悪役令嬢+?
新作です。
とはいえ深夜のおかしなテンションです。
「あなたは下がっていいわ。紅茶だけは自分で淹れたいの」
「かしこまりました」
私の顔を一瞥することもなく、無愛想のままその場を去る名も知らぬメイド。
それも仕方のない事。
私はそれだけの事をした。
「――……いえ、これで許されているのは奇跡ね」
私はとある侯爵の娘。
そして私が暮らす王国の第一王子の婚約者だった。
しかしその王子がある時、森で魔物に襲われていた少女を助け、その少女と恋に落ちた。
その事を知った私はあらゆる手を使ってその少女を陥れようとした。
しかし様々な邪魔が入り、結局は何も出来ないまま運命の日を迎えた。
私は他の貴族や国賓のいる場で婚約破棄をされた。
私は喚き散らし、泣いてすがり、何故か王子の隣に立っていた少女を罵倒した。
その少女が聖女の血を引く存在だと言う事も知らずに。
醜態をさらした私はあわや処刑と言うところまで追い込まれた。
しかし父の尽力で、何とか父の領地の一つであった、僻地で大人しくしている。
あくまで療養という名目はつくものの、要するに追放。
何もない土地で静かに死を待つだけの生活という訳。
本当はもっと前からわかっていた。
王子の心が誰に向いているのかはもちろん、それが私には覆しようのない事だと言うことも。
けれど、それでも私は何もせずにはいられなかった。
――あの方と隣にいたかったから。
――あの方に見てほしかったから。
「……あの方を、愛していたから」
とは言え全て過去の話。
そう自分に言い聞かせ、そっと紅茶を注ぐ。
王子に飲んでもらうために紅茶を淹れることをよく練習していたが、気が付けば紅茶は自分の趣味の一つになっていた。
「…………この静かな土地で唯一よかったのは、ゆっくり紅茶を楽しめそうなことくらいかしら……」
そう、自嘲気味につぶやく私。
――――の前に勢いよくあらわれる毛玉。
「……………………………………けだま?」
近くの森から勢いよく飛んできた毛玉はコロコロと転がり、ちょうど私の足元で止まる。
恐る恐る手を伸ばすと、指が触れる前に毛玉が飛び上がった。
「きゃっ」
「おっとっと、危ない所でしたユター……さて、急がねば……ユタ?」
「……けだまがしゃべりました」
しかもこの毛玉、メガネをかけている。
そして愛らしい容姿をしているのに、何処か知性を漂わせている。
――一体この妙な生物は……。
「はいぃ? けだまとは一体? ……ユタ? それはまさか、紅茶、ですユタ? しかもかなり良い茶葉を使っているようですユタ? おや、しかもこの茶葉に合わせて淹れ方をしている様子ユタ……」
「え、ええ……」
「これはいい! ぜひ僕にも入れてくださいませんユタ?」
「か、構いませんが、お急ぎだったのでは……?」
何とか気力を振り絞ってこの不思議生物との会話を試みる私。
「おや! 僕としたことがうっかりしていました。紅茶を見るとついそちらが気になってしまう、僕の悪い癖ユタ……一刻も早くここを離れねばユタ。お嬢さん、貴方も今すぐここを離れた方が…………ユタ?」
「こ、ここを離れるとは、何かが来るのですか? ……えと、どうかされましたか?」
「お嬢さん……随分と一途な心をお持ちのようユタ」
「急に何を……きゃっ!」
不思議生物との会話の途中で、急に突風が私達を襲う。
「しまった、もう来てしまいましたユタ」
そこに現れたのは、見上げるほどの大きさの化け物だった。
「ま……魔人」
魔人、それは魔族に取りつかれた人間の成れの果て。
一般的に、実体のない寄生型の魔族に取りつかれた獣を魔獣、人間を魔人と呼び、実体のある魔族を魔物と呼んでいた。
そしてそれら全ては理性がなく、ただ暴れる存在であり、魔獣や魔人になってしまった者は元にはもどらない。
あの魔人も近くの村に住む誰かが魔族に取りつかれてしまったのだろう。
ああなってしまってはもうどうにもならない。
誰かが倒してあげなければならない。
しかしここは辺境の地。
タイミングよく頼れる存在などいるわけもない。
私はとにかく屋敷の者に知らせようと声をあげようとした。
「むむむ……ヤーダーナーがこのまま暴れれば大変なことになりますユタ!」
けれど、気の抜ける名前が聞こえて、力が抜けてしまった。
「な、なんておっしゃいました?」
「あれは人間がストレスの卵を育てすぎて生まれた存在、ヤーダーナーでユタ! 早く浄化して元に戻してあげないとダメユタ!」
「あ、あれは魔人と言って……ちょっと待ってください、元に戻せるのですか?」
「当たり前ですユタ! しかし、そのためにはノーブルエンジェルのパワーが必要ですユタ……」
なんですのノーブルエンジェルって……。
そしてよくわかりませんが、それは学会で発表すればすごいことになるのでは。
《オオオオオオオオオォォォォォォ》
ええ、そんな場合ではないのは分かっていましてよ、なので怒らないでくださいまし。
大きく叫んだあと、魔人――ヤーダーナー、でしたか? は、何やらこちらに目を留め、睨みつけてきます。
どうやら私たちに狙いを定めているようです。
もはや一刻の猶予もありません。
今は可能性があるならなんでも手を伸ばすべきですわ。
何故なら魔人は私たちを襲った後、必ず他の人まで襲うのがわかっているからです。
今や追放の身とは言え、民の上に立つ存在の貴族の私が、それを黙って見過ごすわけにはいかないのです。
よくわからない存在の語るよくわからない力でも可能性があるなら!
