03話
「あなた、誰ですか。美咲の知り合い?」
先に声を上げたのは、あやかだった。
怪訝そうな顔をしながら美咲と男を見比べる。
「ち、ちがうよ。私この人知らな…」
「俺の彼女に、なにしようとしてたの?」
否定しようとした美咲の肩を抱いて、男は割って入って来た。
笑顔であやかに話し掛けているけれど、ちっとも目が笑っていない。
「ちょっ…」
なにを言っているの、と肩に回された腕を振り払おうとした美咲と目が合うと、男はアイコンタクトでウインクしてきた。
任せろと言っているのだろうか。その表情を見て抵抗を我慢して押し黙る。
それと同時に、思っていた以上に相手の男が格好良くて、美咲は驚く。
ミディアムヘアで長めの黒髪を上手く遊ばせて前髪は横に流している男は、背も美咲の顔ひとつ分高い。
モデルかなにかだろうか。
「彼氏連れて来てたの? 最初に言ってくれてたら私だってこんな話…」
あきらかに動揺したあやかは、私の腕を掴んでいた手を放すと、急いで席を立つ準備を始めた。
「ちょっと待ってあやか」
引きとめようとした美咲の口前に手を出し、男が静止する。
反射的に美咲は話すのをやめ、かけているメガネに手を当て一歩後ずさる。
メガネに触られるのかと思ってしまったが、違ったようだ。
「君、いつまでこんなこと続けるの?」
「なに言ってんの、あんた。関係ない――」
「結構なやり手だよね、君」
にこにことした表情はそのままに、淡々とあやかに話し続ける男の顔を美咲は見上げる。
目だけじゃなく声も全然笑っていない。
「このまま続けられるとさ、僕も黙っていられなくなるんだよね、立場上。面倒ごとは基本的には避けたいからさ、大人しくしててもらえると嬉しいんだけど」
黙っていられなくなる立場?
警察の人なのだろうか、と美咲は考える。
でもそれにしては見た目が警察っぽくない。
「うるさいわね! あんたには関係ないでしょっ!」
急に感情的になり始めたあやかは、男に噛み付くように立ち上がった。
「仕方ないね、あまりこのやり方は好きじゃないんだけど」
ふぅ、と一息ついて男はあやかの額に自分の人差し指を当てる。
「判決の時間だ」
そう告げると、軽くポンッとあやかの額を人差し指ではじくように押した。
たった、それだけだった。
なにか催眠術にかかったように、あやかはその場で気を失って倒れた。
「えっ、あやか?!」
驚いた美咲は慌ててあやかに駆け寄る。
顔を近づけると、息はしている。本当に気を失っただけみたい。
「あなた、あやかになにをしたんですか…」
あやかを守るように抱きしめて、美咲は男を睨みつけた。
男は両手を顔の横に上げて降参のポーズを取ると、悪気のない笑みを浮かべる。
「なにもしてないよ、この通り。でも、この子は連れて行かなきゃいけないけどね」
ごめんね、と言う男は、やはり目が笑っていないし、心もこもっていない。
「連れて行くって、どこにですか」
「収容所。国が管理する施設。それ以上は言えない」
急に真面目な顔になった男は、不敵な笑みを浮かべる。
怖い。美咲は咄嗟に、あやかを抱きしめる手に力を入れた。
「不正をする者には制裁を。悪いことをする者には、天罰を――ってね」
また、つかみどころのない笑顔に戻ると、男は怖い発言をさらっと口にした。
その後、慣れた手つきで自分のスマホを手にし、どこかと連絡を取り始める。
そして、スマホを操作する目線はそのままに男は美咲に話し掛けた。
「で、君の処分だけど」
「え…」
処分、という物騒な言葉に、美咲は身を竦める。
「そのメガネ、なにか意味があるの?」
そう言うと、美咲が抵抗するよりも早く、男は美咲のメガネを取り上げた。
「やめっ…」
取り返そうと手を伸ばすと、かなりの至近距離に男の顔が近づいてくる。
しっかりと目線が合った瞬間、大量の文字が美咲の前に広――
「あれ?」
「どうしたの?」
なに、この人。
心の声が、なにも『見えて』こない。
「あなたは一体なんなの?」
「質問しているのはこっちなんだけどな」
質問に対して男はにやりと、美咲のメガネを手にしたまま笑った。