懐事情
プレイヤー達から身を隠すことに成功して安堵する健太。
もう追跡される心配はないのかとシナモンに尋ねる。
「いつの間にそんなもの…これで追跡される心配はないのか? プレイヤーって実質ゾンビみたいなものだし、いつまでも追われるのは嫌だぞ」
「ゾンビですか…確かにプレイヤー達は基本不死ですが、彼らにも経験値ロストがあるので不用意なゾンビアタックは避けるでしょう。まぁ、稀にムキになって無謀な行為を繰り返すプレイヤーの方もいらっしゃいますが…」
自分達とは違い、死亡後も何度も蘇生されるプレイヤー達をゾンビと比喩する健太。
それに対してシナモンは、再びプレイヤーが完全死亡時に発生する経験値ロストのデメリットを説明し、不用意には攻撃してこないであろうと話す。
「経験値のロスト…そっか、さっきも言ってたやつか…それですぐに再戦するのを避けたのか? で、ちなみにそれってどれぐらいの損失なんだ?」
「彼らのレベル帯ですと平均で500~600万の経験値が吹き飛びますね。…価値に換算すると日本円で20万円ほどの損失です」
「20万円!? マジかよ…それはキツイな」
経験値消失に伴う数値の価値換算を聞いて驚く健太。
この時代の日本でも20万円は決して安くない額であり、想像以上のペナルティの大きさに貧困層である健太はそれを聞いて驚く。
あくまでも時給などに換算した場合の金額ではあるのだが、プレイ時間が確保できないユーザーにとっては耐え難い損失だった。
そして、そんな時間的な損失を別の方法で穴埋めする方法があるとシナモンは説明を続ける。
「救済措置として、アンリアルファンタジアでは経験値復活アイテムも販売してますが、そちらを死後5時間以内に使用すれば1万円の損失で済みますよ。ちなみにアナタに殺されたプレイヤー達のほぼ全員が課金しています」
「うぇ…えぐい商売してんなぁ…20万分のプレイ時間を1時間で取り戻せるって聞くと何故か得に聞こえるもんな」
「あくまでも完全死亡時の際のペナルティですので、その場で蘇生された際は軽微の消失で済みますけどね。ただ、さっきもお伝えした通りGM武器での死亡は問答無用で完全死亡扱いです」
「うぇ…鬼畜な武器だな。まぁ、俺としてはその場で復活されると迷惑だから消えてくれた方が嬉しいけど」
確かに時間的な損失額を聞くと遥かに損失は抑えられるが、経験値の回復に1万は俺の金銭感覚では異常な金額だった。
けど、俺が驚いたのはそれをほとんどのプレイヤーが躊躇なく行っているということだ。
富裕層の連中は万札を使い捨てティシュのように思っているのだろうか? それともこのゲームに心酔ハマってるのか…どちらにせよ到底信じがたい。
そして、どうやら俺は知らぬ間にプレイヤー達に500万程度の損失と、27万分の課金を促せたことをシナモンから聞かされる。
「ってか、そんなみんな金をポンポンだせるならさぁ、心配しなくてもゲーム運営は安泰なんじゃないのか?」
別世界の様なプレイヤー達の金銭感覚に、何もせずともゲーム運営は安泰なのではとシナモンに尋ねる健太。
だが、シナモンは即座にそれを否定する。
「いえ、安泰とは言えないですね。赤字とまでは言いませんが、現状の課金ペースでは目標額には程遠いですね」
「そ、そうなのか…ちなみにどれぐらい売上があれば満足するんだよ?」
「月の売り上げが日本円換算で300億円程あれば満足域です」
「さ、300億!? しかも月!? ゲームってそんなに儲かるのか?」
確実な運営継続には月300億円の売り上げが必要になると聞いて驚愕する健太。
また、現状では100億前後の売り上げ状況が続いているらしく、シナモン曰くそれでは確実な運営継続は難しいと語る。
余りにも現実離れした額に健太は困惑するが、改めて自分に何をさせたいのかシナモンに尋ねた。
「で、そんな現状で俺に何の協力をしろって言うんだ? まさかこのチート武器でプレイヤー狩りでもしろって言わないよな? それで残りの売り上げの200億を稼げと?」