「そのノーブルエンジェルの力とやらはすぐに手に入るものなのですか!?」
「そんな簡単ではありませんユタ……ノーブルエンジェルは、穢れない愛と、人の上に立ち人を守ろうとする意志と、紅茶を愛する心を兼ね備えた者しかなれない存在なのですユタ」
もはや条件が支離滅裂ですわ。
急に紅茶が出てきたのは何故です。
「つまり打つ手はないと言う事ですか!?」
「でも、きっと貴方なら……!」
「へ?」
――わ、私?
「貴方の持つ一途な思いと立ち振る舞い! そして紅茶への理解……貴方ならなれるかもしれないユタ! ノーブルエンジェルに!」
「えー……えぇー…………」
どうやらそのよくわからない存在に私は選ばれたようです。
でもこの状況を何とかできるなら。
「わ、私は何をすれば?」
「この砂時計をひっくり返して『ノブレスオブリージュ』と叫ぶのですユタ!」
す、砂時計!?
ああ、でも気づけば魔人がもう目の前まで!
迷ってる暇はなさそうです!
「の、『ノブレスオブリージュ』!!」
パァンッ!
叫んだ瞬間急に私の体の周りが光だし、魔人を弾き飛ばした。
――こ、これがノーブルエンジェルの力?
そしてどこからともなく聞こえてくる軽快な音楽。
それに合わせて私の服が次々と変化していきます。
パン♪
パン♪
パン♪
私の服がパーティですら見ないような派手なドレスへと変化してしまいました。
そして続いて体にも変化が起きます。
――ああ、髪が急に伸びました! 色が! 色が!
私の困惑をよそに音楽に合わせて変化していく髪。
気が付けば通常考えられないほどの毛量になってしまった。
それでも重さを感じない不思議。
そして音楽も佳境に差し掛かったところで、私の口が勝手に開きます。
「混じり気無い想いを届ける、一途な心! ノーブルストレート!!」
キラーンッ♪
音楽と私のセリフが終わり、妙にスタイリッシュなポーズで固まる私。
「……………………………………………………」
――なんですのこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
自分の意思とは関係なく行われた一連の流れに驚きと恥ずかしさを隠せない私。
しかし魔人と不思議生物は待ってくれません。
《オオオオオオオオオォォォォォォ》
「さあノーブルストレート! 早くヤーダーナーを倒すんですユタ」
「……え、物理攻撃ですの!? 浄化とかは……」
「まずは倒して動きを止めなければ何も始まらないですユタ!」
納得はできないものの、身体を巡る力の大きさで、戦えることは分かってしまった私。
――うう、殴る蹴るは野蛮で嫌なのですけど……。
心とは裏腹にスムーズに行える物理攻撃。
敵はあっさり吹っ飛んでいきます。
「え、圧倒的すぎませんこと? この力……」
下手に戦争に使えばとんでもないことになるのでは。
そんなことを考えていると、後ろから毛玉さんの声が。
「さぁ! 敵が怯んでいる今のうちに必殺技ですユタ!」
「ひ、必殺技!?」
助けるのか殺してしまうのかわからなくなるではありませんか。
「ノーブルセットを呼ぶんですユタ! ストレートにふさわしい武器が現れるんですユタ!」
「ぶ、武器?」
私にふさわしい武器とは一体……。
一応たしなむ程度に剣を習っていたことがあるので、それでしょうか。
とにかく呼んでみましょう。
「来てください、ノーブルセット!」
そう口にした途端手元が色とりどりに光り始め、ポットが私の手に収まった。
――ポット……。
「ポットッ!」
――さっき武器って言いませんでしたか!? 何かの手違い!?
「それはノーブルポット! それを使って早く倒すんですユタ!」
どうやら手違いではないようで。
未だ困惑中の私の意識をよそに、ポットを魔人に向けた途端、またも軽快な音楽が鳴り始め、私の体を動かします。
音楽に乗せ踊るように、突然空中から現れたお湯をポットにそそぐ私。
と、このタイミングで怯みから回復した魔人が雄たけびをあげながら迫ってきます。
《オオオオオオオオオォォォォォォ》
しかしこの音楽が鳴っている間の私は動じません。
「焦らないでくださいまし。蒸らす時間もとっても大事なのです」
その言葉に反応するようにポットを中心に何やら幕のようなものが広がり、魔人を再び吹き飛ばしました。
「出来た。――さあ、お茶にしましょう」
そう口にした私は音楽に合わせながらポットを天に掲げ――。
「安らぎなさい《ストレートシャワー!!》」
――と叫んだ。
そして注ぎ口から出てきたお湯(紅茶なの?)は魔人の頭上から雨のように降り注いだ。
魔人はその安らぎからはほど遠そうな勢いのお湯(紅茶)の雨に当たり、苦しんでいる。
私はそのままくるりと背をむき、ポーズをとって一言。
「ティーブレイク!!」
――バァァンッ!!
