世界の継続
俺は今、色々あってゲーム…
MMORPGの世界で暮らしている。
そして、この世界には未曾有の危機が訪れていた―
それは【サービス終了】だ。
邪悪な魔王や、異星からの侵略者なんて生易しいものじゃない。
サービス終了はそれまで積み上げてきたあらゆるモノを無に還してしまう。
サ終するぐらいのゲームとなると、既に遊ぶ側の人間の大多数にとってはどうでもいい出来事だが、この世界でリアルに暮らしている俺にとっては人生終了を意味しており、今の俺は必死になってこのクソゲー世界を生き長らえさせようと躍起になっていた。
具体的にこの世界を救うために必要な要素はシンプルにゲームの【売り上げ】であり、売り上げのためにプレイヤー達が【課金】したくなるような状況を日夜努力して俺は築いている。
まるで運営の真似事みたいな行為だが、こっちは命がけのマネタイズだ。
でも、そもそもどうして俺がゲームの世界で暮らすことになったり、ゲームの中で運営の手助けの様なことをしているのかというと話せば長くなる。
あれはそう、半年前ぐらい前のことだ―
未来の日本はとことん落ちぶれていた。
2062年時点でかつての社会構造は完全に崩壊。
貧富の格差が致命的なレベルにまで達し、冗談抜きで親ガチャ時代が到来してしまっていた。
この時代では旧時代の様に富や家柄が全てであり、何もかもが生まれた時に決まっている。
ごく稀に這いあがれるのは何かに突出した能力や個性を持っている天才だけで、平凡・平均として扱われる人間には未来も希望もない。
つまり現代視点の【普通】だけではまともに生活していくことも出来なくなってしまったのだ。
この物語の主人公である【中村 健太】も家柄に恵まれず、本人自体も様々な面で平凡な日本男子だった。
故に23歳にして人生の岐路に立たされることに。
「はぁ…23歳で生活保護って…もうどうなってんだよこの国は。消費税もついに30%超えちゃったり」
俺は残念ながら親ガチャにハズレ、仕事もなくこれから生活保護の申請に向かう途中だった。
周りはもっと頑張れ、必死さが足りないと口々にそういうが、生まれた時から全て決まっているこの国でどう頑張ればいいんだ?
それに、俺は俺なりに精一杯今日まで生きて来たつもりだ。
大学を卒業して一年間は両親がなんとか支えてくれたけど、仕事なんて見つかるというかそもそも求人がない。
健太は特に優れた長所もないが、目立った短所もない平均的な人物。
故にこの時代の日本には彼の様な平均的な人間の居場所がそもそも存在していなかった。
長い年月の経過と共にジワジワと腐り続けた日本は、ついに平凡と呼ばれる中間層の居場所までもが完全に失われていたのだ。
僅かに存在する求人は、人材育成という概念が消え去った現在では完全実力主義に置き換わり、社会に求められているのは即戦力の優秀な突出人材のみ。
その一方で、生まれた時点で上級国民の一握りの子供達はその親の地位や富の規模に応じて、なんの苦も無く約束された怠惰な人生を謳歌していた。
可もなく不可もなく平凡な義務教育生活を過ごしていた健太の様な下級国民には始めから未来はなく、少子化で義務化した大学の卒業と共に早々に社会での居場所を失っていたのだ。
そして、そんな健太の様な持たざる若人達が辿り着くのが【生活保護】である。
「ここがNebulaか…あぁ、普通に入社できてればなぁ…」
失意の健太が生活保護の申請に訪れたのは役所ではなく、何故か都心にある世界的な大手ゲームメーカー【Nebula】の日本法人ビルだった。
この時代での生活保護は国が支援するモノでは既になくなっており、企業単位で一個人の生活を保障するような制度と変容していたのだ。
だだ、一定の暮らしが企業から保証される代わりに【市民権】の消失処理が実施され、それは実質的には【人権剥奪】・【奴隷化】とも世間ではささやかれていた。
それでも他に選択肢がない健太の様な人種は否応なしに大企業の生活保護を申請するしか生きていく手段が残っておらず、この日もNebulaのビルには健太も含めて大勢の若者達が集まっている。
「えー、中村さんは弊社の生活保護を希望されているとのことですが、どうして弊社の生活保護を選ばれたのですか?」
「は、はい…私は―」
企業に生活保護が受理されると、申請した企業で終身雇用となる。
終身とは定年などではなく、文字通り死ぬまでその企業で働かされることだ。
給料もなく、事前に契約を交わした条件で永遠にコキ使われる。
大げさに言えば命を捧げることにも等しい。
誰だってそんな理不尽な契約を結びたくはないが、これが今の日本の現実だ。
生活保護が嫌で死を選ぶ人たちも大勢いるが、この高度な監視社会では昔の様に好き勝手に死ぬのは難度が多少高い。
大抵の自殺志願者は政府に捕らわれ、死ぬことも許されずロボトミー手術を受けさせられて自由意思を奪われた挙句に過酷な環境下で強制労働を強制される。
