01話 謎のメッセージ
完全土日週休二日制の仕事をする芝浦美咲にとって、ようやく気の抜ける金曜の夜。
お風呂上がりで濡れたままの髪をタオルで拭きながら、冷蔵庫から作り置きの煮物と缶チューハイを取り出す。
耳の下辺りのショートボブにしている髪は、とても乾きやすいので重宝している。
31歳、気ままなひとり暮らし。誰に気を遣うこともない。晩ごはんも真面目に作って食べる必要もない。
リビングのソファに座り、テーブルの上に置いていたスマホを手に取ると、メッセージが届いていた。
「なんだ、これ」
最初の一行を見て、首を傾げる。
【あなたをエキストラ・ジョーカーに任命致します。】
なにかのいたずら?
内容を開こうとして、ふと違和感に気づく。
このメッセージ、登録制のソーシャルアプリにダイレクトメールで受信している。
このアプリは世界的に普及しているアプリではあるが、互いに友達登録をしないとメッセージのやりとりは出来ない仕様になっていたはず。
「アイ…?」
送信者は、アイという人物。
こんな人と友達登録した記憶はない。
アイ、愛、藍、亜衣――。
そんな名前の知り合いが自分にいただろうか?
美咲は首を傾げる。
会社の人は名字で呼ぶからあまり下の名前を気にしたことがない。学生時代の友達、昔のバイト先での知り合い、と記憶を辿るが心当たりはない。
だがこのご時世だ。
知り合い経由で目的とする人間のアカウントまでたどり着くのは、そんなに難しい作業ではないだろう。
ひとまず缶チューハイを開け、一口煽りながらスマホを操作しメッセージを開く。
既読にした途端、さらに上からメッセージが届く。
【力を貸してほしいのです。スートの中から、信用できる人間を見つけてください。】
スート、とは?
聞き慣れない言葉に、美咲は首を傾げる。
すぐにインターネットの画面を開き、「スート 意味」で検索をかける。
「トランプのマーク…」
余計に意味がわからない、トランプでゲームでもしろということなのか。
メッセージを読み進めると、とある言葉に美咲は反応した。
【あなたの力を使えば、きっと可能でしょう。】
咄嗟に近くにあったメガネをかける。
眉をひそめながら周囲を見回すが、部屋のカーテンは閉まっているし、誰かに見られてる訳ではないとすぐ気づく。
どうしても『力』という言葉に過敏に反応してしまう。
視力は良い方だが、『余計なもの』を見ない為にかけているこのメガネ。
なぜこの相手は、『力』というワードをメッセージに使用して来たのだろうか。
思わず深読みしてしまう。
なにか、知っているのだろうか。
何度も画面と周囲を見比べたが、それ以上のメッセージが届くことはなく、誰かが部屋の中にいる気配もない。
震える手で、返事を打った。
【あなたはだれ】
いざ文字にしてみると、それ以上の言葉は出てこなくて、そのまま送信ボタンを押した。
返信はすぐに来た。
【私は、あなたを見ている。どうか、仲間を見つけてください。】
要領を得ないし、会話にもなっていない。
が、そのメッセージにはなにかが添付されていた。
タイトル『リスト』と書かれたテキストファイル。
だが、安易にファイルを開くのははばかられた。
こういうタイミングで送られてくる添付ファイルは大抵、ウイルスであることが多い気がする。
会社の研修で散々指導されたことを思い出した。
それと同時に、その考え方で行くと、返事をしてしまったこと自体が間違いだったのではないか、と思えてきた。
きっと、タチの悪いいたずらだ。
それに本当に用事があるなら、知り合い経由ででも連絡取ってくるはずだ。
と、そこまで考えて名案を思いつく。
「そうだ。週明け、桂木さんに相談してみよ」
桂木は、美咲が行ってる会社のシステム担当のエンジニアだ。
その人ならなにか対処法がわかるかもしれない。
分からなくても、一人で対応するよりはきっといいはず。
アイという人物からの連絡がそれ以上来ないことを確認した美咲は、持っていた缶チューハイの中身を一気に煽った。