その言葉をきっかけに爆発する魔人。
――……爆発!? お助けするのではなかったの!?
そんな驚きをよそに、爆発の煙が晴れると、先程まで恐ろしい形相だった魔人が、絵にかいたようなほっこり顔をしていた。
《…………ほっ》
なにやら安心したように息を吐き、魔人の姿はキラキラと消えていきました。
そこに残ったのは農家の方が一人。
お見かけしたことはないので恐らくは近くの村の方でしょうか。
「う、うぅん……」
目を覚ましたのでしょうか。
「大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ……大丈夫です。どなたか存じ上げませんが、ありがとうございます」
私はこれでも貴族、それも分かりやすく追放と言う形でこの地に来た身なので顔を知られてない事はないはずですが、どういう訳かこの方は私がわからないようです。
――というか私のこの派手な出で立ちには何も思うところはないのでしょうか……。
「ええと、貴方はどうしてここにいるのか覚えていらっしゃいますか?」
「……いえ、家の畑で作業をしていたところまでは覚えているのですが……気が付いたらここに」
「そうですか……」
魔人になった人が元に戻る事例は初めて聞きましたが、記憶は残らないのですね。
「それにしても」
「? どうなさいました?」
「いえ、何故か気分が安らいでいるので驚いているんです。仕事している間は少しイライラが溜まっていたので」
「そう、ですか……」
毛玉さんは魔人――ヤーダーナーと言いましたか――は人がストレスの卵を育てすぎたから生まれると言っていました。
もしや、あの爆発の後に妙なホッとした顔をしたのは、この方のストレスが亡くなったと言う事なのでしょうか。
と、少し考察をしていると、目の前の男性がおずおずと尋ねてきた。
「それでその、ここはどこなのでしょうか」
「ここは……その、言いづらいのですが、公爵家の領地になりますわ」
「ひっ……お貴族様の? と言う事はあの悪役令嬢がいる……」
――悪役令嬢……そうですか、私は巷ではそう呼ばれているのですね……なるほど確かに、言い得て妙ですわ。
少しだけ胸は痛んだが、それだけの事をした自覚はあるので甘んじて受け入れます。
「そうなりますわ。ですので、誰かに見つかる前にここを離れた方がよいでしょう」
「は、はい! ありがとうございました!!」
そうして男性は一目散に去っていきました。
終わったことで一息つき、ふと自分の体を見ると、いつの間にか元の自分の服装と上方に戻っていた。
少なくとも男性と話していた間は変身した姿だったと思うのですが。
ぼんやりとそんなことを考えていると、今までどこにいたのか毛玉さんが声をかけてきます。
「助かりましたユタ。貴女のお蔭で今回は解決しましたユタ。――どうもありがとう」
「え、あいえ、私自身を守る為でもありましたし、何より貴族として魔人に民を襲わせるわけにはいきませんでしたから
「それでもですユタ。貴女のその高潔さと一途な思い、そして紅茶を愛する心のおかげですユタ。後、魔人ではなくヤーダーナーですユタ」
その呼び名に妙なこだわりがありますのね。
「改めて、僕は精霊界のトクメー係で働いているダージーリーンですユタ。長いので僕のあだ名であるスギシタと呼んでほしいですユタ」
何故。
「私は、エリーゼ・クール・ブリゼですわ」
「そうですか。ではエリーゼ、これからもよろしくお願いしますユタ」
「…………………………これから?」
「そうですユタ。ヤーダーナーが生まれるのは長きにわたって人々にストレスの卵を植え付けている『秘密結社ヤンデルスキー』のせいですユタ。奴らを何とかしないといずれ大変なことになりますユタ。そうさせないために、僕は魔法少女ノーブルエンジェルを探していたんですユタ」
「…………そこに現れたのが、私、ですか?」
「ええ! その通りですユタ」
「………………………………………………」
こうして、なんだかんだで結局私は魔法少女ノーブルエンジェルとして秘密結社ヤンデルスキーと戦っていくことになりました。
――私自身、何を言っているのか全く理解していません。
他にもノーブルミルクとノーブルレモンがいます。
この二人の変身バンクと必殺技まで考えたところで寝ました。
と言うわけで見ての通り没作品です。
これを書いた経緯としては、連勤終わりの深夜、テレビに流れるはせいぜいがんばれ魔法少女く〇み、携帯で呼んでいた悪役令嬢もの。
それらが合わさってこれが出来ました。
ただまあ、悪役令嬢部分が薄い薄い……。
睡眠取った後読んだら、これは……ってなりました。