08話
息を切らせて家へ帰って来た美咲は、ひとまず冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。
正直、家に帰って来てから読もうと決めたものの、電車に乗っている間ずっと、なんでこんなことに巻き込まれたんだろう、という恨みの念のようなものがずっと頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
本当に嫌だ。
逃げられるものなら逃げたい、というのが美咲の本音。
けれど、もうすでに巻き込まれ始めているのは間違いない。
鳴戸という青年は、自分が政府の人間だと名乗った。
メッセージを送りつけてきたアイは、国営プロジェクトだと言った。
この二人は少なからず、無関係ではないのだろう。
どこかに連れて行かれたあやか。
高校を卒業して以来会っていなかった。そんなに思い入れがあったかと言えば、申し訳ないがそんなことはないけれど、知り合いが捕まって連れて行かれたというのはやはり、気分の良いものではなかった。
助けられないにしても、どこに連れて行かれたのだけは、知れるものなら知りたい気持ちはある。
それになにより美咲が持っているこの『力』。
なぜ与えられたのか分からない、美咲自身制御しきれていないこの『力』のことも、このアイという人間は知っているのだろうか。
美咲はソファに座り、一度深く深呼吸してスマホに向かう。
画面を開き、アプリを開いた。
アイのメッセージの続きにはこう書かれていた。
【我々は、国営トランププロジェクト事務局です。
この制度は、20XX年に始まった制度です。
あなたが6歳の時に国はこのプロジェクトを水面下で始動させました。
頭脳、身体能力、芸術値、その他の潜在能力。
様々な能力の数値提出を、国民に求めたのです。
身体測定、病院での定期健診、学力テスト。
あらゆる方法で情報は全国民から秘密裏に集められました。
そして、能力のある人間には、国によって特別な措置を与えました。
あなたの『人の感情が見える力』は、その際に国によって開花された力です。】
「なに、これ――」
美咲は純粋に、気持ち悪いと思った。
この国は、裏で一体なにをやっているのだろう。
なんの為に、なにが欲しくて。
美咲がこの能力に、どれだけ苦しめられたのかも考えずに。
ずっと苦しかった。
人の気持ちが見えるこの『力』は、見たくないものが見えることの方が圧倒的に多くて。
人の気持ちなど、見えてもなんの得もないと、美咲は思っている。
見えるからこそ、そう思う。
表面上は『良い人間』を演じながら、内面ではマグマのような感情が渦を巻いている。
妬み、嫉み、恨み、その中でもがき、苦しみ、正解を探して人は前に進む。
綺麗な感情だけの人間など、一人もいない。
当たり前だ、美咲自身、同じだ。
どんな人間にも、同様に存在するその感情が、美咲はずっと怖かった。
『見える』からこそ、人の優しさをどこかでずっと信じきれない自分がとても嫌いで、いつからかその力に目を背けるようになった。
このメガネは、その感情の渦から逃げられない美咲に、誰かがくれた物だった。
メガネをかけていないと、人の感情が津波のように、濁流のように流れ込んでくるのが苦しくて、美咲自身精神が崩壊しそうだった。
「あれ? このメガネをくれたのは誰だっけ――?」
そこまで思考が進んだところで、アイからさらにメッセージが届く。