05話
いつからいなかったのだろう。
目の前の男に必死で、なにも気づかなかった。
「僕は鳴戸雪成。政府の人間だよ」
「政府…」
「彼女はね、犯罪者なんだ」
彼女、と言いながら鳴戸はあやかが連れて行かれた方向を指差す。
「君も気づいてただろ? あ、これはまずいって」
「それは…」
「あのまま放って置くとね、本当に取り返しのつかない大きなことをやりかねなかったから、彼女の場合。本当は、あんまりここまでのことはやりたくないんだけどねー」
淡々と、笑顔のまま声のトーンも変えずに話をする鳴戸を、美咲は純粋に怖いと思った。
この人に、感情はないのだろうか。
「君にもなにか裏がありそうだけどね。今のところ悪意は感じないし今回は見逃すよー。仮になにかしてても、どうも僕の対象範囲外の話みたいだし。じゃあね」
手をひらひらとさせながら鳴戸はその場を立ち去ろうと歩き始めた。
「――なにか僕に用?」
「あっ…」
咄嗟に美咲は、鳴戸の腕を掴んでいた。
声を掛けられて初めて、引き止めたのは自分の方だということに気づく。
慌てて手を離すと、鳴戸は笑顔のまま美咲に向き直った。
無意識で引き止めてしまったせいで、なんと言えばいいのか分からない。
「ごめんなさい、なんでもないんです…」
そう言って掴んでしまった手を離し、目を逸らす。
鳴戸は一瞬考える素振りを見せた後、ポケットから一枚の紙を取り出した。
「可愛い女の子に引き止められるのは嫌いじゃないんだけどね、僕も今、ちょっと本業の移動中にたまたま居合わせただけだったから、時間がなくてね」
取り出した紙に持っていたボールペンでなにやら書き込みをした後、美咲に手渡してきた。
紙は、どうやら名刺のようだ。
「あの、これ」
「これに僕の連絡先書いておいたから、気が向いたら連絡ちょーだいよ」
名刺の裏を見ると、ソーシャルアプリのIDが書かれていた。
「連絡楽しみにしてるね」
にっこり笑うと今度こそ本当に鳴戸は美咲の前から去って行った。
しばらくぼんやりと鳴戸が去って行った入口を見つめていると、さっきまで誰もいなかったのが嘘のように店内にまた人の気配が戻ってくる。
この店員達は今まで一体どこに行っていたのだろう。
早くここから立ち去りたい。現実感がない。
そう思いながら、美咲はおもむろに立ち上がり、会計を済ませようと立ち上がる。
会計伝票にはあやかが頼んだコーヒーの会計も含まれており、自分があやかと会っていたのは現実だったのだと再認識する。
あやかの分の会計も一緒に済ませた美咲は店を出ると、時間を確認する為鞄からスマホを取り出す。
まだ14時半。待ち合わせしたのが13時頃だったから、先ほどの出来事はほんの一時間半での話だったようだ。
一時間半で、なにか色んなことを知ったけど、なにひとつ理解出来てない気分だった。
スマホの通知欄に目をやると、見慣れたソーシャルアプリからメッセージが届いている。
【あなたの歯車は、回り始めてしまいました】
そのメッセージは、昨日のやりとりの相手、アイからのものだった。