それを【死】と認識することもできるけど、俺はそんな最後はごめんだ。
また、ウチのような中の上ぐらいの家庭はギリギリ両親に愛があれば子供一人程度なら支えることも可能であり、俺も両親に最後まで生活保護の申請を反対されていた。
けど、これ以上は両親に迷惑を掛けたくなかった俺はNebulaへの生活保護申請を決意したんだ。
過去や生まれ、今後の人生を悲観しながらNebulaの担当社員との面談をする健太。
生活保護申請をする人間の多くは、少しでも最下層社会の中でもマシな立ち位置を確保しようと、自分の趣味や得意と思っているジャンルの生活保護を申請する傾向があった。
かくいう健太もその例外ではなく、ゲーム好きということもあってゲームメーカーであるNebulaの生活保護を申請したのだ。
「ウチは人気ホワイト企業で高倍率ですが、中村さんはゲーム好きでまだお若い…弊社でも是非とも保護を前向きに検討させていただきたいです」
健太の持参した書類を確認すると、笑みを浮かべてそう告げる担当。
思いのほか好印象だったことに健太はホッと胸を撫でおろす。
担当が言うようにNebulaの生活保護倍率は凄まじく高く、巷の噂では一生ゲームで遊んで暮らせる仕事が与えられと話題になっており、一部の層には絶大な人気を博していた。
だが、その具体的な業務内容は完全に秘匿されており、噂だけが独り歩きしているというのが現状だ。
それでも健太の視界に映る小奇麗で清潔なNebulaの自社ビルにある面談空間は、今まで訪れたどの施設よりもハイテクで魅力的な空間であり、噂も眉唾ものではないと感じさせてくれていた。
「あ、ありがとうございます…」
「ところで、好きなゲームジャンルなどはどうでしょうか? 中村さんもゲーム好きと資料に記載がありますが具体的にはどのようなモノを?」
(これは脈ありかな? なんかメチャクチャ食いつきがいいし…)
担当は特に健太のゲーム歴に興味があるようであり、学歴や資格などには目もくれずゲームの話を頻りに確認してくる。
それに対して自分を売り込むチャンスだと思った健太は自分のゲーム歴について話を始めた。
「はい! 俺の場合は無料で遊べるゲームばかり遊んでたんですが―)
絶望的な現実を忘れさせてくるという理由で幼少の頃からゲームにのめり込んでいた俺は、主にMMORPGのゲームで遊んでいた。
ゲームで遊ぶぐらいなら勉強しろというヤツも居たが、勉強なんて無意味だ。
特に義務教育のレベルは地に落ち、ただ【義務だから】通っているという状況で何の役にも立たない。
どちらかと言えば学生時代は容姿や身なりに可能性を求めるヤツの方が多かったぐらいだ。
金持ちの恋人や愛人になる方が全然人生の軌道修正ができて賢い選択だと思う。
そういう意味ではウチの両親は前時代的であり、ゲームで知り合った人に援助してもらうなんて冗談で言ったら平手打ちされた。
そんなクソみたいな現実だからか、余計に俺はゲームにのめり込んだ。
と言っても、ゲームの仮想世界でも俺の役割は【課金者】を楽しませる無課金プレイヤーであり、別にその世界で英雄になれた訳でもない。
それでも多少のゲームセンスがあった俺は廃課金者が運営するギルドと呼ばれる集まりのメンバーに小間使いとして所属しており、そこそこ美味い汁を吸わせてもらっていた。
彼らのワガママに黙って付き合っていれば無課金でも十分に楽しめたからだ。
大人のプレイヤーなんかは俺が子供だと分かるとアイテムや小遣いなんかもくれた。
オフ会なんかにも誘われたんだけど、それは両親に反対されて叶わなかったからリアルに役立つコネは作れなかったけど…
面談の最中、自身の人生を思い返しながらゲーム経験を語る健太。
それを聞いたNebulaの担当はどうやら健太のMMORPGのプレイ歴に特に興味を持ったらしく、Nebulaで運営しているゲーム運営の業務を健太に案内し始める。
「ほぉ! そういうことでした中村さんにピッタリのゲームがありますよ…」
担当が俺に進めたゲームの名は【幻想魔戦紀 アンリアルファンタジア】。
大手のNebulaが運営するゲームなのに、これまで聞いたこともないゲームだった。
どうやらそれは俺が持っている端末レベルで遊べるゲームではないらしく、ここ数年間でMMO好きの富裕層の間で流行っているゲームらしい。
俺はそのゲームの運営なのかGMなのかよく分からないが、とにかくゲーム内でプレイヤーを楽しませる役割を紹介される。
「この仕事は非常に人気でして、労働時間も少なく自由時間も多いのが特徴ですね。ゲーム好きの中村さんには天職なのでは?」
「そ、そうなんですか…」
(最大6時間労働で後は自由!? しかも労働次第で生活レベルの向上保証って…なんか好条件過ぎないか!?)
