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魔法の森でチョコタルト

作者: と。/橘叶和

 ここは魔法の森。魔法使いたちや魔法生物たちが住んでいる森。魔力に溢れて、不思議なことが起こる場所。光り輝く花、祝福を歌う鳥、傷を立ちどころに治すという泉。それだけ聞けば大変にメルヘンで良いのだが、ここにはたまに子どもが捨てられていく。魔力を持たない親が、森の入り口に酷い時はへその緒を付けたまま置いていく。人間の子どもだけではなく、動物たちもそう。異分子を殺さず、一応は生かしておくのだからまあその分だけは慈悲深いのか、はたまた殺してしまって呪いでもかかるのが恐ろしいのか。どちからなどどうでも良いが、そういう親のいない子どももこの森には多く住んでいる。


 魔法の森は国に属している。魔法使いたちは国王に忠誠と服従を誓うことで安住と仕事を得ているし、そうすることで魔力のない者たちも魔法使いたちの作る魔法具や魔法薬の恩恵を受けている。



「ああああああ、ほら、ほらあ! また来た! また来たよ!?」

「そりゃ来るよ、あっちも仕事だもん」

「先週占ったばっかりだよ!?」

「今度は何か作って欲しいんじゃないか?」

「やああああだああああ!」

「賢者さま煩い」

「ああああああ!」

「ほら、ローブ着て」

「おにぃいいい!」

「弟子だっつの、はい、杖持って」



 賢者さまと呼ばれた女は自分の胸程の背丈の二人の子どもに白いローブを着せてもらって、杖を持たされた。目深に被ったローブのおかげで泣き喚いた情けない顔は見えない。この広い魔法の森の中で三番目に大きな白い木の家の前には既に、王国の騎士が列をなして待っていた。その家の中で三人は押し合いへし合い、どうにか片方の子どもが扉を開けた。



「先週ぶりです、白の賢者さま。本日も大変に調子がよろしいようで!」

「…」



 騎士団の先頭に立っていた騎士がにこやかに話しだしたが、賢者は俯いて何も言わない。賢者はこの軽薄そうな騎士が苦手だった。むしろ森に住む以外の生き物は大抵好きではなかった。子どもの一人が先程の騒ぎなどなかったかのように何食わぬ顔で賢者の少し前に立った。



「今日は何の御用向きでしょう」

「最近、南の方で魔獣被害があったのです。それ自体はすぐに片付けられたのですが、被害にあった民間人や自警団員が多く薬が足りなくてですね」

「…」

「通常の傷薬ですか、それとも特別な魔法薬ですか、料金表はお持ちでしょうか」

「ええ、勿論。この魔法薬の三番を、料金は上乗せしますので来週までに10ダース」



 もう一人の子どもが騎士の持っている料金表と自身の持っている料金表とを見比べて、腰に付けている計算機でぱちぱちと金額を計算していく。



「…」

「では特急価格で1.8倍増しになりますが、よろしいでしょうか」

「構いません、ではまた来週」



 来た時と同じように騎士たちはぞろぞろと帰っていった。魔法の森は基本的にはそこまで危険性がある訳でもないが、気まぐれな魔法生物が遊びだと思ってじゃれてくることはある。小さなそれならまだしも、大きな火を吐く獣にじゃれつかれては命がいくつあっても足りないので、森の奥まで依頼に来るような案件であればきちんとした隊を作ることが義務付けられているのだ。賢者と子ども二人はそれを見送り、盛大にため息を吐いた。



「トト、アンナの所に行って薬草を買ってきて。シュウはアルの所で石をいくつか、メモはいる?」

「必要な物はもう分かるからいらない」

「財布くれ」

「ください、でしょ」



 賢者は白いローブを脱ぎながら家に入り少しだけ煤けた白いがま口を二つ取って来た。



「これ結構煤けちゃったねえ、新しいの買う?」

「これでいい」

「使えれば何でもいい」

「もう少し可愛いものとかさ、綺麗なものに興味もってほしいんだけど」

「「いってきまーす」」

「え、無視?」



 子どもたちは騎士たちが帰った道とは反対に走り出した。この森に住んで長い彼らにとって魔法生物とのエンカウントなど恐れることではなかった。生命力溢れる子どもたちの背中を見送りながら賢者は、この前まで赤ちゃんだったのになと感慨深く頷きながら大釜の準備をしに家に入った。


―――


 子どもたちはそれぞれ別々に頼まれごとをしたが、二人で一緒に同じ白くてこじんまりした家の扉を弱く叩いた。そしてその家の住人はまるで二人が訪れるのを知っていたかの如くにこやかに扉を開けると、薬草のいっぱいに詰まったカゴを無言でずいと押し付ける。二人も無言でそれを確認してずいとお金を渡した。薬草と料金の交換が終わり、両者が静かに会釈だけすると扉が閉まった。子どもたちはそのままそろりそろりと来た道を戻り、分かれ道まで戻ってぷはっと息を吐いた。



「今、赤ちゃん寝てたね」

「起こさなくって良かったな、あいつすごく泣くから」

「ちらっと見えたけど可愛かった」

「うん、可愛かった。あいつはどんなになるのかなあ」



 くすくす笑いあいながら子どもたちはまた走って、次に緑がかった家の扉を強く叩いた。しかしその家の住人は出てこない。二人のうち、ほんの少し背の高いシュウと呼ばれた子どもがもう一度だんだんと大きく扉を叩いたが、やはり応答はなかった。



