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②ラブレター

 



 小方川美子さんへ


 わしはおみゃーのことが好きや。どえりゃあ、めちゃんこ好きだがや。

 おみゃーのぬくとい笑顔もおそがいほどの美しさも、全部大好きや。

 おみゃーのことを思っちょるとさぶい夜もたーけな自分も気にならへん。おみゃーの存在が、わしの心をちんちんにしてくれとる。おみゃーのことを考えるだけでわしの心はこそばくなってまう。

 わしはおおちゃくでこすいやつやけど、おみゃーを思うこの気持ちだけは、誰にも負けん。

 今週の日曜15時、名古屋市○○区××にある、喫茶△△に来てちょう。そこで、面と向かっておみゃーにこの思いを伝えます。

 どうか、お願いします。




「私はあなたのことが好きです。とてもとても好きです。

 あなたの温かい笑顔も、時折見せる恐ろしいほど美しさも、全部大好きです。

 あなたのことを思うと、寒い夜も馬鹿な自分も気になりません。あなたの存在が、私の心を熱くしてくれます。あなたのことを考えるだけで、私の心はくすぐったくなってしまいます。

 私は怠け者で卑怯者ですが、あなたを思うこの気持ちだけは、誰にも負けません。

 今週の日曜15時、名古屋市○○区××にある、喫茶△△に来てください。そこで、面と向かってあなたにこの思いを伝えます。

 どうか、お願いします」


 玉木がラブレターを標準語に翻訳してくれた。


「あんたよく読めるわね」


「だってこれ名古屋弁だろ?俺たち名古屋出身」


「『こんな恥ずかしい手紙、よく口に出して読めるわね』って意味よ」


 俺と、玉木、枝葉、それに妹の美子は愛知県名古屋市の高校に通っている。だから名古屋弁も分かるのだが。


「今時、こんなべったべたに名古屋弁を使う人がいるとはね」


 名古屋弁は現在でも使う人は多いが、年配ならともかく、好んで名古屋弁を使う人は名古屋市内でもそれほど多くない。標準語を知らないわけではないから。


「まあ意味は分かったわ。要約すると『私は美子ちゃんが好きです。思いを伝えたいから今度の日曜日に喫茶店で待ってます』うん。正真正銘のラブレターね」


「これが、美子ちゃんの部屋から見つかった、と」


 俺はゆっくりと頷いた。


「二日前の月曜日、美子が風呂に入っている間に部屋を物色していたら、机の引き出しの奥から見つかった。鍵がかかっていたんだが、勉強机の引き出しの鍵なんか俺にかかれば無力だからな」


「美子ちゃん、可哀想に・・・」


 枝葉は目頭を押さえた。


「で、小方川。妹がラブレター貰って何が問題なんだ?」


「何が問題って、全部問題だろうが」


 俺はここぞとばかり力説する。


「我が愛しの妹にまさかラブレターを送りつけるなど、許されない行為。まさに犯罪」


「どこがだよ」


「分からないか?このラブレターを書いた、こいつ」


 俺はテーブルに置かれたラブレターをばしばし叩いた。


「こいつは、俺から妹を奪おうとしてるんだぞ?俺から愛する妹を・・・もし奪われたら俺は死ぬぞ?少なくとも不登校になるぞ?」


「『奪う』とは大袈裟ね。交際はともかく、結婚なんて万が一にもありえないのに」


「結婚!なんてことを言うんだ枝葉!俺以外の奴と結婚するなど(血の繋がりがあるから結婚できないけど。ああ無情)、考えただけで恐ろしい!

 交際も勿論駄目だ。そんなことは兄が許さん」


「お前にそんな権限ないだろうに。大体、美子ちゃんが男と付き合うなんてほとんどありえないんだから。ほっとけよ」


 玉木は背もたれに背をあずけた。興味を失ったような仕草に、俺のはらわたは煮えくり返る。


「馬鹿!もし万が一、いや億が一、あくどい奴と付き合って、不良になったらどうするんだ!学校にも行かず、就職もできず、恋する人に頼るだけのだらしない女にでもなったら」


「その発言は問題な気が」


「それに俺は、こいつがラブレターを書いた行為自体が許せない。この犯罪者を許せない。

 我が妹がこいつを振るか振らないか。そんなことは関係ない。妹にラブレターを書いたというだけで、こいつは万死に値するのだ。必ずや我々は、今週の日曜日までに差出人を特定し、そして葬り去る必要がある」


「そうね。その通りだわ」


 今日初めて、枝葉が俺の意見に賛同した。


「おい枝葉、お前まで」


「このラブレターを書いた奴は凄いわ。シスコンの兄を持つブラコンの妹を相手に、愛を告白して付き合おうとするなんて。どんな奴か、ぜひ顔を見てみたいと思わない?」


「指定の喫茶店に待ち伏せでもすればいいだろう」


「相手が来ない可能性もあるわ。それに、面白いじゃない。勇気を振り絞って匿名でラブレターを出したはずなのに、想い人と会う前に自分の正体がばれてるなんて、滑稽で愉快だわ」


「悪趣味な・・・」


 枝葉は美しい顔を歪めて笑った。


「玉木、私たち相手にいい子ぶっても意味ないわよ。

 あんたも好きでしょ?こういう悪趣味なの」


 呆れた体を装っていた玉木が、枝葉に笑い返した。


「ふん。ああ大好きさ。ぜひこいつに恥をかかせてやりたいね」


 彼らは向かい合い、がっしりと握手した。


「お前ら最低だな。お前らほど倫理観の欠如した奴らは初めて見たよ」


「「お前が言うな」」

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