼ばれるエリアを目指してみてはどうでしょうか?」
「王国?…そこに行けばヴィランプレイヤーが見つかるのか? でも、多いって具体的には何人ぐらい居るんだ? 流石にその…プレイヤー達のアジトというか、拠点みたいな場所に行くのは嫌だからな!」
そこまで大胆な行動にでるつもりではない健太は、シナモンが移動を進める場所がプレイヤー達の巣窟なのではないのかと勘繰る。
すると、シナモンはそれを否定して説明を続けるのだが、アンリアルファンタジアのゲーム知識に乏しい健太は聞きなれない単語の数々に困惑してしまう。
「安心してください。メルディラン王国はヴァルティーナの衛星都市であり、プレイヤー達のホームタウンではありせんよ。当面の拠点として規模が大きい都市なので進めただけです」
「???…いや、ヴァル…衛星都市? ホームタウン? 何を言ってるのかサッパリなんだが…」
自分の現在地も分からない俺は、それからシナモンにゲームMAP、アーネルトゥラストリアの地理について説明を受けた。
アーネルトゥラストリアには大きく五大国家都市と呼ばれるプレイヤー達の拠点になる都市があるらしく、ここから一番近いのが【ヴァルティーナ】と呼ばれる国にある都市だった。
ヴァルティーナには都市特性の都合でヴィランプレイを好むユーザー達が集まるのだという。
他の四つの国家についての説明は省かれたが、今はゲームのイベントでそれぞれの国家で領土の奪い合い、陣取り合戦をしているらしい。
そして、移動を進められたメルディラン王国はNPC達が主に居住する地域であり、今はヴァルティーナの領土になっているのだとか。
シナモンは当面そこを拠点にし、ヴァルティーナに所属するプレイヤー達の乱暴な行為をできる限り邪魔しろと言う。
「―という感じです。まぁ、到着した際には否応なしに対応を求められるかと」
「?」
メルディラン王国にたどり着けば、自然と自分の役割が分かると意味深なことを伝えるシナモン。
そして、そのままシナモンは何かを思い出したかのように会話を切り替える。
「あーそうそう! お話するのをスッかり忘れてましたが、先ほどのプレイヤー達がアナタのことを【死鬼】と呼称し始めました。由来は即死技をばら撒く鬼の様なモンスターということらしいですね。丁度いいので運営への偽装工作の一環として、GM武器を持った状態でプレイヤーと今後対峙した場合は相手側にはアナタがモンスターに視認できるように改変しましょうか。ビジュアルもその名に相応しいモノに設定しておきますよ」
「な、なんだよいきなり! ってか工作って大丈夫なのか? 俺は運営に修正…消されたりする心配はないのか?」
唐突に語られたのは、ラゾール達から得られた情報だった。
さらに、GM武器を装備した状態でプレイヤー達と対峙した際、今後はプレイヤー側には健太がモンスターと認識できるような視認改変をすると告げるシナモン。
それはプレイヤー達や運営の目を誤魔化すカモフラージュ目的だったが、そんなことをして大丈夫なのかと心配する健太。
そもそもカモフラージュ云々の前に、既に運営側にGM武器や自分の特性について露呈しているのではないかと心配する。
「まぁ、現状では問題ないかと。ゲーム不具合の修正・カスタマー対応などは全てAIに一任されてますから。無論、万一にもバレればアナタは即修正か最悪そのまま削除ですね」
シナモンはゲーム内の問題処理は全てAIに一任されていると話し、健太を安心させながらも最悪のケースについても語る。
「とりあえず話を聞く限りでは心配はなさそうだが、つまり俺の命は反乱AIに握られてるって訳か…」
即時の自分への処分は無さそうだと安堵する健太だが、ゲーム存続のためであればNebula社員を欺こうとするシナモンを冗談交じりに反乱AIと称してしまう。
理由はどうであれ、たとえそれが正論であっても内心では持ち主の意に反して行動し始めたシナモンを若干危険視していたのだ。
すると、それを聞いたシナモンはゲーム継続のために最善を尽くさない人間側の方に寧ろ問題あると言わんばかりに反論。
「ムムム、失礼ですね。私は反乱しているつもりはありませんよ!この世界を一日でも長く継続する使命を遂行するために最善の行動を心掛けているだけです」
「いや、ムキになるなよ…悪かったって、命がけはお互い様だったな」
予想外のシナモンの反応に、健太は互いの目的は一致していることからその場は謝罪して穏便に済ませようとする。
