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③後輩と大人たち

 翌日の夕方、俺たちは再び学校帰りに喫茶店へ寄り、話し合いの場を設けた。


 今日は俺、玉木、枝葉の三人に加え、二年生の森川美千代を誘った。


 森川は中学生の時から妹の親友で、妹の情報に最も詳しい人間だ。俺としては嫉妬の対象なのだが、森川には頭が上がらないのだ。中学生の頃、彼女から妹の盗撮写真(健康的な写真です念のため)を何枚も買ったから、「妹から離れなさい」と言うことが出来ない。不本意ながら、可愛い後輩兼悪友と云ったところか。


 森川と妹は、毎朝一緒に登校している。そして今週の月曜日、彼女は、妹がラブレターを貰った瞬間を目撃したらしい。


「忘れもしません。三日前、月曜日の朝、私と美子はいつも通り、一緒に登校しました」


 俺、玉木、枝葉は、森川の言葉の一字一句を聞き逃すまいと、黙って彼女の話に集中した。


「知っての通り、私たちや先輩達の通う長稲高校は学年によって使う昇降口が違います。私は二年生、美子は一年生ですから、私は北の昇降口、美子は東の昇降口を使います。

 校門を入って二手に分かれ、私は北の昇降口で靴をスリッパに履き替えて、廊下を歩いて東の昇降口を上がった所に移動し、美子が来るのを待っていました。いつもそうやって落ち合い、私の教室まで一緒に行くようにしているんです」


 うらやましい奴。


「でも、2,3分待っても美子が来ません。あの子、背が低いのになぜか下駄箱の最上段に自分の場所を割り振られていますから、もしかしてまた、スリッパを取るのに苦労しているのかな、と思いました」


 玉木が挙手して、森川の話を中断した。


「疑問なんだが、美子ちゃんってそんなに小さかったか?」


 俺は自信を持って頷いた。


「身長145cm。あの背だと下駄箱最上段を使うのは苦労する」


「それは不便だな。お前が手伝ってやればいいのに」


「恥ずかしがって一緒に登下校させてもらえなくなったからな。それに、自分で取ろうとしてピョコピョコ跳ねてるのがまた可愛いんだ」


「もう10cm高ければ余裕なんですが。

 とにかく、美子は背が低いので、たまに下駄箱で苦労することがあるんです。

 ただそれにしても来るのが遅かったので、私は下駄箱にかけつけました。

 すると、そこには白い封筒を持った美子の姿が」


「確認するが、その白い封筒というのは」

 俺はテーブルの中央に置かれたそれを指差した。


「この封筒で間違いないんだな?」


「はい、間違いありません。中身は見せてくれませんでしたが、封筒のデザインが同じなので」


 加えて云うなら、わざわざ自分の引き出しに偽のラブレターを用意しておく意味もないだろう。また筆跡から、妹自身が書いたものでないことも分かっている。このラブレターは間違いなく妹が入手した物であり、そして森川が見た封筒と中身まで全て同一と考えて問題ない。


「私は『その封筒どうしたの?』と訊ねました。美子は『下駄箱の奥に入ってた』と言います。『もしかしてラブレターなんじゃないの?』と冗談半分で聞くと、美子は顔を真っ赤にして『たぶん違う』と言い、封を切らずに通学用鞄の中へ入れてしまいました」


 妹は森川の前では特に恥ずかしがり屋になってしまう。特にこの手の話題になるとすぐ頬を染める。可愛い。


「ちょっと質問」

 枝葉が挙手した。


「ラブレターは下駄箱の奥に入っていたらしいけど、その奥って云うのは、一段目?それとも二段目?」


 下駄箱には靴とスリッパを入れる必要がある。それぞれの下駄箱は二段となっており、一段目には靴。二段目にはスリッパを入れる決まりになっている。


「二段目と言っていました」


「それはちょっと変ね」


 枝葉は頬に右手を沿え、軽く首を傾げた。


「二つ疑問があるわ。

 まず一つ。美子ちゃんは自分の下駄箱にやっと手が届くか届かないかぐらいの身長なんでしょう?どうして下駄箱の二段目奥に入っていたラブレターに気付けたのかしら?」


 彼女の疑問はもっともだ。

 妹は軽くジャンプしてやっと自分の下駄箱に入っている靴、スリッパを取れる。だから、下駄箱二段目奥に入っていたラブレターを見ることは難しい。


「音、じゃないでしょうか?

 登校前の下駄箱には当然、スリッパが入っています。美子はいつものように、少し跳ねて靴を一段目に押し込み、次にもう少し高く跳ねて二段目のスリッパを取る。

 そのとき、がさっとかごそっとか音がしたのではないでしょうか?

