⑤A
おめでとうございます!Aを選んだあなたは真っ直ぐで正直者!そんなあなたのラッキーカラーは白!ラッキー方位は北!
店内には八人の人物以外、誰も存在しなかった。
そしてその八人は、テーブルを囲み肩を寄せ合って座っている。
妹に悪事を働いた(?)犯罪者(?)を特定するため、ついに俺たちの推理が開陳される。犯人特定の時がやってきたのだ。
「じゃあまず私から。一番簡単な推理を披露しよう」
じゃんけんの結果、父から推理を開陳することとなった。父は背広姿のまま、背をピンと張り、堂々とした態度で言った。
「犯人の条件一。犯人は男である」
父は得意気に全員を見回す。
「美子は当然ながら女性だ。女性にラブレターを渡したのだから、犯人は男性。これは当たり前だが、確認しておくべき事実だろう」
ラブレターは異性に渡すもの。それは一般的な常識ではある。
「でもあなた。それは急ぎすぎじゃないかしら」
父と比べると二回りほど小さい母がよく通る声で言った。美子の身長の低さは母から受け継がれたのだろう。
「犯人が同性愛者という可能性もあるでしょう?」
母の反論を、父は笑い飛ばした。
「面白いことを言うなお前は。
しかしその確率は非常に低いと言わざるを得ない」
「確率がどれだけ低くても、ゼロではないわ。それに、今は日本でも同性愛者が増えていると聞くし」
「ふん。屁理屈を。
確かにその可能性がまったくないとは言い切れない。しかし、これは蓋然性の問題だ。
この日本の高校生全体の中で、同性愛者が何パーセント存在するのだろう?ドラマや小説で同性愛者の問題が描かれることもあるが、実際問題、そんな特殊なケースは非常に少ないと思わないか?
また一般的に、同性からラブレターを貰う女子高生は、どちらかといえば男っぽいタイプが多いんじゃないか?しかし娘はとても小さく、綺麗と言うより可愛いタイプ」
俺が言うのもなんだが、父は親バカである。
「可愛いタイプの娘が、同性からラブレターを貰う可能性が、果たしてどれほどあるだろう?一つの学校に一人いるかいないかという同性愛者が、娘に恋をし、ラブレターを書いた確率。
絶対ないとは言えないが、しかしほとんどない、限りなくゼロに近いと思わないか?
そして推理とは蓋然性。これほど低い可能性を、切り捨てることが出来ないだろうか?
私は出来ると考える。
よって、犯人の条件一。犯人は男性である。これは確実に言えることだろう」
父の言葉に、反論を唱えようとした者はいなかった。
よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。
『犯人の条件一。犯人は男性である』
次に、生徒指導の洋内が推理を披露する番となった。
彼は、数々の生徒を恐怖に陥れたであろう腹に響く低い声で、話し始めた。
「では私から、一つの事実を指摘しましょう。
犯人は学生である」
彼は、俺たち学生を睨みつけ、かつ大人たちには笑顔を振りまきながら全員の顔を見回す。反論はとりあえず出てこない。
「犯人は学生。これは当然の事実です。
ところで在校生のお前らは知っていると思うが、我が学校、長稲高等学校は部活動が活発で、外部の人の出入りが多い。だから例え部外者でも、ある程度自由に校舎に入ることが出来る。
そうだな森川!」
名指しされた森川は、思わず背を伸ばして答えた。
「は、はい先生。長稲高校は色々な人が訪れます。だから、学内に知らない人がいても、よほどの不審者じゃない限り、怪しまれない可能性が高いです」
洋内は満足したように頷くも、その厳しい顔付きは決して崩さない。
「その通りだ森川。では小方川よ。ここで云う学内とはどの範囲を指す?」
名指しされた俺は、反射的に答えた。
「それは当然グラウンド内、校舎含めて全てです」
ばんっ!洋内がいきなりテーブルを叩き、悪魔のような形相で俺を睨み付けた。スキンヘッドにでかいガタイ。怖い。