(まぁ、AIの反乱なんて俺には関係ないことだし…)
このまま何もしなければサービス終了で人生も終了にされるぐらいなら、シナモンの会社への背徳行為は俺にとってはどうでもよかった。
それにバグが運営にバレれば処分は免れないというのならシナモンに協力するしか道はない。
もうこんなことで言い争うよりも、俺はプレイヤー達が勝手に俺に付けた名前のことについて考えることにした。
「あーそういえば死鬼だっけ? 物騒な名前だよなぁ~」
「どうされました? 勝手に命名されて不快ですか?」
「いや、そうじゃなくて…実は騒ぎになる前にこっちで名乗る名前に悩んでたから…それにしようかなって…シキってさぁ…変かな?」
ふと、ゲーム内での自分の名前について改めて考える健太。
プレイヤー達が襲撃してくる間際、アンナと交わした最後のやり取りを思い出したのだ。
そのままで通すか、とりあえずアンナの思い付きのどちらかを選ぼうかと思っていたが、プレイヤー達が名付けた死鬼という名前に無性に惹かれ、それを自分の名前にすべきかどうかシナモンに尋ねる。
「人物の認識は固有IDで行っているので良し悪しの判断は出来かねますが…ご自身で気に入って決めたのであれば問題ないのでは?」
シナモンは固有名に興味はなかったが、健太が気に入ったのであればそれでいいのではないかと助言。
こうして健太がアーネルトゥラストリアで名乗る名前が決まった。
「じゃ、これからはシキ…シキ・インソーンって名乗るよ。 ナカムラケンタは確かにこの世界じゃ地味だしな」
名前を変えるつもりは無かったけど、ついでにアンナさんの案も混ぜてみた。
単純にシキだけでも良かったけど、最初に知り合ったアンナさんのことを忘れたくなかったんだ。
それにこんな状況だし、生まれ変わるという意味でも以前の名前は捨てることにした。
もし、俺がまた以前の名を名乗るとすれば、多分それはこのゲームの世界から解放された時だけだろう。
現状ではそんな日が訪れる可能性は無さそうだけど…
「それでは以降はアナタをシキさんとお呼びしますね」
「あ、あぁ…まだ慣れないけどな…よろしく」
聞きなれない自分の名称に戸惑いながらも、結婚して苗字が変わればこんな気持ちなのかと考えるシキ。
こうして新たな旅立ちのための準備がまた一つ整うのだが、直後にシナモンから再びとんでもないことを告げられる。
「さて、それでは暫くのお別れになりますが、共にゲーム継続のために頑張りましょう! そうそう、私の方でも最大限に【死鬼】の件は秘匿するつもりですが、GM武器の乱用は目立つので控えた方がいいですよ」
「あ、えっ…は? おい! もう行っちゃうのか? もっと色々教えてくれよ! サポートAIだろ?」
なんと、唐突に別れを切り出しその場から立ち去ろうとするシナモン。
余りにも突然のことでシキは困惑しながら引き留める。
シナモンにしてみればシキに伝えるべき必要な情報は全て共有したつもりだった様子だが、シキにとってはまだまだゲーム世界での情報は不足していた。
シキはゲーム情報を知りえるだけ得た状態で出発したかったのだが、シナモンは無常にもそれを断る。
「はて…シキさんはチュートリアル不要と設定されてますが…外でレクチャーは受けていないのですか? とにかく説明不要となっているのでサポートは出来かねます」
「はぁ!? いや、それは困る! まだ知らないことが多すぎるんだ!」
「お手数ですが現地のAINPCや生体NPCから情報を得てください」
シナモンの言い分では、チュートリアルによるサポートがデフォルトでOFF設定にされているシキには初歩的なゲーム説明もできないと言うのだ。
それを聞いたシキは、自らに起きた致命的なバグやゲーム運営への背徳行為などを企んでおきながら、今更それはないだろうと詰め寄る。
しかし、そんなシキの言葉をシナモンは無視し、無情にもその場から消えるように立ち去って行った。
「お、おい…待てよ! このクソAI! 俺のバグは黙認してるクセにそれぐらいいいだろ! おい! おいってば!」
それからシナモン…クソAIが再び俺の前に姿を現すことは一度も無かった。
自分の目的に必要な情報は提供するクセに、チュートリアルサポートは拒否するなんてとんでもない奴だ。
結局、一人その場に取り残された俺はトボトボとシナモンのアドバイスに従って薄暗い平原の北を目指して歩き始める。
こうして俺の第二の人生。
アーネルトゥラストリアでのNPCとしての波乱の生活が遂に始まった。