証明
初投稿です
男は自分のパーソナルナンバーを入力し、車に乗り込んだ。勤め先までの道順はAIに記憶させてあるので、男は腕を組み退屈そうに窓の外を眺めていた。勤め先に着き、入口でパーソナルナンバーを機械に入力すると、ドアが開いた。同時に男の出勤時刻が会社のコンピュータに記録されるのだ。退勤する際も同様である。男は特に代わり映えのない仕事をのそのそと済ませる。退屈時刻のベルが鳴ったので再びパーソナルナンバーを入力し、見慣れた町並みをぼんやりと眺め、男は帰路についた。家には、男の生きがいとも言うべき家族がいた。同い年の妻は、有名な女優に似ているとかで、近所では評判の美人だった。娘は、顔立ちが妻によく似ており、最近少しずつ言葉を話すようになってきた。男にとって、家族三人で過ごしている時間が最も幸せであり、何にも替えがたいものだった。
ある日、男がいつものように仕事を終え、車に乗ろうとパーソナルナンバーを入力した。しかし、ドアは開かず、何度繰り返しても、エラー音と共に機械的な音声で再度パーソナルナンバーの入力を促されるばかりであった。「困ったことになった。」男は呟いた。機械が故障でもしたのだろうか。車に乗れない以上、歩いて家に帰ろうと男は決断した。一歩踏み出そうとした時、男の足が止まった。見慣れた町並みのはずが、帰るべき家までの道順を思い出せないのだ。男は近くに見えた交番に駆け込んだ。警察官は驚いた様子で男に何があったのかと尋ねた。男は車が故障し、乗れなくなったこと、歩いて帰ろうとしたが家までの道がわからないことを話した。警察官は苦笑し「なんだそんなことか。なら、この装置にパーソナルナンバーを入力するといい。家までの道を教えてくれるぞ。」と、交番の三分の一ほどを占める大きな機械を指した。男は言われた通り、装置にパーソナルナンバーを入力した。しかし、装置からの応答はない。警察官は棚の奥から地図を取り出して、一緒に道を探してくれた。紙がかなり劣化していたため、かなり時間がかかったが、男は自分の家までの道を知ることができた。警察官に礼を言い、男は帰路についた。そろそろ車を買い替えようなどと考えている間に愛する家族の住む家が見えてきた。遅く帰ったせいか、門が閉められていたので、男はパーソナルナンバーを入力し解錠しようとした。しかし、何度入力しても、門は開かなかった。門まで故障しているのか。男が腹を立てていると、家のドアが開き妻が怪訝そうな様子で出てきた。男が「門が壊れているから内側から開けてくれ。」と言うと、妻は不審そうな様子で「どちら様ですか?」と聞いてきた。「夫の顔を忘れたのか。はやく開けろ。」と言うと、「主人なら中におりますが...」と妻はますます不審そうに言った。すると、家の中から、愛する娘を抱いた男が出てきた。男は言葉を失った。出てきた男は自分と瓜二つであったのだ。ほどなくして、男は愛する妻に通報され、警察に連行された。何度も取り調べを受けたが、男のパーソナルナンバーはコンピュータに認識されず何の個人情報もわからないので、警察も扱いに困った。存在しないはずの男が目の前におり、家庭まで持っていたと主張する。前例のない事態に男の処遇をどうすべきかの会議が何度も行われ、半永久的に拘置所に拘留することとなった。
拘留され何年もたった今でも男は考える。自分に瓜二つであったあの男は何なのか。拘置所を抜け出して家族に会いに行けないかと。しかしその度に男は自虐的に笑う。家族に会えたとして、自分が本物の夫であると証明できるものなど、あるものか。




