06話
「また、この人…」
先ほどの出来事と言い、自分の周りで一体なにが起き始めているのだろう。
美咲はなにも分からないまま、渦中に放り投げ入れられた気になっていた。
ただ、このアイという人物は、先ほど起こった案件についてもなにか知っていそうだ。
アプリを開くことなく通知画面に表示されたメッセージのみを確認して、スマホを閉じる。
なんとなく、既読にしてしまうことははばかられた。
会社のシステム担当の桂木さんは会社でしか絡みがない。
連絡先が分からない以上、添付ファイルの件にしても、確認の取りようがない。
今日は土曜日だ。月曜日まで放置していいのだろうか、と美咲は考え込む。
そこまで考えて、先ほど鳴戸にもらった名刺を思い出してカバンから取り出した。
「やっぱり。この人、システム関連の仕事をしてる人だ」
役職欄には、代表取締役兼プログラマチームチーフと書いてある。
鳴戸に相談――と思ったが、手が止まる。
鳴戸という男もまた、信用していい人間なのか美咲には分からない。
ただ、このままなにもしないでいると、また事件に巻き込まれそうな、そんな嫌な予感だけが脳裏をよぎっていた。
「お姉さん、だいじょうぶ?」
いつの間に座り込んでしまっていたのだろう。
声を掛けられて美咲がハッと顔を上げると、とても可愛い女の子の顔がそこにはあった。
顔が小さい、造形が整いすぎている。
なんとなくどこかで見たことがあるような気がする、と美咲は思った。
「顔色悪いよ? 車で送って行こうか?」
「あ、いえ。大丈…って、え?! 久賀あまね?!」
「わぁー! あまねのこと、知ってくれてるんだぁ! 嬉しいなぁ」
嬉しいなぁ、と言いながらあまねは胸の前で手をぽん、と合わせて嬉しそうに微笑む。
リアクションまで可愛い、と美咲は思った。
美咲の目の前にいるのは、女優の久賀あまね。
最初、アイドルとしてデビューしたけれど、途中で女優に転身し、去年なにかの映画で20代前半にして最優秀受援女優賞まで取った奇才の持ち主だ。
CMにも複数出ているし、テレビを見る人なら大抵の人間が知っている有名な人。
芸能人に会うこと自体初めてだけれど、女優ってこんなに可愛いんだ。
「心配しなくても、あまね、誘拐したりしないからだいじょうぶだよ?」
突如目の前に現れた女優に、思考停止していた美咲を心配して、あまねは自分もその場に座り込み、美咲の顔を覗き込む。
「あ、いえ、そういうんじゃないんです。体調が悪い訳ではないので、一人で帰れます」
メガネが外れないようかけ直しながら、美咲は視線を逸らしつつ立ち上がる。
そりゃ、こんなに綺麗な女優が美咲のような年上で得体の知れない女を誘拐はないだろう。
そんなことを心配などしていない。
それより、女優ってこんなに気軽に一般人に話し掛けてくるものなのだろうか。
「久賀さんこそ、女優さんがこんなところに一人でウロウロしていて平気なんですか?」
逆に心配になって質問すると、あまねは自分も立ち上がりながらにっこり微笑む。
「ちょーっと、内緒のお仕事でね。だいじょうぶだよー、マネージャーも近くにいるから」
シーッと口元に人差し指を立てるあまねは、それだけで絵になる。
「そう、ですか」
内緒のお仕事。テレビのいわゆるドッキリ的なものだろうか。
それならなおさら、美咲に話し掛けている場合ではないのではないかと思ったが、本人が平気そうなのでそれ以上深く掘り下げることをやめた。