大抵の生活保護は、休みのない単純な重労働に最低限の衣食住といった奴隷のようなイメージなのだが、担当が語るそれは魅力的過ぎて逆に怪しかった。
とても生活保護の対象者に回ってくるような仕事ではなく、普通に社員が受ける様な条件だ。
(これはヤバイかもな…生活保護の件は色々調べたけどありえないだろう…)
話だけ聞く限りでは想像以上の好待遇だが、その怪しさも相まって一生が決まってしまう選択に思い悩む。
「おや、みなさん条件を聞かれただけで飛びつかれるのですが…何かご不満な点でも?」
「いや、その…もっと業務の詳細とかってお伺いできますか?」
「…」
条件は申し分なかったのだが、念のために詳しく話が聞きたいと担当に伝える健太。
しかし、それを聞いた担当は急に黙り込んでしまう。
それから暫くの沈黙の後、何故か小声で担当がコソコソと話し始める。
「あの、ここだけの話ですが…もしこの場で契約書にサインを頂けるのであれば、特例でこの場での採用をさせていただきますよ。先ほどもお伝えしましたが、弊社の案件は非常に人気でして…若いだけは選考に残るのも大変ですし…私ねビビッて感じ茶ったんですよ、中村さんなら活躍できるって!」
「は、はぁ…」
俺はこの話に確実に裏があると確信した。
けど、ここで生活保護の契約が結べれば明日からのことは考えなくても済む。
安定した生活が保証されるのだ。
中学生ぐらいから未来がないことは薄々感じていて、大学卒業と同時にそれを実感させられていた俺にとっては悪魔の囁きだった。
(…この場で採用…Nebulaの生活保護倍率は宝くじ並…待遇は聞く限りでは一般的な社員レベル…)
このチャンスを逃せば、もっと辛い生活保護で生きていかなければならないかもしれない。
それに、どの道俺には生活保護を受けるしか選択肢しがなかった。
無論、実家で絶望的な就職を夢見て生きていくことなんて論外だ。
(そうだ…俺はゲームには自信がある…なんの問題ない…上手くやっていけるハズだ…)
考えれば考える程に健太の思考は鈍り、どんどん都合のいい考え方にシフトしていく。
程なくして、健太は結論を出した。
その場でNebulaとの生活保護の契約を結ぶという結論を…
「分かりました、契約させてください」
「おぉ! 懸命な判断です。それでは奥の部屋にお進みください。中村さんを早速職場にご案内させていただきます」
「えっ? 今日からですか…なんの準備もないですけど…」
早々に担当の判断で生活保護の契約が受理され、ビッシリと文字が詰まった契約書の中身を読む暇もなくサインに応じる健太。
その後、いきなり職場に案内すると伝えられて困惑するも、担当は満面の笑みを浮かべながら心配ないと告げて健太を奥にある別室に案内する。
「いえいえ、準備は不要ですよ。さぁさぁ」
それから俺は薄暗い個室に案内され、何か飲み物を渡されたことまでは覚えている。
だが、その飲み物に口をつけてから程なくして俺は意識を失ってしまった。
(うぅ…急に視界が…うぅ…)
控室で睡眠薬のようなモノを飲まされた健太は、一瞬のうちに深い眠りの底に堕ちてしまう。
健太が予期していた通り、怪しい好条件の生活保護契約にはそれ相応のリスクがあったのだ。
その後、防護服姿の人間がその場に現れ、意識を失った健太を担架に乗せて何処かに運び出し始める。
「…こいつが補充の…か、この前のアイテム実装で…殺……たから何人……足りないぜ」
(補充? 足りない? なにを…)
一瞬だけ意識が戻った時、誰かの話し声が聞こえた。
その直後、俺の身体は何かの液体に包まれて再び全てが闇の中に消えていく。