「いないのかな」

「そんなはずないだろう、賢者さまが連絡してくれてるし」

「でもアルさんだよ、気付いてないのかも」

「まあ、それはそれで、緑の賢者さまに言いつけてやれば」

「待った待った待った!」



 家の裏手から大きな影が現れた。大熊ほどのシルエットだったが子どもたちは落ち着いている。



「アルさん」

「石を調達してたんだよ! 急だったから家に無くって! お願い賢者さまには言わないで!」

「言わないよ、冗談だって」

「笑えないんだ、その冗談!」



 はあはあ、と息を切らしながらアルと呼ばれた大男は麻袋をシュウに渡した。トトと呼ばれたシュウよりほんの少し小さい子どもが中身を確認して、料金を手渡す。お金を握りしめてアルはどしんと腰を落とした。比喩でなく地面が僅かに揺れた。



「はあ、しんどい。緑系の魔法使いは俊敏性に欠けるんだから、そこら辺もうちょっと考えてくれないと」

「だからアンナさんの方に先に行ったんだよ」

「それは助かった」

「じゃあもう帰るね」

「お、もうか、茶は飲んでいかないのか」

「10ダースだからな、急がないと」

「白の賢者さまならすぐだろうよ。まあ、気を付けてな」

「うん、バイバイ」

「またよろしく」



 熊のように大きな手をゆったり振るアルと別れて、二人は来た道を戻った。重たい麻袋はシュウが持ち、軽いカゴをトトが持って森の奥まで帰った。



「賢者さまーただいまー」

「買って来たぞー」

「ただいま帰りました、買って参りました、でしょ!」



 森の奥の白く大きな家の中から、賢者の声がした。二人はふふ、と笑いあって返事もせずにその声の所まで走る。錬成用の部屋にいた賢者を見つけると荷物をぽいと机に置いて両側から抱きついた。



「ねえ、お腹空いた」

「チョコ食べたい、チョコのタルト」

「今からお仕事って時に何でそういうこと言うの? とりあえず手を洗っておいで」

「「はーい」」



 大釜の準備をしてた賢者は呆れたようなそぶりを見せたが、別段怒らずに二人のおやつをとりにキッチンへ向かった。二人も言われた通りに手を洗い口をゆすいでキッチンに向かう。



「うわ、ピカピカ」

「え、これどうしたの」

「チョコタルトがあると知ってて言ったんじゃなかったの?」

「無いと思ってた」

「作ると思ってた」

「時間がかかりそうなことを言うんじゃありません、今から仕事なのに」



 キッチンのテーブルにはピカピカに光るチョコレートタルトがワンホール、でんと中央を陣取っていた。興奮する二人にミルクをいれてやりながら、賢者はまた呆れた顔をする。



「黒のがくれたのよ。あの子よく街まで行くから、ついでにって。評判の店の物らしいわ」

「すごい、美味しそう、すごい」

「俺、四分の一食べる」

「僕も!」

「どうぞお好きに、食べないと駄目になるしね」



 賢者は森に住む以外の生き物は大抵好きではなかったが、別段憎らしいくらいに嫌いという訳でもないので誰がどのように外との交流を持とうと感心はなかった。ただ二人が賢者の家に住むようになってからは、街にしかない娯楽品や嗜好品などを外に行く者に頼むようになった。


 賢者がつい、と指を動かすとタルトが宙に浮きぱかりと割れた。そのままふわふわと二人の前に置いてある皿の上に着地する。二人はフォークを握りしめて賢者を見た。賢者は器用に片方の眉を上げてわざとらしくニヤリと笑い、もう一度ついと指を動かす。すると二人の前のタルトの上にふわふわの生クリームと賢者の前に温かい紅茶が現れた。



「どうぞ、召し上がれ」

「「いただきます!」」



 子どもたちが目をきらきらさせながらチョコレートタルトにかぶりつくのを、賢者は黙って見守った。賢者の家にはこれまでも何人かの子どもがいたが、皆大きくなり巣立っていった。目の前のこの子どもたちもあっというまに大きくなって出て行くのだろうなと賢者は少し笑ってしまった。口の周りがチョコレートでべとべとになっているこの二人がすぐに大きくなるなんて、大変に不思議である。その不思議さを賢者は何度も経験しているが、毎回不思議に思うし面白くてたまらなかった。



「ほらほら、トト。そんなにぼろぼろとこぼさないの、あら、手まで汚れて」

「何の為のフォークだよ」

「鼻にチョコ付けてるシュウに言われたくない」

「え、どこ」

「余計に汚れた」

「どうやったらそうなるの、それ」

「賢者さまは食べないの?」

「私はラスクの方が好き」

「一口やるよ」

「差し上げます、と言いなさいな」

「すごく美味しいよ」

「あ、待って。そのべとべとになった手を近づけないで、食べ終わったらお薬作らなきゃいけないんだから! お前たちも手伝うのだからね!? ちょっと待って! きゃー!」



 叫ぶ賢者に構わず子どもたちは汚れたままの手で、タルトを口に押し付けた。仕方がないともう賢者は諦めて子どもたちの好きなようにさせる。いたずらを成功させた二人はちっとも似ていないつくりの顔にそっくりな表情を乗せて喜んだ。



「もう、べとべと…」

「美味しかったでしょ?」

「美味しいけどさあ」

「どうせ片付けんの俺じゃん」

「そうだけどさあ」

「賢者さますぐ低血糖になるから、薬作りの前に糖分とらないと」

「そうそう」

「ええ…」



 ここは魔法の森。魔法使いたちや魔法生物たちが住んでいる森。魔力に溢れて、不思議なことが起こる場所。その奥の奥にいる四人の賢者の内の一人と、その弟子の子どもの住む家。



読んで頂きありがとうございました。

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