ゲーム運営継続のための協力が、地道なプレイヤーの殺害行為なのかと冗談半分で問いかける健太。
するとシナモンは、必要であればそれも手段の一つだと返答しながら、健太に求める協力のあり方について説明し始める。
「協力の件ですね? ゲームが存続するのであれば私は適度なプレイヤー狩りも否定しません。ですが、私が今のアナタに求めるのはプレイヤー達への未知の刺激…積極的な様々な面でのゲーム世界への干渉です」
「ゲーム世界への…干渉?」
「まぁ、少し話の幅が広がり過ぎましたので、当面の具体的な行動方針についてお伝えしますね―」
シナモンが俺に求めてきたゲーム世界への干渉。
現時点でのアンリアルファンタジアの問題点はコンテンツの定食化であり、一定のサイクル継続では大幅な売り上げ増加が困難らしい。
その現状を打破しようと、今はプレイヤー間を争わせるPVPの活性化と、NPCが殺害できるような目新しく過激なコンテンツなどを運営サイドは次々と実装をしてるらしいが、シナモン的にはその方針は長期運営を考えると反対らしい。
そして、当面の対応としてはまずはゲーム環境を荒らしているプレイヤー層の動きを俺に阻害して欲しいと依頼してきた。
具体的には【ヴィランプレイヤー】と呼ばれる、さっきの様な好戦的な連中の破壊活動を邪魔しろとのことだ。
「邪魔って言われても NPC狩りをしているような連中を片っ端から倒せばいいのか?」
「端的にはそうですね。当面はゲーム環境の秩序維持に努める様な行動をしていただければと…何気ないアナタの行動で生まれた小さな波紋が、やがてこのゲーム全体に良い影響を及ぼすことを信じています」
健太に当面のヴィランプレイヤーへの行動阻害を依頼するシナモンだが、肝心な部分は健太に丸投げ状態だった。
それは計画というよりも願望に近い様なモノであり、その活動がゲーム運営を継続させるために必要な残り200億の売り上げをカバーできるとは到底思えなかった健太はそれを指摘する。
「はぁ…でも、そんな地味な活動で200億なんて稼げるのか? 」
「いえ、すぐに200億稼ぐ必要はないですよ。少なくとも半年後の決算…ゲーム時間で約2年以内に状況を好転できればスケジュールに問題はないです。無論、大きな転換期が訪れた際には私の指示に従ってもらいますがね…」
「2年ねぇ、俺には百年あっても足らない気がするけどなぁ。 それに、大きな転換期ってなんだよ…お前なんか大事なことを俺に隠してないか?」
不足分の200億を早急に稼ぐ必要はなく、ゲーム時間での約2年間で状況を好転できれば問題ないと説明するシナモン。
加えてシナモンの中では健太を活用したゲーム継続のための施策が既に出来上がっている様子だが、その全容をその場で健太に説明するつもりはなかった。
健太はあきらかに説明不足なシナモンに不信感を抱き、隠し事がないか問い詰める。
だが、シナモンはとにかく当面は秩序維持に努め、時がきたら改めて指示を出すの一点張りだった。
「隠し事なんてありませんよ! 小さな事からコツコツ…どんな物事でも順序立てて遂行していく必要があるだけです。それに、一度に色々とお伝えしても理解できないと思いますよ?」
「おまっ……くっ…まぁいい、一方的にプレイヤー達に狩られるよりは全然マシだしな」
シナモンの挑発的な態度に苛立ちながらも、一定の納得を示す健太。
「それでは協力して頂けるという認識で問題ないですね?」
「まぁ…そうだな…行く当てもないし…」
そもそも、俺はゲーム世界での目的が全くなかった。
騙されてゲームの世界で暮らすことになり、のんびり暮らそうにもプレイヤー達の残虐行為で与えられた生活環境も滅茶苦茶。
挙句の果てに遠くない未来に起こるゲームのサービス終了と共に俺の人生まで終了するときた。
シナモンのことは完全に信用していないが、どうせなら偶然手に入れたこの強大な力で世界の救世主になるのも悪くないと思ったんだ。