「馬鹿が!校舎内全てだと?そんなはずないだろう!そうだな枝葉!」
枝葉は怒鳴られてピクピクと震える俺を見て、くすりと笑いつつ答えた。
「はい先生。学校敷地内全てではなく、ここではある程度その範囲を限定することが出来ます。
例えば、いくら外部の者が入れると言っても、職員室に出入りすることは出来ないでしょう。職員室に人が入り乱れるケースは稀ですから、入ったら確実に職員室内に存在する教員に顔を見られます。教員は全ての学生を把握しているわけではありませんが、下手な動きをすればすぐつまみ出されるはずです。
他には、例えば部室。例えば今は季節じゃないプールなど、絶対に外部の者が入らない場所には、侵入することは難しいでしょう。そこにいるだけで不審者と丸分かりなので」
枝葉の答えは洋内の期待通りだったらしく、しかめつらのまま、うんうんとしきりに頷く。
「そう。長稲高等学校は防犯的にかなり緩い。とはいえ、誰も彼もがどこでも自由に出入りできるわけではない。不審に思われる場所には、心理的に入れないからだ。
そしてこの事件。事件は一年生が使う東昇降口で起こった。この場所に、不審に思われず侵入できたのは、誰だと思う?」
洋内は玉木を指差した。指名された玉木は、気乗りしないようでもきちんと丁寧語を使って答えた。
「はい洋内先生。昇降口に入れるのは学生だけと思われます。
例えば他の学校の生徒が招かれたとして、昇降口から出入りすることは考えられますが、まさか社会人が昇降口から出入りするなど、通常(何かイベントがない限り)考えられません。何のための来客用玄関か分かりませんから。社会人ならそれなりの格好をしているはずですから、きちんとスリッパが用意してある玄関から入るに決まっています。
だから、もし昇降口に社会人がいたとしたら、他の生徒が不審に思うでしょう。
物理的には、隙を見て忍び込むことは可能でしょうが、学生しかいない昇降口に社会人が近付くのは心理的に難しい。いつ生徒が登校してくるかも分かりません」
「その通り」
洋内はまとめに入った。
「ラブレターは下駄箱にあった。つまり犯人は昇降口に近付かなければならなかった。
しかし社会人が昇降口に近付けば一発でばれる。例え何らかの方法で長稲高校の制服を着ようと、他の学校の学生のフリをしようと、いくら変装しても背丈やしわは誤魔化せない。逆に言えば高校生でなくても中学生、大学生程度なら問題ないだろうな。
犯人は昇降口に近付き、下駄箱にラブレターを入れた。犯人は昇降口に近付くことに、何のためらいもなかった人物。
つまり、犯人は学生である。これは推理というより事実だ」
反論は出なかった。あるいはそれは彼の威圧感によるものかもしれなかったが、しかし俺個人の目から見ても、憎いながら、彼の意見は納得できるように思えた。
よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。
『犯人の条件二。犯人は学生である』
一、二番手と犯人の条件を付加していった。しかしまだまだ絞りきれるほど網は狭くない。
そんな中、三番手は俺の母だ。果たしてどれだけ犯人を絞り込めるだろうか。
「私は、やはり当然のことに注目しました」
母は、テーブル中央に置かれたラブレターに手を伸ばし、それを広げて周囲に見せた。
「見ての通り、このラブレターは名古屋弁で書かれています。加えて当然ながら、ここは名古屋です。
だから私の示す真実は・・・犯人の条件三、犯人は愛知県在住である」
愛知県。三大都市の名古屋市を県庁所在地に持つ県で、東海三県の大ボス。魅力のない都市に選ばれながらも、トヨタ自動車やデンソーなど、製造業は日本でもトップクラスと称して差し支えないだろう。
愛知県。犯人はやはり、愛知県に住んでいるのだろうか。
「ここは名古屋市です。勿論、電車もバスも新幹線も空港も近くにありますが、しかしことはラブレターです。まさかラブレターを渡しに県外から訪れる人はいないでしょう」