 ラブレターがスリッパの下に敷かれていたのか上に置かれていたのかは不明ですが、いずれにしても、スリッパとラブレターが接触していれば、スリッパを取るとき、ラブレターと触れ合って、何らかの音が出るでしょう。

 その音で下駄箱の奥に何かが入っていると確信した美子は(あの子は勘が鋭いですから)その何かを確かめるために一生懸命強く高くジャンプ。そして奥にあるラブレターを発見した、と」


 または、スリッパを取るとき、何か上に乗っている感触があったのかもしれない。いずれにしても、美子は下駄箱二段目奥に何か入っていると感じ、ジャンプしてそれを見たということらしい。この推察は間違っていないだろう。


 それにしても、ラブレターを見つけるだけでこんなに苦労するとは、背が低いのは不便である。


「じゃあもう一つの疑問。私たち全員が知っている通り、我が長稲高校には生徒指導の洋内がいる。下駄箱のラブレターは、どうやって彼の検査を潜り抜けたのか?」


 生徒指導の洋内。長稲高校で最も厳しい教師だ。


 彼は男女の色恋沙汰やバレンタインデーが大嫌いで、毎朝誰よりも早く学校へ通勤し、一時間目開始時刻まで、一、二、三年生の昇降口をひたすら歩き回っている。全学年全生徒の下駄箱をチェックして回るのだ。彼の手によってバレンタインデーの夢砕かれた女生徒は数え切れず、彼のチェックを突破するのは不可能とされている。『下駄箱キラー洋内』の名を知らぬ者はこの学校に存在しないだろう。


 しかし、森川の回答は存外あっけないものだった。


「それが、洋内先生は風邪だったそうです。にわかには信じられませんが、これは先生方に尋ねて得た事実なので間違いありません。何でも昼まで連絡が取れなかったほど酷かったとか」


「あの洋内が風邪。あいつも人間だったんだな。

 それにしても、これは厄介になったぜ」


「何がだ?」


「小方川、分からないか?洋内がいなかったってことは、学校関係者以外も自由に出入りできたってことだ。特に、うちの高校は人の出入りが多いから、不審者がいても分からない」


 長稲高校は学力は低いが運動系の部活は強い。だから練習試合は勿論、時には合同朝練をやったり外部からコーチを招いたりしているため、学内に見慣れない顔があっても、学生はおろかほとんどの教師は不審に思わないだろう。洋内はその辺り厳しいから、少しでも不審な人物がいればすぐさま声をかけるのだが。


「一見、犯人特定は無理そうね」


 『一見』という単語を、枝葉は強調して言った。




「さて、とりあえず今集められる情報は全て集めた」

 俺は三人を見回す。


「ここまでで、既に犯人が分かった、という奴はいるか?」


 三人は全員、かぶりを振った。そう言った俺自身、まだ犯人=妹にラブレターを出した悪人を特定できてはいなかった。


「しかし、しっぽの一部は掴んだぞ」


 玉木が、ぼそりと言った。小さい声だったが、その内には何らかの自信が秘められているようだ。


「私も、特定はできないけど、ちょっとは分かった気がするわ」


「先輩、私もです。誰かまでは指摘できませんが、網を絞ることは出来ます」


 玉木に続き、枝葉、森川も何らかの意見を持っているようだ。やはり彼らに頼んでよかった。俺の人選は間違っていなかったらしい。


「実は俺も、犯人特定には至っていないが、ちょっと思い付いたことがある」

 四人はそれぞれの目を見て、それぞれが不敵に笑った。


 そのとき、である。


「「「「俺(私)も分かったことがある」」」」


 四人の人物が、そう言い放った。


 カウンターからこちらを見てにやりと笑ったのは、この喫茶店の店主=マスター。


 並んで座っていた玉木、枝葉の真後ろの席からこちらを振り返ったのは、生徒指導の洋内。


 そして、並んで座っていた俺と森川の、真後ろの席からこちらを振り返ったのは、なんと俺の父と母。


 彼ら四人は、俺たち四人の座る席に、どかどかと近付いてきた。


「マ、マスター。俺たちの話、聞いてたんですか?」


「美子ちゃんはここの常連だからな。昨日から興味深く聞かせてもらってたぜ」


「洋内・・・先生。なんでこんなところに」


「ここのマスターとは古くからの知り合いでな。よく学校関係の相談に乗ってもらってるんだ」


「父さん、母さんまで。なんで」


「最近、あの子の様子がおかしいでしょう?だから心配しちゃって」

「父さんも、美子にはまだ男女の付き合いは早いと思う。ぜひその下手人(?)を懲らしめてやろう」


 四人がけの席に座っていた俺たちは、テーブルを二つくっつけ、席を追加し、八人全員が席に着いた。幸い他のお客さんはおらず、マスターもこの話し合いに参加するつもりらしい。


 俺、玉木、枝葉、森川、マスター、洋内、父、母。


 八人の探偵(ハンター)が、今ここに結集した。


 役者は揃った。俺だけの推理では犯人に手は届かないが、しかし力を合わせれぱ、もしかしたら犯人を特定できるかもしれない。


 俺は僭越ながら、この場を代表して発言した。


「どうやら、時は満ちたようだな。

 我が妹にラブレターを渡した犯人を、我々の力で特定するその時が。

 そしてこの事件、妹ラブレター事件を終わらせる時が、ついに来たのだ」


 事件じゃないだろ、とは誰も突っ込まず、俺たちはじゃんけんで推理開陳の順番を決めた。

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