そこは納得できる。可能性はゼロではないものの、県外に住む者が妹を好きになり、しかもラブレターまで出しに来るというのは、ちょっとした御伽噺である。
「でも母さん。範囲は愛知県在住で良いの?名古屋市在住では駄目なの?」
愛知県はそこそこ広いし、それにラブレターは名古屋弁で書かれている。ならば、愛知県と言わず、名古屋市在住、とした方がぐっと網を絞れる。
しかし母はかぶりを振った。
「いいえ。ここはより確実に、愛知県在住とする。確かに愛知県は広いけれど、岡崎や豊田、豊橋、一宮等など、大きな都市が他にもあり、また、名古屋は大都市。交通の便がよく、県内ならば多少離れていても、来るのにあまり苦労しない。
勿論、愛知県の中にも田舎で名古屋まで出てくるのが大変な場所とか、逆に岐阜辺りでも、名古屋ならすぐ行けるって人はいるでしょうけど。
ここは確実性と簡明さを重視して、愛知県在住でどうかしら?」
「しかし、小方川のお母さん。名古屋弁のラブレターですから、名古屋の人にしか書けないのではありませんか?」
枝葉の言葉にも、やはり母は首を縦に振らなかった。
「いいえ。名古屋市は愛知県で非常に大きい都市。失礼だけど、他県の人に『名古屋県』なんて呼ばれた経験もあるぐらい、東海では特別な都市。
だから、三重や岐阜ならともかく。
愛知県に住んでいるのなら、名古屋弁にも触れたことがあるはず。
だから、愛知県在住なら、名古屋弁を駆使できるはず」
確かに、市長さんはなぜか名古屋弁で話しているし、名古屋は嫌われていようがなんだろうが、愛知県の中心と考えて差し支えないだろう。
とするなら。名古屋弁ぐらい愛知県民ならある程度使えるはず。これも納得できる。
もともと、他県在住の可能性は考えづらいところだ。
よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。
『犯人の条件三。犯人は愛知県在住である』
そろそろ日も暮れてきた。妹はどこかに遊びに行っているらしいが、家に戻ってくるまでにラブレターを元の位置に戻しておかないといけない。時間的に、次がラストバッターとなるだろう。
最後のバトンはマスターが受け継いだ。
「ここまでは、抽象的な条件設定が多かったように思う。だから、俺は方向性をやや変えて、具体的な条件を付加してみたい」
時間がないのを知ってか知らずか、マスターはたっぷり溜めてから言った。
「俺が指摘するのは、犯人の条件四、犯人は身長155cm以上である」
身長。背丈が関わる場面と言えば。
「下駄箱の高さか」
俺の言葉に、マスターは嬉しそうに笑う。
「勘がいいじゃねえか。さすが美子ちゃんの兄貴だぜ。
ラブレターは下駄箱最上段の二段目奥に入れられていた。だから当然、犯人はそこにラブレターを入れられた人物。
ところで兄貴の話によれば、美子ちゃんの身長は145cmらしいな。そして、あんたらの会話の中で、『もう10cm高ければ余裕』と言ってる奴がいた。
なら簡単な話だ。145+10。155cm以上あれば、下駄箱最上段、二段目奥にラブレターを余裕で入れられる。だからそいつが犯人だ」
よくそんな細かい会話を覚えているものだ。マスターの記憶力にちょっと驚いていると、父が反論した。
「しかし実際問題、娘は、犯人が二段目奥に入れたラブレターの入手に成功している。つまり、娘と同じ身長145cm以上あれば、二段目奥に入れることは可能だったんじゃないか?」
「可能かどうかで言えば、可能だったでしょう。
しかしそれは物理的な話です。心理的に考えて見てくださいよ。
例えば犯人の身長が美子ちゃんと同じ145cmだったとします。美子ちゃんは二段目奥に置かれていたラブレターを見て取り出すために、一生懸命ジャンプしなくちゃいけなかった、と、そう言及されてますよね。
なんで犯人がそんなことしなくちゃいけないんですか?
別に二段目奥に入れる必要はねえ。わざわざ労力を使って二段目奥に押しこまなくても、美子ちゃんの下駄箱のどこでもいいからそっと置いておけばいいだけじゃねえか。そりゃあ、あんまり手前だと他の生徒にばれるかもしれねえが。それにしても二段目奥の意味がねえでしょう」
マスターの意見を補足すると、そもそも、他人の下駄箱にラブレターを入れるなんて行為は誰にも見られたくないはずだ。だったら頑張ってジャンプを繰り返すなんて行動は取らない。手間がかかるし目立つから。
だから犯人の背丈は、造作もなく二段目奥に入れられたと云える身長155cm以上。いい線かもしれない。
「確かにジャンプするのはおかしいが、だったら投げ入れる、ということも可能だ。これなら簡単にできる。身長が低くても実行が容易。どうですか?」
洋内がマスターに意見を出すも、彼はそれを突っぱねた。
「いいや、ありえないね。
物はラブレターですぜ。こんなぺらぺらなもんが、投げたところで上手く飛ぶかね?
加えて、大切な大切なラブレターを投げ入れるなんて、そりゃもっての他でしょう。
何かよほどのメリットがあるなら別ですが」
「私の検査を逃れられるかもしれない、というメリットがあります。当日はたまたま風邪でしたが」
洋内の言葉に、マスターは待ってましたとばかりに反論する。
「先生のおっしゃる通りだ。もし犯人の身長が155cmより下で、ジャンプや投げ入れなどを駆使して苦労して二段目奥にラブレターを突っ込んだとしたら、そのメリットはどれだけ考えてもたった一つしかねえ。
先生の厳しいチェックをすり抜けるためだ」
洋内は毎朝誰よりも早く通勤し、下駄箱のチェック、見回りを欠かさない。
「しかし先生。あんた生徒から『下駄箱キラー』と言われるほど、徹底して下駄箱の検査をするんでしょう?」
マスターの言葉は正しい。洋内のおかげで、我が校ではバレンタインデーに女子がチョコレートを渡すのすら難しいのだ。
「例え二段目奥に入れられていたとしても、下駄箱キラー洋内の前では、まったくの無力じゃねえのか?どこに入れようと、先生の厳しいチェックを通り抜けるのは不可能。
だとしたら、二段目奥に入れる積極的なメリットなどない」
これには洋内も言い返せなかった。自分の能力を分かっているからこそ、言い返せないのだろう。
ラブレターは下駄箱最上段の二段目奥に入れられていた。簡単にそこへラブレターを入れるためには身長155cm以上なくてはならない。だから、犯人は身長155cm以上。
具体的かつシンプルな推理だ。反論はこれ以上出なかった。
よってこの場で、一つの条件が決定付けられた。
『犯人の条件四。犯人は身長155cm以上である』
これで、犯人の条件は四つとなった。まだまだこれからとはいえ、既に日は落ちている。そろそろ帰らないと。今日はここらでお開きか。
解散ムードが漂い始めたその時。
喫茶店の扉が開いた。
カランコロンカランと単調な鈴の音を鳴らしながら入ってきたその人物に、一同、固まった。俺、玉木、枝葉、森川、マスター、洋内、父、母、全員が黙り、おそらくはその人物に注目していた。
その人物は夕日が映える黒髪ロング。
制服から伸びる足は細くまた瑞々しく。
背は低くてもなぜかスタイルは抜群で。
ぱっちり開いた目と、長い睫は誰しもが心奪われる。
それは美少女だった。世界的に見て美少女で、日本的に見て美少女で、何より俺の女神だった。
「面白そうな話をしているのね。兄さん」
挑発的な笑みはそれだけで絶頂に誘われそう。
「聞いていたのか美子」
俺の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、その場の誰をも置き去りにしてその乙女は俺たち八人が座るテーブルに近付き、そしてその愛らしいお尻を、下品にもテーブルに下ろした。テーブルに座った彼女を、椅子に座ったままの俺たちは見上げるしかなく。
「犯人が分かったわ」
物語の最上位者が真相の開陳を宣言した。
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